第139話 入学式

 俺がこの世界をおかしいと感じたのは、六周目の人生の時だった。


 ミリアに毒殺されて目が覚めると、俺はこれまでのように自室のベッドで目を覚ました。


 俺はまた死ななかった現実に絶望し、さらには長年そばにいたミリアの裏切りで人間不信になった。


 そんな俺を支えてくれたのはやはり両親で、俺は2人に助けられながら何とか普通の生活が出来るまでに落ち着いた。


 本当は学園にも通いたくは無かったが、四周目の時のように意識を無くして何かをするよりは、自分で行くほうがマシだと思い、仕方なく学園に通うことにした。


 それからは三周目のように静かに学園生活を送り、あと少しで学園を卒業できるという時、何故かアイリスに呼び出された。


 この時も、まるで決められた運命のように俺たちは婚約関係であり、俺は過去の恐怖から婚約を解消することもできずにいた。


 もしかしたら、彼女からなら婚約の解消が出来るかもしれないと淡い期待を抱きながら呼ばれた場所へと向かうが、そこは学園内にある実習ように使われる森の中で、今は日が沈み始めて人気もなかった。


 何かされるのではという不安はあったが、それよりも婚約が解消されて自由になれるかもしれないという気持ちの方が強く、あたりを警戒しながら森の中を進んでいく。


 そうして辿り着いた場所は少しひらけた所で、アイリスは夕日を眺めながら佇んでいた。


 俺はそんな彼女に声を掛けようとするが、突然後ろから何者かに押さえつけられ、地面に勢いよく倒れ伏す。


 アイリスは地面に押さえつけられた俺を見下ろしながら醜悪にニタァっと笑うと、困惑している俺に今の状況について説明を始める。


 彼女が言うには、どうやら大好きな勇者と付き合うためには俺の存在が邪魔らしく、俺を殺せば勇者と付き合えると思っているらしい。


 今日はそのために俺のことを呼び出したようで、わざわざ暗殺者まで雇ってくれたそうだ。


(んなアホな話あるかよ)


 正直、殺される俺から言わせれば、あの正義絶対主義の勇者が殺人者と付き合うとは到底思えないが、彼女はその辺りを理解していないのか疑問に思う。


(あ?今のは何だ?)


 説明を終えて短剣を右手に持ったアイリスがニッコリと笑った時、一瞬だけ夕日で見えた彼女の瞳は本来の青色ではなく、暗く濁った色をしていた。


(まるで、誰かに…)


「それじゃあ、さようならルイス様」


 俺が違和感について考えていると、アイリスは右手に持った短剣を振り下ろし、背中に思い切り突き刺す。


 しかし、女性の非力な体と刺したのが背中からということもあり、俺はなかなか死ぬことができず、結局8回ほど刺されたところで出血多量で死ぬことができたのであった。





「ルイス様。朝でございます」


「んん…。もう少し寝てたい…」


「申し訳ありませんが、起きてくださいませ。本日は入学式でございます」


「あぁ、そうだったな…」


 俺は怠い体を起こしてベッドから降りると、ミリアが持ってきた水で顔を洗い、彼女を一度部屋から出して着替えをする。


「なんか、懐かしい夢を見た気がするな」


 どんな夢を見たのかは忘れてしまったが、忘れるような夢であれば大したことではないだろうと思い、着替えを終えて部屋を出る。


「ルイス様。大変お似合いです」


「ありがとう」


「奥様も見たかったでしょうに、残念ですね」


「仕方ないさ。いつまでも領地を離れてはいられないからな」


 今日は俺たちがシュゼット帝国学園に入学する日であり、俺は現在、数日前に届いた制服に袖を通していた。


 学園の制服は黒を基調としており、襟周りや袖周りには赤色のラインや刺繍が施されている。


 また、上着の下には白のシャツを着ていて、首元は赤のネクタイで纏めている感じだ。


 父上と母上は俺たちが合格したその日の翌日にはヴァレンタイン公爵領へと戻っており、さすがに長期間も領地を離れると他の者たちにも迷惑をかけるため、母上は泣きそうになるのを耐えながら領地へと帰っていった。


「すでに馬車の用意はできております。フィエラさんたちも外でお待ちです」


「わかった」


 俺はミリアを連れて外へと出ると、そこには新しい服に慣れていないのか、何度も自身の姿を確認しているフィエラと、ドーナを呼び出して自慢しているシュヴィーナの姿があった。


