第144話 負けと死

 学園に入学して3日目。この日はクラス内順位を決める序列戦が行われる日だ。


 そのためか、朝からクラス内はやる気に満ちた生徒たちが多く、中には自身の武器を磨いている生徒までいた。


「おはよー!みんな今日は気合いが入ってるね。けど、序列戦はもう少し待ってね。これから序列戦のルール説明をして、その後に場所を変えてから行うから!それじゃあ、まずはみんな席に座ろう!ライドくんは武器をしまってね〜」


 剣の手入れをしていたライドはそう言われると、机の上に置いていた鞘に剣を戻し、早くしろと言わんばかりにライムを軽く睨む。


「はいはい、そんなに焦らないでね〜。それじゃあ序列戦についてだけど、序列は戦闘系と支援系の二つに分かれるからね。


 このSクラスは元々、戦闘系の成績が良かった上位10名と、支援系の成績が良かった上位10名がいるんだ。その10名同士が戦ったり技術力を競い合い、その中でも特に優秀な人から順に一位から十位までを決めていくよ。


 戦闘系の方は、時間の都合で勝ち抜き戦での勝負形式になるよ。組み合わせはあとでくじで決めるからね。


 支援系は、私の方で改めて君たちの技術力を見て、それから順番を決めていくよ。ここまでで何か質問はあるかい?」


 ライムはここまでの説明を終えると、質問は無いかと一度クラス内を見渡す。


 すると、1人の女子生徒が手を挙げたので、ライムはその子に質問の内容を尋ねる。


「戦闘は真剣を使うんですか?それと、魔法が当たると危ないと思うんですが、その辺りはどうなるんでしょうか」


「いい質問だね。この後に説明しようと思っていたけど、戦闘系の序列戦を行うみんなにはこれを付けてもらうよ!」


 ライムはそう言って使えの上に一つのブレスレットを置くと、そのブレスレットについて説明を始める。


「これは身代わりの腕輪といって、名前の通り君たちの攻撃を代わりに受けてくれるんだ。だから君たちが怪我をすることは無いし、もちろん死ぬこともないよ!」


 魔導国ファルメルの魔法学園にも魔法を吸収する魔道具はあったが、あれは剣術のダメージを防ぐことができない。


 しかし、あのブレスレットは魔法を吸収するのではなくダメージを代わりに受けるため、魔法に限らず剣術のダメージも吸収してくれるのだ。


 ただ欠点があるとすれば、ダメージを代わりに受けるだけで攻撃を防げるわけではないため、当然服が破けたりはするが、それでも優秀な魔道具であることに変わりはない。


「他に質問は?…お、ルイスくんだったね。質問は何かな?」


 他の生徒たちが怪我をしないと聞いて安心している中、俺はこの序列戦について最も聞きたかったことをライムに尋ねる。


「この序列戦、辞退することはできますか?」


「…………え?」


 ライムはよほど俺の言葉が理解できなかったのか、たっぷりと間を開けると、素なのかいつもより少しだけ低い声が出た。


「可能なら俺は序列戦を辞退し、戦闘系の十位でいいんですが」


「えっと、前例がないから正確なことは言えないけど、多分できるよ」


「よかったです。ではそのように…」


「おい。待て貴様」


 ライムとの話しがまとまりそうだった時、前の方に座っていたライドが怒りを隠すことなく俺のことを睨みながら話しかけてくる。


「なんだ?」


「貴様。初日の挨拶もそうだったが、その態度はなんだ」


「態度?何のことを言ってるのか知らないが、俺はこういう人間なんだ。お前にとやかく言われる筋合いはないと思うが?」


「貴様は俺と同じ公爵家の者だろう。ならば、身分に相応しい行動を取るべきだ。だが、貴様はだらけてばかりで、挙げ句は序列戦を辞退するだと?馬鹿にするのもいい加減にしろ」


