第135話 利用価値

 フィエラたちと別れて食堂を出たあと、俺は1人で近くにある広場を歩く。


「人が多くて邪魔だな」


 広場はお昼休みのせいか受験者たちで賑わっており、少し歩くだけでもぶつかりそうで視界も悪かった。


「こんなに人がいると普通に見つけるのは無理だな。仕方ない、魔法を使うか」


 普通に探すのが面倒になった俺は、魔力感知を広場全体に展開すると、いくつもある魔力反応からセフィリアの魔力の波長を探す。


「…みつけた」


 セフィリアはどうやら広場の隅に1人でいるようで、俺は人混みを避けながら彼女がいる場所へと向かっていく。


「隣、座ってもいいか?」


「あ、はい。どう…ぞ。ルイス様?」


 彼女は1人でベンチに座っており、バスケットを膝の上に置きながらサンドイッチを片手にお昼を食べていた。


 俺はそんな彼女に一声かけると、少し距離を置いてベンチへと座る。


「ど、どうしてルイス様がこちらに…」


「それは俺のセリフだ。なんで来年受験するはずのお前がここにいる?」


「それは…」


「周りなら気にしなくていい。さっきここに来る時、遮音魔法と認識阻害の魔法をかけておいた。気にせず話せ」


「…わかりました」


 セフィリアはこのまま話して良いのか迷うように周囲をチラリと見たので、俺は気にせず話すように質問の答えを求める。


「私が一年早くここにきたのは、誠に勝手ながら、少しでもルイス様のお力になれればと思いやってきました」


「俺のだと?勇者ではなく?」


「はい。一年ほど前、私がルイス様とお会いしたあの日、私はルイス様に過去のことで謝罪いたしました。それは自分の過ちから逃げたくて、自分の罪悪感をあなた様に許してもらうことで軽くしたかったからです。


 ですが、ルイス様はそんな私の浅はかな考えを見抜き、許すことはありませんでした。…いえ、あなた様は本当に過去のことを過去として割り切っていたのしょう。だから私の謝罪を受け入れることはなかった。


 あの時、謝罪は強請るものじゃないと言われた言葉は本当にその通りで、私はあの後、自分の行動を恥ました」


 セフィリアはまるで懺悔でもするかのようにそう語ると、一度大きく息を吐く。


「私はあの時も過去も神の言いなりで、これまで自分で考えて行動するということはありませんでした。教皇様の指示に従い、神の信託に従い、信徒たちの声に従う。それらに従うことが正しいことなのだと信じていました。


 ですが、過去の出来事を俯瞰して見た時、私は私自身が自我のないただの人形のように見えたのです。


 その結果が神の信託に何の疑問も持たず従い、あなた様とあなた様の大切なものを殺してしまう結果となった」


「それで?今は変わったとでも?」


「どうでしょうか。変わった…というより、変わりたいと思っております。ですが、いざ自分で考えて行動しようとした時、私は何がしたいのか、何をするべきなのかが分かりませんでした。本当に、これまでの私は自我の無い人形だったのだと、改めて実感いたしました」


 セフィリアはそう言うと、今度は自分に呆れたかのように苦笑するが、その顔には自虐も込められているような気がした。


「ふーん。まぁ、お前が自分のことをどう思おうが俺には関係ないけどな。それで?その話と一年早く学園に来たのにはどんな関係があるんだ?」


「はい。以前ルイス様とお会いしたあと、私は国へと戻り、多くの人にやりたいことや将来の夢について尋ねてみました。


 快く教えてくださる方もいれば、野心があるのか嘘をつく方もいましたが、その中でも好きな人との将来について語ったり、家族との幸せについて話してくれた人は本当に輝いて見えました。


 そして、そんな皆さんの話を聞き、私も自分の意思で誰かの力になりたいと考えた時、ルイス様が浮かびました。もちろん、下心や恋愛感情があるわけではありません。ただ、幸せになって欲しい、お力になりたいと思ったのがルイス様だけだったのです」


「理由はわかった。だが、その行動はあまりにも自分勝手だと思わないか?それだって、結局はお前が謝罪したくて、罪悪感に押しつぶされそうだからそう思っただけじゃ無いのか?第一、一度俺の幸せを壊したお前が俺の幸せを願うのはおかしいだろ」