「あ、エル。おはよう」


「おはよう、ルイス。どうかしら?似合ってる?」


「ルイス!おはよー!!」


 フィエラは俺に気がつくと駆け足で近づいてきて、シュヴィーナは自分のことを見て欲しいのかその場でくるりと回り、ドーナは元気に挨拶をしながら腕に抱きついてくる。


「おはよう」


「ん。どう?変じゃない?」


「よく似合ってると思うぞ」


 フィエラたちの制服も俺と同じ黒を基調としたもので、袖周りやスカートの裾には赤いラインと刺繍が施されており、首元は少し短めのネクタイが結ばれている。


「嬉しい。でも、スカートが短くて動きずらい」


「フィ、フィエラ!スカートの端をそんな風に持ち上げちゃダメよ!」


「なんで?」


「見えちゃうでしょ!!」


「ん?エルなら別にいい。見る?」


「見ねぇよ」


「残念」


 フィエラがどこまで本気だったのかは分からないが、いつも無表情の彼女の頬が少し赤くなっているのをみると、自分で言って恥ずかしくなったようだ。


「皆様、そろそろ向かいましょう。このままでは初日から遅刻してしまいます」


 側で俺たちのくだらないやり取りを見ていたミリアが少し急かすようにそう言うので、俺たちは馬車へと乗り込む。


 その時、屋敷にいた使用人たち全員が見送ってくれて、俺らは彼らに世話になったお礼を言うと、入学式のため学園へと向かうのであった。





「受験の時も多かったけど、今日も多いわね」


「今日は上級生たちもいるからな。それでも、受験の時よりは少ないはずだ」


 学園に着くと、すでにほとんどの新入生たちが来ていたようで、広場には入学式の会場である大講堂へと向かう人たちが列を作っていた。


「これ、並ぶの?」


「前みたいに魔法で道を譲ってもらう」


 フィエラたちはよほど並ぶのが嫌なのか、俺のことを見て無言の圧力をかけてくる。


「いや、その必要はない」


「どうして?」


「俺たちはSクラスだからな。この列に並んでるやつらはクラスが低いやつらだ。席順もSクラスが一番前、その後にAからDクラスの生徒が座ることになっている」


「つまり」


「堂々と通らせてもらう」


 俺はそう言って並んでいる生徒たちの横を通り過ぎると、すぐに大講堂の入り口へと辿り着き、受付を済ませてから指定されたSクラスの席へと座る。


「Sクラスって本当に凄いのね」


 入学後のクラスについては、制服を作るための通知書が送られてきた時にクラスについても書かれており、俺たちは予定通りSクラスで入学することができた。


「Sクラスの特権はこれだけじゃない。他のところでもいろいろと使えるから覚えておくといい。特権は利用してこその特権だからな」


「まるで悪役みたいなセリフね」


(悪役…ね。あながち間違いじゃないか)


 過去のどの人生を思い返してみても、俺は悪役で、勇者は主人公だった。


「悪役でも何でも構わないさ。寧ろ、願いが叶うなら喜んで悪役になってやるよ」


「かっこいい」


「ちょっとドキッとしたわ」


 フィエラとシュヴィーナが何やら2人で話をしているが、俺はそんな2人を放置して大講堂全体に魔力を張り巡らせる。


(やはり主人公も入学したか。それに、アイリスとソニアもSクラスのようだな)


 俺は講堂内にいる生徒たちの魔力を読み取り、気をつけるべき人物や過去ではいなかった人物がいないかの確認をしていく。


「エル。始まる」


「ん?わかった」


 それからしばらくすると、どうやら全員が講堂内に入ったようで、室内の空気が少しだけ重くなる。


「では、これより入学式を始めます。まずは学園長からの挨拶です。学園長、お願いします」


 舞台の上で進行役を担当する教師がそう言うと、ゆっくりと靴の音が響き始め、舞台の脇から黒髪に深くスリットの入った黒のドレスを着た妖艶な女性が現れる。


「皆さん、この度は入学おめでとう。私がシュゼット帝国学園の学園長、メジーナ・マルクーリです」


 メジーナが喋り始めると、周りにいた男たちが魅了されたかのように見惚れて息を呑む。


(何度見ても、とんでもない強さだな)


 メジーナ・マルクーリ。現シュゼット帝国学園の学園長であり、学園の創立者であるシュゼットの弟子と言われる彼女は、その若々しい見た目とは裏腹に、彼女の実年齢を知る者は誰一人としていない。


 その魔法の実力は帝国内でも最強であり、他国でも彼女の名前を知らない者はいない程に有名な人物で、今の俺でも勝てるイメージが全く持てない遥か高みにいる存在だ。


 そんな超有名人である彼女が話すのをじっと聞いていると、ふとこちらを見た彼女と目が合い、軽くウインクをされる。


(ふふ。どうやら俺に興味を持ってくれたみたいだな)


 入学試験の時、遊びついでに魔力量や威力の数値などをゾロ目にしてみせたが、そのおかげで予定通り彼女の気を引くことができたようだ。


「エル。あの人に何かしたの?」


「ちょっとな」


「ふーん」


 フィエラはそう言ってもう一度前を向くと、それからは何かを言ってくることはなかった。


 入学式も新入生代表としてアイリスが挨拶をしたり、在校生代表の皇女様が挨拶をするだけで終わり、入学式自体は一時間ほどで終わるのであった。






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