第145話 憧れ

「はい!それじゃあまずは一回戦から始めるよ!一回戦はカマエルくんとメルトちゃんね!2人とも準備を始めて!」


 教室でライドとの一件があった後、俺を除く戦闘系の生徒たちが順番にくじを引き、対戦相手が決まった。


 その後、各自で準備を済ませると、入学試験が行われた訓練場へと移動し、もう一度ルールの確認をしてから序列戦が始まる。


 一回戦はカマエルとメルトという魔法使いで、彼らが初戦を飾ることになった。


 しかし、カマエルは俺と同じで序列戦に興味がないらしく、始まってすぐに両手を上げて降参した。


 メルトはまさかすぐに降参されると思っていなかったのか、詠唱していた魔法を途中でやめると、驚いた表情でしばらく動かなかった。


 二回戦目はフィエラとガゼルという槍使いで、ガゼルは巧みに槍を使いながらフィエラを近づかせないようにしていたが、経験も技術も圧倒的に上なフィエラには小手先の技術など通用するはずもなく。腹に一発を貰って地面に沈んだ。


 三回戦目はライドとシルファという女魔法使いが戦い、シルファは魔力量に自信があるのか魔法を絶え間なく放ち続けるが、ランドが迫り来る魔法を剣で切ると、身体強化を使って一気に距離を詰め、喉元に剣を構えて勝負が決まった。


 そして始まる四回戦。他の勝負は見ていてつまらないものばかりだったが、この勝負は違う。


 何故なら…


「では、ソニアちゃんとシュヴィーナちゃんの第四回戦を始めるよ!2人は準備を終えたら舞台の上にあがって来てね〜!」


 四回戦目はライムが言った通りソニアとシュヴィーナの序列戦であり、ソニアがどこまで成長したのか、そしてソニアに対してシュヴィーナはどんな戦闘を見せてくれるのか、俺は少しだけ楽しみだった。




〜sideシュヴィーナ&ソニア〜


「ふふ。まさか初戦からシュヴィーナと戦うことになるとは思わなかった」


「私もよ。この次はあのライドとかいう男が控えているけど、どうでも良くなったわ。ソニアと戦えることの方が重要だもの」


「そうね。あたしもルイスを馬鹿にされた時はムカついたけど、今はそれよりもシュヴィーナと戦えることの方が楽しみ」


 2人はルイスを馬鹿にしたライドに対して怒りの感情を抱いていたが、今はそれよりもお互いに戦えることの方が楽しみだった。


「それに、あの男はフィエラがどうにかするでしょう」


「同感。アイリスもかなり怒っていたようだし、あたしたちが何もしなくてもあの男はただじゃ済まないでしょうね」


「つまり…私たちはあの男のことはフィエラたちに任せればいい」


「そう。だからお互い全力でやりましょう。あたしが成長したところ、シュヴィーナにもルイスにも見せてあげる!」


 2人は早く戦いたくて魔力を溢れ出させると、シュヴィーナの緑色の魔力とソニアの紫色の魔力が衝突し、それだけで空気が軋むような錯覚を覚える。


「はい!2人とも準備はいいみたいだね。すごい魔力だなぁ。私も立ってるのがやっとだよ〜。君たちも全力で…と言いたいところだけど、身代わりの腕輪が耐えられるかわからないから程々にね!それじゃあ、始め!」


