第130話 帝都に向けて
シーラやヴォイドに挨拶をしてから半月が経ち、ついに帝都パラミティアへと向けて出発する日がやってくる。
この半月間、俺は屋敷で怠惰で自堕落に生活しようと思っていたのに、ここに戻ってきてから一つだけ大事なことを思い出し、それのせいで忙しい日々を過ごすことになった。
それは、屋敷に戻ってきてから4日が経ったある日、俺はフィエラの尻尾を撫でながらまったりしていると、一つの事が気になって尋ねてみた。
「なぁ、フィエラ。そういえばお前、筆記試験の方は大丈夫なのか?」
「ん。多分無理」
「は?」
てっきり大丈夫だと言われるか、あるいは心配だと言われるかと思っていたのに、素直に無理だと言われてしまい、思わず素で聞き返してしまった。
「シュヴィーナは?」
「私も難しいわね。エルフの国は閉鎖的だったし、他国の情報となると分からないことの方が多いわ」
「あぁ…確かにそうだな」
シュヴィーナの言う通り神樹国はかなり閉鎖的な国であるため、他国の歴史なんてものは分からないだろうし、当然、歴史に名を残した人物たちの名前も知らないだろう。
それに、フィエラが知識系の勉強を苦手としているのは魔導国の入学試験で分かっているため、彼女が無理だと言うのも本心であることが伝わってくる。
「まずいな…」
シュゼット帝国学園の入学試験は筆記と実技、そして面接の3つがある。
実技についてはこの2人なら心配する点は無いし、面接については受験生の人間性を見るものなのでそこまでの対策はいらない。
しかし、筆記試験だけは違う。筆記試験はシュゼット帝国学園がルーゼリア帝国にある関係上、帝国の歴史や歴代の皇帝、そして歴史に名を残した人物たちなどが中心に聞かれる。
もちろん他にも算術や魔法学、それに他国から試験を受けにくる人にも合わせた問題もいくつかあるし、筆記だけで合否が決まるわけではないが、それでも筆記の点数が一定水準に満たない場合には不合格とされる可能性が高くなる。
「仕方ない、俺が教えるか。ミリア…」
「すでにお部屋の準備は整っております」
「…さすがだな」
どうやらここまでの会話を聞いていたミリアは、話の流れを読んですでに部屋の準備をしていたらしく、俺たちは彼女に連れられて場所を移動した。
「では、これから筆記試験の対策を行う。諸君、俺の授業は厳しいので心して受けるように」
「わかったわ。ただ、それより一つ聞きたいのだけど」
「なんだ?」
「どうして着替えているのかしら。それに、どこからメガネを持ってきたの?」
「全部ミリアが用意した。面倒だったが、母上にもお願いされた結果がこれだ」
「ふふ。とても似合っているわよルイス」
部屋に向かう途中、廊下でたまたま出会ってついてきた母上は、楽しそうに笑いながらそんな事を言う。
今の俺の服は先ほどまで来ていた白い服とは違い、シャツに黒のロングコート、そしてメガネをかけて髪も一本にまとめた教師風の格好をしていた。
「エル、とても似合ってる。すごくかっこいい」
「そりゃどーも」
フィエラは無表情ながらも俺の方から視線を外す様子は一切なく、尻尾はご機嫌そうにふらふらと揺れている。
「確かにかっこいいけれど…でも意外ね。まさかあなたがお願いされたからってこんな格好をするとは思わなかったわ」
「ん?俺は割とノリはいい方だぞ。昔はドレスも着たことがあるしな」
「え、あなたがドレスを着たの?」
「見たかった」
「ふふ。あの時は本当に可愛かったわね」
「俺は少しトラウマですけどね」
「どうして?街に出た時なんて、みんなルイスに釘付けだったじゃない」
「だからですよ。同じ男にそんな目で見られるなんて、鳥肌が立って止まりませんでしたよ」
当時はまだ5歳くらいだったので、声も高くて男か女か判断が難しい年頃だった。
そのため、母上に連れられてドレスを着たまま領内の街へと出た時は、歳の近い子供たちが俺のことを頬を赤らめながら見惚れていたのだ。
「そうだったのね。だからあれ以来、ドレスは着てくれなかったのね」