 これは別に俺が彼女を責めているわけでも、過去のことで感情的になっている訳でもない。


 ただ今回の人生では、これまでの前世と違う点が多くあり、その一つである彼女が何を考え、何を思っているのかが知りたかったのだ。


「おっしゃる通りです。結局のところ、私がルイス様のお力になりたいというこの思いも自分勝手なものであり、自己満足と言われればそれまででしょう。


 それに、私が一度あなた様の幸せを壊したのは事実です。ですが、この感情は私が初めて自分で考えて抱くことのできた感情なのです。私はもう他の誰かに従うのではなく、自分の感情に従いたい。


 なので今回は、私は私の人生の全て、そして命を懸けてでもあなた様のお力になるつもりです」


「なら、俺が今ここで死ねといえば、お前は迷わず死ぬのか?」


「はい。あなた様がそれをお望みなら、私は喜んでこの場で死にます」


(なるほど。どうやら本気のようだな)


 死ぬと言い切ったセフィリアの瞳には揺るぎない覚悟が込められており、それ以上のことを聞かなくても彼女が本気であることが伝わってくる。


「お前が本気なのはわかった。だが、死ぬのは今じゃなくていい」


「何故ですか?」


「お前の聖魔法がどれだけ強力かは身をもって知っているからな。この場で捨てるには惜しい。それに、勇者の監視役も必要だ」


「つまり、私にはまだ利用価値があるということですか?」


「そういうこと」


「ですが、また私があなた様の大切なものに手を出す可能性もありますよ?」


「その時は殺せばいいだけだ。簡単な事だろ?」


 何も難しい話じゃない。セフィリアがまた俺を殺そうとしたり、仮に精神を乗っ取られて敵に回るようなことがあれば、その時は彼女を殺せば良いだけなのだから。


「てっきり、私は嫌われているものだと思っていました」


「嫌いだよ。この世界で2番目に嫌いだ」


「ふふ。そうですか」


「んじゃ、俺は次の試験会場に行くから、お前も遅れるなよ」


「はい」


 俺そう言ってベンチから腰を上げると、周囲に展開していた魔法を解除し、次の試験会場である訓練場の方へと向かうのであった。





 人が集まった訓練場へとやってきてからしばらく経つと、魔法使いの格好をした女性と剣を腰に下げた男性、そして研究者のような白いローブを着た男性とシスターの4人が訓練場へと入ってくる。


 訓練場はかなり広い作りをしており、中には縦横25mほどの舞台が4つあり、それを囲むように周囲には観戦席が階段上に設けられていた。


「諸君。午前は筆記試験ご苦労であった。お昼はゆっくり休めたかね?」


 4人を代表して剣を腰に下げた男性教師が話し始めると、彼は一度言葉を切ってから受験者たちを見渡す。


「これから君たちには実技試験を受けてもらう。実技試験では、武術、魔法、付与、治癒の4つから自身の得意なものを選び、その実力を見せてもらう。簡単であろう?」


 試験の内容は実にシンプルで、今説明があった通り、4つの中から自分の得意なものを選び、それを専門にしている教師に試験をしてもらうのだ。


 この形式で試験を行う理由は、なるべく才能のある者を取りこぼさないようにするためという学園側の方針であり、魔法が苦手な人に魔法の試験を行わせても意味がないからである。


「では、まずは希望する分野の試験官のところに分かれて並んでくれ。


 武術の試験は私で、魔法は右隣にいる女性、付与は左隣にいる男性で治癒は左端にいるシスターのところだ。


 試験の内容は武術が私との手合わせで、魔法が魔法を使用して的に当てること。


 付与はこちらで準備した武器に付与を行ってもらい、治癒は同じくこちらで用意した傷ついた動物の治癒を行ってもらう。


 詳細の説明は分かれたあと、各試験官から説明される」


 試験の大まかな説明が終わると、周りにいた受験者たちは各々希望する試験官のもとへと分かれていき、俺の周りには誰もいなくなる。


(俺はどうするかな)


 これまでの前世で全ての試験官の試験を受けているため、俺としてはどれを受けても問題はなかった。


「無難に魔法でいいか」


 魔法の試験であれば、似たものを魔法学園でも受けているし、何より動かなくていいのが楽なのだ。


「そうと決まれば、魔法の方に行きますかね」


 俺は適当に受ける試験を決めると、欠伸をしながら眠いのを我慢し、魔法使いの女性試験官がいる方へと歩いていくのであった。






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