第138話 合否
シュゼット帝国学園の入学試験から早くも二週間が経ち、俺とフィエラとシュヴィーナの3人は以前のように馬車で学園へと向かっていた。
「緊張してきた」
「私も。ちゃんと合格できているかしら」
フィエラが無表情でそんなことを言うと、シュヴィーナも少し落ち着きのない様子でフィエラの言葉に同意した。
「大丈夫だろ。聞いた感じ特に問題は無かったし、そこまで緊張する必要はないと思うぞ」
「エルは余裕そう」
「本当ね。なんであなたはそんなに落ち着いていられるの?」
2人はそう言って俺ことを見てくるが、俺は欠伸をしながら寝たくなる気持ちを我慢し、フィエラたちの話に付き合う。
「落ち着いているっていうか、もう終わったことだしな。すでに試験を受けた以上、これから答えを変えることも受け直すこともできないのなら、緊張するだけ無駄だろ?ダメならダメでまた旅にでもでるさ」
「大人」
「そんな風に考えられるなんてさすがね。私はもう不安で吐きそうだわ」
「シュヴィ。吐くなら外でね」
「吐かないわよ!」
「どうやら着いたみたいだな」
フィエラがいつものようにシュヴィーナを揶揄っていると、馬車が止まって御者が扉を開ける。
「ルイス様、到着いたしました」
「お前はその辺で休んでろ。すぐに戻る」
「承知いたしました」
御者に適当なところで休んでいるよう指示を出すと、俺たち3人は少し歩いてから学園の門をくぐり、受験者たちが集まっている広場へと向かう。
「多すぎるな」
「ん。邪魔」
「フィエラ、口が悪いわ。でも、確かにこの様子だと確認するまで時間がかかりそうね」
「はぁ。面倒だから魔法を使うか」
「どんな?」
「こんな」
俺はそう言って軽く指を鳴らすと、目の前にいた受験者たちは少しだけ左右にずれ始め、俺たちが通るのにちょうど良い道ができる。
「何をしたの」
「認識阻害の応用みたいなものだ。彼らは今、あそこに何かがあると無意識に思い込み、それを避けるように行動して俺らのために道を作ってくれたってわけ」
認識阻害の魔法は、基本的に自分や隠したい物にかけることで自分たちを認識できないようにする魔法だが、それを他者に使用した場合、何もないところに何かがあると無意識に認識させることができる。
その結果、魔法をかけられた人たちは何も不思議に思うことなくそれを避けるように行動し、今のように道を作ってくれるというわけだ。
「そんな使い方もあるのね」
「一つの魔法も視点を変えれば違う使い方ができる。人は考えることをやめたら死ぬだけだから、常に考えて行動しろ」
「ん」
「わかったわ」
「さて。せっかく道をあけてくれたわけだし、結果を見に行こう」
俺はそう言うと、フィエラたちと一緒に真ん中にあいた道を堂々と歩いていき、大きな掲示板の前で足を止める。
(確か俺のは…)
「あった」
「見つけた」
「よかった。私もあったわ」
前世の記憶を頼りに自身の受験番号を見つけると、フィエラたちも自分の受験番号を見つけたようで、2人は安心したように息を吐いた。
「合格したし、次は制服とかも用意しないとな」
「制服?」
「あぁ。学園では指定された制服を着ることが決まりなんだ」
「魔法学園のときのローブみたいなものかしら」
「そうだ」
俺たちは合格したのを確認すると、受験者たちが集まっている広場から離れながら今後について話をする。
「いつ作るの」
「学園指定の衣服屋があるから、その通達が来てからだな。その通知書がないと制服は作れないんだ」
「そうなのね。教科書とかはどうするの?」
「教科書は授業が始まってから学内で買うんだ。入ってから分かることだが、クラスによっては授業を自由に選択できる場合がある。何の授業を受けられるかは入学してからじゃないと分からないから、必然的に教科書は入学してから買うことになる」
「ということは、必要なのは制服くらいかしら」
「あとは入学後は寮生活になるから、生活で必要になる物を予め買っておくくらいだな」
幸いにも、俺たちはこれまで冒険者として旅をしてきたおかげでお金には困っていないし、何なら俺は公爵家のお金で入学費も寮で必要な物も買えるので、俺が持っているお金をフィエラたちに回しても構わない。
「それなら、今度みんなで買いに行かない?私、まだ帝都のどこに何があるのか分からないし」
「私は問題ない。エルは?」
「んー、まぁ暇だったらな。無理だったらミリアを同行させるから、その時は3人で行ってこい」