「そういうことです。と、昔話はここまでにして、本題に戻りましょう。筆記試験についてだが、俺の記憶にある過去五年分の試験内容を基に、出る頻度が多い重要な内容から教えていく。
分からない箇所があってもまずは最後まで説明を聞くように。一区切りついたところで質問を受け付けるから、その時に聞いてくれ。では早速だが、ここまでで質問は?……ないようだな。なら、まずは算術問題から始める」
説明の中で、俺は過去五年分の過去問から教えると言ったが、実際は過去の人生で知っている試験問題を基本的に教えていく。
(過去の問題を全て知ってるんだから、それを教えた方が効率がいいしな)
俺はその後、算術や帝国の歴史、そして政治学に魔法学など、試験で出る問題にあえて出ない問題を混ぜつつ、2人が合格するよう教えていくのであった。
そして現在、約二週間の勉強で何とか合格ラインまで持っていくことができた俺たちは、帝都に向かうため馬車に荷物を積み入れていた。
「連れてきた」
「お、ありがとうフィエラ。シーラさんもお久しぶりです」
「お、お久しぶりです。エイルさん」
フィエラには荷物を積んでいる間にシーラを迎えに行ってもらっていたのだが、彼女に連れられてきたシーラは困惑した様子でこちらを見ていた。
「あの、エイルさんであってますよね?」
「あぁ、そうでしたね。そう言えば説明し忘れてました。ほら、この通りエイルですよ?」
俺はそう言って自身に変装魔法をかけると、濃紺の髪に青い瞳へと変わり、いつものエイルの姿へとなった。
「ほ、本当だ…」
「改めて自己紹介をしますね。俺の名前はルイス・ヴァレンタイン。ヴァレンタイン公爵の息子になります。隠していてすみませんでした」
「い、いえ!そんな!貴族ともなれば身分を隠さないと大変なことにもなりますし、大丈夫です!」
「そう言っていただけると助かります」
「ルイス。そちらの女性が先日連れてくると言っていた人か?」
「父上。はい、その通りです。こちら、冒険者として活動しているときに俺の担当になってくれたシーラさんです」
「は、初めまして公爵様。ルイス様の担当をさせていただいているシーラと申します。この度はご同行させていただきありがとうございます」
シーラはこの領地を治める父上にあって緊張しているのか、手を振るわせながら頭を下げて挨拶をした。
「はは。そんなに緊張しないでくれ。ルイスから君の話しは聞いているし、担当として帝都まで一緒に来てくれることにも感謝している。
ルイスのことは信頼しているが、やはり知らない誰かに任せるのは親として心配だからな。君のようにルイスを気にかけてくれる子が一緒に来てくれて、私たちはとても嬉しく思っているよ」
「勿体無いお言葉、ありがとうございます」
父上はそう言ってもう一度笑うと、執事と状況を確認をするため馬車の方へと戻っていった。
「お疲れ様です」
「あはは。本当に少し疲れちゃいました。私、何か粗相とか無かったですか?」
「大丈夫でしたよ」
「よかったです」
「ルイス。準備が出来たみたいよ」
「わかった。今行く」
安堵した様子のシーラと話をしていると、準備の方を手伝っていたシュヴィーナが近づいてきて準備が終わったことを伝えてくる。
ちなみにだが、シュヴィーナは俺の呼び方をエイルからルイスに変えたようで、どうやら学園時と冒険者とで呼び方を変えることにしたようだ。
「あ。シーラさん、言い忘れていましたが、帝都までは父上たちも一緒なので、気を張らずに頑張ってくださいね」
「え…えぇぇぇぇえ!!?」
父上たちが帝都に行くのはもちろん合否をいち早く知るためであり、前世でも試験の時期はいつも家族全員で帝都へと向かっていた。
その後、俺は驚いた彼女の様子を楽しみながら馬車へと乗り込むと、いつもより大人数で帝都へと向かうのであった。
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