第134話 スタートライン
ソニアの恐ろしい話を聞き終えたあと、俺は精神的な疲労を癒すため料理を口に運んでいく。
「エル。美味しい?」
「ん?あぁ」
「ルイス様。こちらも美味しそうですよ。どうぞ」
「ありがとう」
俺は現在、何故かアイリスとフィエラに両脇を固められ、目の前に置かれた料理を無心で食べていた。
「それで、ルイス様。もしよろしければ、あちらのお二人をご紹介いただけますか?」
アイリスはそう言うと、向かい側で再会を喜びながらすごい勢いで料理を食べているシュヴィーナと、そんな彼女を相変わらずだと楽しそうに笑っているソニアへと目を向けた。
「そうだな。すごい勢いで料理を食べている大食いエルフがシュヴィーナで、旅をしている途中で拾った。そして、さっきやばい発言をしていたのがソニア・スカーレットで、魔導国に行った時に知り合った」
「ちょっと、私の紹介が雑じゃないかしら」
「そうね。あたしがやばいってどういうことなのか、是非とも詳しく聞きたいわね」
2人は俺の紹介に不満があったらしく、少し怒った様子で不満を言いながら睨んでくる。
「なるほど。シュヴィーナさんとソニアさんですね。私はルイス様の婚約者であり、ペステローズ侯爵家の次女、アイリス・ペステローズです。よろしくお願いしますね」
「ご丁寧にありがとう。私は神樹国オティーニアで東区を治めているエルフの娘、シュヴィーナよ。ルイスとは同じ冒険者として旅をしてきたわ」
「あたしは魔導国ファルメルの初代賢者イガル・スカーレットの末裔、ソニア・スカーレットよ。ルイスとは魔導国で色々と助けてもらったわ。それに、魔法の指導もしてもらった」
「フィエラ・キリシャベイン。獣王国の第三王女。ルイスとはデートもした関係」
アイリスたちは食べる手を止めてお互いに自己紹介をするが、みんなが驚いたのはフィエラの自己紹介で、これに関してはアイリスだけでなくシュヴィーナやソニアも驚きを隠せていなかった。
「フィエラさんって、獣王国の王族だったんですか?」
「初めて知ったわ」
「ここ最近で一番驚いたわね」
3人はしばらくの間、驚きで動きが止まっていたが、アイリスが一度咳払いをして気を取り直すと、王族という事実よりも気になることがあったのかフィエラに問いかける。
「王族ということにも驚きましたが、それよりデートをしたとはどういうことですか?」
「ん。そのままの意味。エルと2人でデートしたの。デート、知らない?」
「知っています。私がお聞きしたいのは、どうしてデートをすることになったのかということです」
「約束したから。証拠にエルにプレゼントも貰った」
フィエラはそう言うと、胸元から金色の宝石が嵌められたネックレスを取り出し、まるで自慢するようにアイリスへと見せつける。
「その宝石はまるで…は!」
アイリスはしばらく宝石を見つめたあと、今度は俺の瞳を確認し、次に耳元へと目をやる。
「ルイス様。そのピアスは…」
「ん?これはフィエラから貰ったやつだ」
「そうですか…」
どうやら彼女は俺の耳に付いているアメジストの宝石が嵌められたピアスに気が付いたようで、僅かに悔しそうな表情へと変わった。
「とりあえず、お昼を食べましょう。休憩時間がもったいないわ」
「そうね。あたしもその方がいいと思う」
アイリスの反応で少し空気が悪くなってしまったが、シュヴィーナがそんな空気を変えるために話題を変えると、ソニアもそれに話を合わせた。
「すまないが、俺は他に用があるから席を外す。フィエラ」
「なに?」
「実技試験についてだが、やりすぎるなよ」
「どうして?」
「目立ちたいなら別に構わないが、目立ってもいいことはない。特に理由がなければ、周りより少し上程度の力だけ出すように。シュヴィーナもな」
「わかった」
「わかったわ」
俺はフィエラたちにそう言って席を立つと、食堂の窓から見えたピンクブロンドの髪の少女に話を聞きに行くため、その場から移動するのであった。
〜sideフィエラ〜
ルイスが食堂を出ていくと、フィエラはテーブルにある料理を食べながらアイリスの様子を窺う。
(さっきのがだいぶ効いたみたい)
アイリスは、ルイスとフィエラがお互いの瞳の色の宝石がついたアクセサリーを付けていたことがよほどショックだったのか、悔しそうに俯いて動く様子がなかった。
「フィエラ。あれはさすがにやり過ぎだったんじゃない?」
「なにが?」
「アクセサリーのことよ。婚約者相手にあれはどうなのかなって」
シュヴィーナはアイリスの様子が気になるのか、彼女のことをチラチラと見ながらフィエラの耳元に口を寄せて小声で話しかける。
「シュヴィ。私たちはおままごとをやってるんじゃない。本当にエルが欲しいのなら、使える手は全て使うべき。それに、アイリスはまだダメ」
「ダメって何が?」
「覚悟が無い。どんな時でも、どんなことがあってもエルについて行って、エルの望みを叶えさせるっていう覚悟。例え自分の命が危険でも、躊躇わず命を懸けてエルに寄り添う覚悟。その覚悟がない彼女に、私たちの気持ちが負けるわけにはいかない」
そう語るフィエラの瞳には、確かに誰にも負けないという覚悟が込められており、それを感じ取ったシュヴィーナは思わず言葉を詰まらせる。
「皆さんは…。いえ。皆さんも、ルイス様のことがお好きなのですか?」
シュヴィーナがこの状況をどうしたら良いのか迷っていると、これまで黙っていたアイリスが力無く尋ねる。
「私は愛してる。エルがいない未来を考えられないほどに」
「あたしはまだ分からないわ。同じ魔法使いとして憧れはあるし、色々と事情があって惹かれているのは確かだけど、フィエラほどはっきりと言えるかと聞かれると微妙なところね」
「私も好きよ。彼が死んだら、私の残りの人生を捨ててもいいくらいには好きね」
最初に答えたのはやはりフィエラで、それに続いてソニア、シュヴィーナが自身の気持ちについて語っていく。
「やはり、そうなのですね…」
「アイリス。まだエルが好き?」
「もちろんです。私もルイス様を心から愛しています。ですが、あの方は私のことを見てくれません。関心すら持ってくれない。それどころか、私を通して別の誰かを見ているようで…私はルイス様のことがわかりません。私はどうしたら…」
アイリスは目元に涙を浮かべながら独白するように思いを吐き出すと、ついには涙が握った手に落ちていく。
「アイリス。あなたはエルのなにを知ってるの」
「え?」
「エルは戦うことが好き。でも、それと同じくらいにだらけることも好き。食べ物はなんでも食べるけど、特に好きなのは甘いもの。逆に苦手なものは苦いもの。
人に興味がないように見えて、実は面倒見が良くて人と関わることが好き。でも、自分に敵意を持っていたり、害をなそうとする敵には容赦しない。それに、彼は本当は臆病。人は好きだけど、人と関わることを心のどこかで無意識に怖がってる。
あとは意外と可愛いものが好き。精神的に疲れたら私の耳や尻尾をもふもふする。
そして…彼の目的は多分死ぬこと。戦う理由も本当は死にたいから戦ってる。あなたはどこまで知ってるの?」
「それ、は…」
「アイリスが知っているルイス・ヴァレンタインは上辺だけ。彼の本当の気持ちも目的も何も理解していない。あなたはエルのことがわからないんじゃない。わかろうとしていないだけ。自分の気持ちだけを押し付けて、焦ってエルの嫌いなことばかりしてる。そんなあなたにエルが興味も関心も持つはずがない。全ては自業自得」
フィエラの容赦のない言葉の雨に、アイリスは心が折れてしまったかのように瞳から気力が感じられなくなる。
「アイリスさん。あたしはアイリスさんとルイスの関係がどうなっているのか分からないけれど、まだ諦めるべきじゃないと思うわ」
「ソニアさん…」
そんなアイリスに話しかけたのは隣に座っていたソニアで、彼女はアイリスの手を優しく包み込むと、まるで母親のように優しく微笑んだ。
「あたしも、ルイスのことはほとんどわからないの。あたしも魔導国の学園にいた時、フィエラたちに叱られた。感情を押し付けるな、それは相手の気持ちを分かった気になっているだけだってね」
ソニアはその時のことを懐かしむようにフィエラたちを見ると、アイリスに自身の気持ちを伝えるため彼女と目を合わせる。
「それに、あたしはルイス本人にも自身のことを否定された。あの時は本当に悲しかったし、心が折れてしまいそうだったわ。でも、王族の悪事が明るみになり、状況が落ち着いてから一人で考えてみたの。そして、自分の考えがいかに甘いものだったのか、どれだけ独りよがりの感情だったのかを自覚することができた。
あたしがこの学園に来た理由はもちろんルイスに会いたかったのもあるけど、それよりもルイスが抱えている心の傷を知りたいと思ったから。今度は独りよがりじゃなく、本当の彼を知って支えてあげたいと思ったの」
それはソニアがこれまで抱えてきた本心であり、ルイスと別れてからずっと考えてきたことでもあった。
「だからアイリスさんも、諦めずにまずは本当のルイスを知ることから始めない?
あたしたちは今、同じスタートラインに立っていて、フィエラとシュヴィーナは今のルイスを受け入れ、ずっと前を歩いてる。
これが現実。でも、まだ隣にいるわけじゃない。あたしたちにもできることはある。あたしはそう思うわ」
ソニアの言葉を聞いたアイリスは、溢れ出てくる涙を拭うと、先ほどまでとは違った確かな覚悟を感じさせる瞳でフィエラのことを見る。
「…私、頑張ります。フィエラさんたちに負けないよう全力で頑張ります。例え私が婚約者でなくなろうとも、この気持ちが変わることはありません」
「ん。受けてたつ。私も負けないから」
フィエラはアイリスの覚悟を受け取ると、彼女は少しだけ楽しそうに笑った。
その後、4人はルイスとの思い出を語り合いながら、お昼休憩が終わるまで女子会が続くのであった。
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