 ライドはよほど俺のことが許せないのか、赤い瞳の奥には怒りの炎が燃えており、その眼光の鋭さには見たものを焼き焦がすような熱が感じられた。


「相応しい行動…ね」


「そうだ。聞いた話によると、貴様は二年ほど他国に留学していたそうだな。しかし、帰ってくれば女を侍らせ、我儘で自堕落ばかり。貴様は他国で何を学んできたのだ」


 ライドが言う他国への留学とは、俺が二年ほど冒険者として活動していた時期のことである。


 貴族の中には冒険者を嫌う連中もおり、さらには冒険者という仕事を馬鹿にする者までいる。


 そのため、公爵領を出る前に父上たちと話し合い、旅に出ている期間中は他国に留学していたことにしたのだ。


 ただ、全員に隠せるわけもないため、第二皇女のシャルエナやアイリスの両親など、親しい人たちには父上の方から説明をしてくれていた。


「殺す」


 ライドの言葉に俺は特に思うところはなかったが、隣で話を聞いていたフィエラが我慢できなかったようで、僅かに殺気を漏らしながらそう呟いた。


「落ち着け」


「でも」


「ここは俺が話をする」


「……わかった」


「ふん。女に庇われるなど実に情けない。貴様が同じ公爵家だと思うだけで反吐が出るな」


 俺とフィエラのやり取りを見て何を勘違いしたのか、ライドは実に呆れたと言わんばかりに蔑みの目を向けてきた。


「はぁ。まず言っておくが、俺たちはお前の言うような関係じゃない。そして、お前はフィエラたちを女だと馬鹿にしているようだが、彼女たちがその気になればお前は一瞬で死ねるぞ?」


「何だと?この俺がそこの女どもに負けるだと?」


「負けるんじゃない。死ぬんだ。そこを履き違えるなよ」


 負けるなんて生易しいものじゃない。負けとはすなわち命が助かったことを意味するが、俺が言っているのはそんな低レベルな話ではない。


 フィエラたちがその気になれば、今のライドなど負ける以前に簡単に殺されるだろう。


「ふふ。だから言葉はしっかり選んだ方がいいぞ?次は俺も止めないかもしれないからな」


「っ!」


 俺が瞳に少しだけ殺気を込めながらそう笑うと、ライドは肩をビクッと跳ねさせて剣の柄に手をかける。


「貴様…」


「はいはい!そこまでね!続きは序列戦でしてね〜」


 ライドが今にも剣を抜こうかという時、これまで静観していたライムが手を叩きながらその場を収める。


「ルイスくん。君は挑発しすぎ。特例を認めて欲しいなら、もう少し大人しくしようね。それとフィエラちゃん。君も熱くなりすぎ。同じ学園に通ってる友達にそんな殺気を向けちゃダメだよ」


「はぁ。わかりました」


「ごめんなさい」


「ライドくん。君は人の決定に口を出しすぎ。君は何様なのかな?私言ったよね。Sクラスは基本的に自由だって。それがルールに反していないのなら、それはもう生徒自身と私たち教師の問題だ。君が勝手に口出ししないでね」


「…ふん」


 ライムはいつもの明るい雰囲気が嘘のように低い声でそう言うと、まるで氷のように凍てついた視線でライドを一瞥した。


「はい!それじゃこの件はお終い!この後はくじで組み合わせを決めていくよ!すぐに準備するからちょっとだけ待っててね〜」


 ライムはそう言って机の上で作業を始めると、周りの生徒たちはこの後の試験について話を始める。


「エル。よかったの?」


「ライドのことか?」


「ん」


「あれはさすがに私もイラっとしたわ。何も知らないくせに…」


「落ち着け。あいつがこのクラスにいる以上、こうなることは予想していた」


「そうなの?」


「あぁ。あいつの性格は十分に理解しているからな」


「でも、ムカつくものはムカつく」


「フィエラに同感ね。今直ぐにでも、地面に平伏させたい気分だわ」


 2人はライドの言葉がよほど気に入らなかったのか、何故か俺以上に感情的になっており、今にもライドに襲いかかりそうなほどの気迫が感じられた。


「どうするかはお前らの好きにすればいい。ちょうどこの後は序列戦があるわけだし、やりたいようにやればいいさ。俺は止めないよ」


「ふふ。それは楽しみ」


「ルイスを馬鹿にしたんだから。覚悟するといいわ。ふふふ」


 俺の言葉を聞いた2人は実に楽しそうに笑うと、フィエラは軽く指を鳴らし、シュヴィーナは弓の弦や矢の確認を始める。


(あーあ、終わったな)


 そんな2人を見て、自分で許可したにも関わらず他人事のような感想を抱いた俺は、ライムがくじの準備を終えるまで、小さな水の玉を握ったり積んだりしながら遊んで待つのであった。






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