「わかった」
「ルイス!それにフィエラとシュヴィーナ!みんなも来てたのね!」
合否を確認し終えた俺たちは、もうここにいる意味もなかったため、御者を待たせている場所へと向かおうとするが、そんな俺たちに聞き慣れた声が掛けられる。
「あら、ソニアじゃない」
「ソニアも確認しに来たの?」
「えぇ、そうよ!最初は混むのが嫌だったから最終日に来ようと思っていたのだけど、どうしても気になっちゃって。結局来てしまったわ」
ソニアはそう言って明るく笑ってみせるが、彼女の顔には少しだけ疲れが見えており、化粧で隠してはいるが目の下にも薄っすらと隈があった。
「本当に久しぶりね。試験が終わってから一度遊んで以来だから、一週間ぶりくらいかしら」
「えぇ!なかなか2人に会えなくて寂しかったわ」
「ん。私も会えて嬉しい」
フィエラたちは試験が終わってから一週間ほど経った頃、3人で帝都を観光するため遊びに行ったらしく、ここで会うのはその日以来のようだ。
ちなみに、俺はその日は天気が良かったので、屋敷の庭で水クッションに寝転がりながら眠っており、気づいたら夕方になっていた。
「それで、3人はどうだった?合格できたの?」
「あぁ。俺たちは問題なく合格だ。お前は?」
「あたしも合格だった!魔法学園に合格した時も嬉しかったけど、名門のシュゼット帝国学園に入学できるのも嬉しいわね」
ソニアは安堵と嬉しさが溢れ出てくるような表情で笑うと、フィエラたちも彼女の気持ちがわかるのか、彼女に同意するように頷いた。
「フィエラたちはもう帰るところだったの?」
「ん。もう用は済んだし、昨日は緊張で眠れなかったから帰って寝るつもり」
「私もよ。安心したからか、さっきから眠くって」
「あはは。みんな同じなのね。あたしも昨日はあまり寝れたなくて。今はとても眠いの。だからあたしも、これから宿に戻ってぐっすりと眠るつもりよ」
「なら、宿まで送ってやるよ」
「え、いいの?」
「別に構わん。どうせ馬車だし、少し寄り道してもそこまで時間は変わらないからな」
「ありがと…」
ソニアは少し恥ずかしそうにしながらお礼を言うと、俺たちは彼女も連れて馬車の方へと向かっていく。
「あ、すみません」
その時、門を出て角を曲がろうとした瞬間、反対側から来ていた青年とぶつかり、その青年は勢いに負けて尻餅をつく。
「すみません、急いでいたもので」
--ドクリ
青年がそう言いながら立ち上がり視線があった瞬間、俺の心臓が跳ね上がり、突然繋がっているはずの首や動いているはずの心臓に激しい痛みを感じ始める。
(主人公…)
目の前にいる青年は、癖のある茶色い髪に薄い緑色の瞳をしており、まるで穢れを知らないその純粋で正義感に満ちた瞳は、今も過去も変わらないほどに澄み切っていた。
「エル?」
俺はそんな幻想痛に耐えるように平静を保とうとするが、フィエラだけは当然のように俺の変化に気づいて声をかけてくる。
「大丈夫?」
「あぁ」
「あの、本当にすみませんでした。僕がちゃんと前を見ていなかったばっかりに…お怪我はありませんか?」
「問題ない。怪我もしていないから気にするな。それより、試験の結果を見に来たのだろう。早く行ったほうがいいぞ」
「あ、そうでした。お気遣いいただきありがとうございます。では、これで失礼します」
青年はそう言って一度頭を下げると、また慌てた様子で広場の中を走っていき、あっという間に人混みの中へと消えていく。
「エル」
「俺たちも帰ろう」
俺は心配するフィエラの言葉を無視してそう言うと、首を摩りながら静かに馬車の方へと歩いていく。
(まさか、ここで主人公に出会うとはな。こんな事は一度もなかったはずだが)
どの過去を思い返してみても、入学前に主人公と出会うなんてことは一度もなく、今回は突然のことに少し驚いてしまった。
(だが、やる事は変わらない。あいつが敵になるのなら戦うだけだ)
今回の人生で主人公がどのように関わってくるのかはまだ分からないが、それでも俺の目指すところは変わらない。
いや、寧ろこれからは今までとは違うイベントが起きるのではないかと思うと、想像しただけで楽しくなって思わず笑ってしまう。
(いよいよ始まるんだな)
その後、馬車へと乗った俺たちは、ソニアを彼女が泊まっている宿屋まで送り届けると、特に寄り道もすることなく屋敷へと戻るのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます