第140話 妖精
入学式が終わると、俺たちは自分たちがこれから過ごすことになるSクラスへと移動する。
「学園内もとても広いのね。迷子になりそうだわ」
シュヴィーナの言う通り、学園内はかなり広い作りをしており、実際に新入生の中には迷子になる生徒が毎年いるほどだ。
「迷子になったら壁に触れて迷子になりましたって言え」
「…ルイス。私を揶揄っているのかしら。そんなことをしても解決しないでしょう」
「いや、真面目なんだがな…」
俺はそう言って教室へと移動している他の生徒たちの列から抜けると、別の道へと入り壁に触れる。
(迷子になった)
「迷子ですか?どちらまでご案内しましょう」
心の中で迷子になったと呟くと、目の前には眼鏡をかけた手のひらサイズの少女が現れ、彼女は眼鏡をクイッと上げると、背中に生えた小さな羽で俺の顔の高さまで飛んでくる。
「かわいい」
「もしかして、精霊?」
「いや、これは学園に宿っている妖精だ」
「妖精?」
妖精とは、自然から生まれる精霊とは違い、伝承から生まれた存在だ。
例えば、精霊であるドーナは植物を司る精霊であり、彼女は長い間多くの魔力を取り込んできた樹から生まれた。
それに対して妖精は人間たちの伝承から生まれる存在で、例えば目の前にいる彼女は、学園内で道に迷えば妖精が助けてくれるという伝承から生まれたものである。
「つまり、精霊と妖精とでは生まれ方が違うと言うことね。でもその話だと、伝承が無くなったら妖精は…」
「消えるな。伝承が無くなれば妖精も存在できなくなる」
「かわいいのに…」
フィエラは妖精の少女が気に入ったのか、手のひらに載せて撫でながら少し悲しそうにそんなことを言う。
「仕方がありません。それが私たち妖精であり、私たちの運命なのですから。ですが、例えいつか私が消えたとしても、また新しい伝承から生まれた子が皆さんを助けてくれるでしょう。それで、今回は私を呼び出してどうされたのですか?」
「今回はただの挨拶だ。おそらくここにいるエルフが世話になると思うから、その時は助けてやってくれ」
「かしこまりました。では、またお会いできる日を楽しみにしております」
妖精が一度頭を下げてから消えると、フィエラは少し残念そうにするが、いつまでもここにいるわけにもいかないため、俺たちはすぐにクラスの方へと向かう列に戻るのであった。
俺たちがSクラスへと入ると、教室の中では他の生徒たちがすでに席に座っており、俺たちは後ろの空いていた席へと座る。
「何人いるの?」
フィエラは教室の中を見渡すと、人数が気になったのか俺に尋ねてくる。
「Sクラスは20人だな。Aクラスが30人で、BからDが40人になる」
ちなみに主人公はBクラスであり、確か剣術は優秀だったが筆記がダメだったため、最初は俺とは違うクラスなのである。
(まぁ、聖剣に選ばれたらSクラスに上がってくるんだがな)
それまでは主人公と関わることは無いと安心したいところだが、残念ながら関わるタイミングは何度かあるため、入学早々に退学したくなる。
「みんな〜!おっはよ〜!」
主人公のことを考えていると、肩あたりまで伸ばしたオレンジ色の髪を揺らし、元気に扉を開けて1人の女性が教室へと入ってくる。
「いや〜、新入生は初々しくていいねぇ。あ、あたしはこのクラスを担当するライム・リエルだよ!ライムでもリエルでも好きに呼んでね!」
ライム・リエル。彼女は24歳という若さにして、魔法の腕は学園内でもセマリに次ぐ実力者であり、学園を卒業した時は宮廷魔法師たち直々にスカウトまでされた魔法の天才だ。
しかし、それと同時に魔法使いたちの憧れである宮廷魔法師のスカウトを断り、学園で教師をするような変わり者でもある。
「みんな緊張してるからか、少し表情が硬いね。うんうん!分かるよその気持ち!あたしも入学したばかりの頃はそうだったなぁ。と、いうことで!まずは自己紹介からいってみよう!順番は〜、一番前の君から!はい、よろしくね〜!」
ライムはそう言って一番前にいた男子生徒を適当に指名すると、そこから順番に自己紹介が始まっていく。
「次はアイリスちゃんね!」
「私のこと、ご存知なんですか?」
「君は成績が優秀だったからね!セマリ先生も君の話をよくしていたから知っているとも!それに、代表挨拶もしていたよね!」
「ありがとうございます。では、改めて自己紹介をさせていただきます。私はアイリス・ペステローズです。得意魔法は水魔法です。よろしくお願いします」
アイリスが席を立って自己紹介をすると、それだけで周りにいる男たちは彼女の美しさに見惚れ、何人かは熱のこもった視線を向ける。
「ぱちぱちぱち〜。見た目だけじゃなくて声も綺麗なんて反則だね。じゃあ次!そこの君よろしく!」
「俺はライド・ホルスティン。ホルスティン公爵家の者だ。魔法はあまり得意では無いが、剣術なら誰にも負けない自信がある。俺はこのクラスで必ず一位を取るつもりだ。よろしく頼む」