 ライムは開始の合図と共にシュヴィーナたちのもとから離れると、他の生徒たちと同じ位置から様子を見る。


 しかし、2人は魔力の解放はしても攻撃を仕掛ける様子はなく、互いに相手の出方を窺っているようだった。


「シュヴィーナ。ドーナは出さないの?」


「あら。出して欲しいならまずは相応の実力を見せてもらわないとね?」


「ふふ。つまり、あたしを舐めてるってことかしら?」


「舐めては無いわよ?ただ、今はまだドーナを召喚する必要がなさそうと判断しただけ」


「さすがのシュヴィーナでも、ちょっとムカつくわ。すぐにドーナを召喚させてあげる!『闇剣ダーク・ソード』!」


最初に攻撃を仕掛けたのはソニアの方で、彼女はシュヴィーナを囲むように闇の剣を15本ほど作り出すと、それを一斉に放つ。


「ふふ。この程度じゃ私を仕留めるのは無理よ」


 それに対して、シュヴィーナは肩にかけていた銀弓に矢をつがえると、迫り来る剣を華麗に避けながら撃ち落としていく。


「ふぅ。この程度で私に勝てるとでも思ってるの?」


「まさか。こんなのはただの様子見よ。次はこれで行こうかしら」


 ソニアはそう言うと、太ももに巻かれていた黒い物を右手に持った。


「それは、鞭?」


「えぇ、そう。あたし、どうやらこれに適性があったみたい」


 ソニアは笑顔で地面を鞭で叩いた瞬間、ピシャリと良い音が訓練場へと響く。


「なんか、様になってるわね」


「ありがとう。私もこの武器は気に入ってるの」


「なら、ソニアの実力を見せてもらおうかしら」


 次に攻めたのはシュヴィーナで、彼女は高速で矢を5本射ると、ソニアがどう対処するのか興味深げに見つめる。


「ふふ」


 ソニアは目の前まで迫った矢を避けることはなく、右手に持った鞭を音を置き去りにして振り回すと、矢は見事に地面に叩き落とされた。


「うそ…」


「甘い。それに、油断したわね」


 シュヴィーナはソニアの巧みな鞭捌きに少し驚いてしまい、その隙を見逃さなかったソニアが鞭でシュヴィーナの足を絡めとる。


「きゃっ!」


 足首に絡みついた鞭を強く引かれたことでシュヴィーナはバランスを崩すが、すぐに立て直して距離を取った。


「ふぅ。どうやら、成長したのは魔法だけじゃないようね」


「当然でしょう?魔法使いは魔法が使えなくなれば死んだも同然。それはあたし自身が一番よく理解しているもの」


 魔力が無くなり魔法が使えなくなれば、魔法使いは無力である。


 それは十年以上も魔法が使えなかった彼女が一番理解していることであり、彼女の憧れであるルイスが教えてくれたことでもあった。


「そうだったわね。なら、私ももう少し本気を出そうかしら」


「そうこなくっちゃ!あたしの力が憧れだったあなたたちにどこまで通用するのか、試させてもらうわ!」


 互いに様子見をやめた2人は、その後周囲のことを忘れて楽しそうに戦い続ける。


 シュヴィーナの風魔法と闘気を纏わせた矢が地面を抉り、ソニアの闇魔法と鞭が空気すら破壊するようだった。


 その様はまさに小さな災害のようで、周りの生徒たちは今にも逃げ出しそうな雰囲気があった。


 永遠にも続きそうなその戦闘だったが、何事にも終わりはつきもので、2人の戦いも突然の終わりを迎える。


「これで決めるわ!!」


「同じ手が通じるわけないでしょ!!」


 シュヴィーナはそう言うと、最初と同じように5本の矢をソニアに射るが、彼女も全く同じように鞭で矢を叩き落とす。


「ふっ。同じことをするわけないでしょう」


「え」


 ソニアが矢を全て叩き落とし反撃しようとした瞬間、上から突然、数十本の矢の雨が降り始める。


「しまった!」


 シュヴィーナはソニアが上に気を取られた瞬間を見逃さず闘気を使って一気に距離を詰めると、ソニアが振り下ろした鞭をわざと腕に絡ませ、前に神樹国で貰った短剣を構えると勢いそのままにソニアを地面に蹴り倒す。


「はぁ、はぁ。私の勝ちね」


 シュヴィーナは地面に倒れたソニアを足で押さえつけたまま短剣を首に当てると、息を切らしながらそう告げた。


「はぁ。そうね。あたしの負け」


「勝負あり!四回戦の勝者はシュヴィーナちゃん!」


 ライムが勝者を告げると、シュヴィーナはソニアに手を差し出し、ソニアはその手を取って立ち上がる。


「ふふ。やっぱり強いね。結局、最後までドーナも召喚させられなかったわ」


「ソニアもかなり成長していたわよ。場所がここじゃなかったら、きっとドーナを出さないと負けていたかもしれないわ」


「ふーん。つまりそれは、ドーナを出せば勝てるってこと?」


「そうね。まだ、私の方が上だから、残念ながらその時は私が勝つわ」


「ふふ。やっぱり、あなたたちを追いかけてここまで来て良かったわ」


「どうしてそう思うの?」


「だって、私の前にはシュヴィーナがいて、フィエラがいて、その先にはルイスがいる。追いかけるべき背中がたくさんあることは幸せよ。本当に…あなたたちと出会えて良かった」


 ソニアはルイスたちと出会った時のことを懐かしむように笑うと、ライムに舞台を直すから離れるように言われ、舞台の上から降りていく。


「そう言えば、最後のあれはどうやったの?上から矢が降って来たやつ。全く気づかなかった」


「あぁ。あれはこの弓の能力と風魔法を合わせたのよ。この弓で射った矢は不可視にできるのだけど、それを戦闘中に少しずつ上に放ち、あとは時が来るまで風魔法で上に留めておいたの」


「なるほど。だから気を引いて油断させるために同じ攻撃を仕掛けたのね」


「そういうこと。一度防いだ攻撃をもう一度やられたら、経験の浅い人は油断してしまうものよ。戦った感じソニアは対人戦はあまり経験していなさそうだったから、いけると思ったの」


「つまり、経験の差ってことね。勉強になったわ」


 2人はその後もお互いに反省会をしながらルイスとフィエラが待つ場所へと戻ると、今後のためにも2人の憧れであるルイスへと意見を求めるのであった。






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