次に名乗ったのはもう一つの公爵家の息子であるライド・ホルスティンで、彼は真っ赤な髪と見たものを焼き焦がすような鋭く赤い瞳をした青年で、身長は190cmほどでガタイも良い。
そんな彼はとても真面目な性格をしており、自分にも他者にも厳しい人間だ。
その性格もあって、主人公がこのクラスに来た時は真っ先に親友となる仲で、逆に俺とは相容れない相手でもあった。
「君がホルスティン公爵家の子息か。なんでも、試験の時に先生をかなり追い込んだんだって?すごいね〜。今後も頑張ってね!」
それからも滞りなく自己紹介は進んでいき、セフィリアとソニアの挨拶が終わって少し経つと、最後に俺たちの番がやってくる。
「じゃあ最後に、そこの3人!順番にいってみよー!」
「じゃあ私から。私はシュヴィーナよ。得意魔法は精霊魔法と風魔法。よろしくね」
「おぉ〜。結構シンプルな挨拶だったね。でも、精霊魔法はあたしも気になるから今度見せてね!じゃあ次!」
「ん。私はフィエラ。獣人。魔法は苦手だけど近接は得意」
シュヴィーナとフィエラが挨拶をすると、今度は男だけでなく女たちも2人の美しさに吐息を漏らし、思わずといった様子で見惚れていた。
「わぁ〜、さらに短いのが来た。というか、必要最低限って感じかな?でも、君が強いことは担当した先生からも聞いてるよ!これからも頑張ってね!じゃあ最後!銀髪の君!いい締めを期待しているよ!」
何故か最後の締め役になってしまった俺はゆっくりと席を立つと、周りからは様々な視線が向けられる。
好奇心や嫉妬、中には見惚れていたり敵視する視線もあるが、俺はそんな視線の全てを無視して口を開く。
「ルイス・ヴァレンタインだ。よろしく」
「………」
俺は手短に済ませて席に座ると、教室の中は沈黙に包まれ、あのライムですら少しだけ困惑した様子を見せる。
「あ、あはは。君も面白いね。うーんと、とりあえず自己紹介は全員終わった…かな。うん!終わったね!終わったことにしよう!それじゃあ、次はこれからのことについて説明するね!」
ライムはそう言って気を取り直すと、チョークを使って黒板にこれからのことについて書いていく。
「まず、明日は前期に何の授業を受けるのか決めてもらうよ。Sクラスの授業は基本的に自由になっているけど、学園側から必修として決められている授業もあるから、それは必ず受けるようにね。
あとは、自分で受けたい授業を決めて受けたり、興味がなければ受けなくても構わない!
でもその分、学期ごとの試験は他のクラスよりも難しいから自分たちで頑張るんだよ。
そして、3日目はクラス内で序列戦を行うよ。この順位は成績にも大きく影響してくるし、順位が低いとAクラスに落ちる、なんてこともあるから気をつけるようにね」
Sクラスの授業は必修科目以外は基本的に受ける受けないは自由であり、極端な話、必修科目以外の授業を全て受けなくても問題はない。
しかし、Sクラスはその特権の分、常に実力と実績が求められるクラスであり、授業を受けていない時間に研究をしたり冒険者として活動していた場合には、学期の最後にその実績を報告しなければならない。
仮に実績がなかった場合にはAクラスへと下がることになり、代わりにAクラスの生徒がSクラスへと上がってくることになる。
またクラス内順位とは、主に魔法と武術の戦闘系の順位と、付与と回復系の支援系で順位が決められる。
これは他のクラスでも一緒で、成績によっては順位が低い者は下のクラスの順位が高い者と入れ替えられる場合がある。
そして、この順位の最も大きな役割は、順位の争奪戦である。
順位の争奪戦とは、順位が低い者が高い者に勝負を挑むことで、勝負に勝つと相手の順位を奪うことができる。
これは実力主義であるシュゼット帝国学園が、生徒たちの競争心と成長欲を育てるために作った独自のルールであり、実際にこのルールによって、これまでシュゼット帝国学園は優秀な人材を何人も育ててきたのだ。
「それと、前期の終わり頃には武術大会があるし、後期になればダンジョン実習もあるよ!みんな楽しみにしててね!
それじゃあ、今日の説明はこれでおしまい!詳細についてはまた明日お話するから、今日はこれで解散ね!これから寮に戻れば荷解きとかもあると思うから頑張ってね!ばいば〜い!!」
ライムが最後まで元気に教室を出ていくと、他の生徒たちも帰り支度を済ませて寮へと戻っていく。
「エル。どうする?」
「俺たちも帰ろう。ここにいても意味はないし」
「わかった」
俺たちもさっさと片付けを済ませて教室を出ようとした時、こちらを見て少し残念そうにしている3人がいたが、俺はそんな視線を無視してミリアが待っている寮へと向かうため、フィエラたちだけを連れて教室を後にするのであった。
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