第129話 挨拶

 屋敷へと戻ってきた翌日。俺たち3人は冒険者ギルドに挨拶へと向かうため、公爵領にある街の中を歩いていた。


「それにしても、昨日の父上と母上の驚きようは凄かったな。あんな顔を初めて見たぞ」


「ん。あの食べっぷりを見れば誰でも驚く」


「や、やめてちょうだい。さすがに恥ずかしいわ」


 俺たちが今話をしているのは昨日の夕食の時の話で、みんなで夕食を食べた時、シュヴィーナは料理が気に入ったのかいつも以上に食べていた。


 シュヴィーナは種族がらスレンダーな体型をしており、その見た目からはあまり量を食べないように見えるし、種族的に言うのであればフィエラの方が食べそうなイメージがある。


 しかし、実際はフィエラよりもシュヴィーナの方が食べる量が多く、その様はまるで腹の中に空間拡張魔法がかけられているのではと疑いたくなるレベルだ。


 そのため、そんなシュヴィーナの食べっぷりを初めて見た両親は最初とても驚いていたが、むしろ美味しそうに食べる彼女を見て楽しそうに微笑んでいた。


「はぁ、もう認めるわ。私って大食いなのね。これからは我慢するわよ」


「別にいいんじゃないか?俺たちはもう慣れてるし、父上たちも楽しそうだったしな」


「ん。シュヴィはたくさん食べてる方がシュヴィらしい。それに、食べてる時のシュヴィは可愛いからそのままでいい」


「そ、そうかしら。エイルもそう思う?」


「まぁ、我慢されるよりは好きに食べてもらった方がいいかな」


「わ、わかったわ!」


 先ほどまでかなり落ち込んでいたシュヴィーナだったが、俺とフィエラが気にしないことを伝えると嬉しそうに笑った。


 その後、俺たちは近くにあった店でお昼を食べた後、予定通り冒険者ギルドへと向かうのであった。





「ここも久しぶりだな」


「ん。懐かしい」


 二年ぶりに冒険者ギルドへとやってきた俺たちは、少し懐かしむように建物を見た後、扉を開けて中へと入っていく。


 すると、建物内に併設された酒場からこちらを見てくる冒険者たちがおり、俺はこの後の流れを予想しただけで疲れてしまう。


「はぁ、いつも同じ展開ばかりで飽きるんだが」


 俺はこちらに向かってこようとする男たちをどうしようかと考えながら様子を見ていると、1人の男が俺たちの視界を遮るように横から現れる。


「よぉ!久しぶりだな!」


「ん?あぁ、ランドルか。久しぶり」


 話しかけてきたのは、ここのギルドに初めてきた時に世話になったAランク冒険者のランドルで、彼はフィエラがAランクに昇格した時にも試験官をしてくれた人だった。


「お前さんのこと全然見なかったから心配してたんだぜ?」


「旅に出てたんだが、シーラさんに聞かなかったのか?」


「あぁ。心配はしてたが、お前さんが死ぬなんて思ってなかったからな。詳細を聞いたりはしなかったのさ」


「なるほどな」


「フィエラの嬢ちゃんも元気そうだな」


「ん。ランドルも元気そう。それに、前より強くなった」


 フィエラの言う通り、ランドルの気配は以前よりも増していて、放たれている威圧感や佇まいも比べ物にならないほど洗練されていた。


「お、わかるか?俺もようやくSランクになれたんだ。まぁ、お前さんたちに比べるとまだまだだがな。お前さんたちもかなり強くなってるようだしな」


「あぁ。俺たちもこの旅でいろんな経験をしてきたからな。よければ今度手合わせでもしないか?今度は油断していないあんたと戦いたかったんだ」


「はっはっは!自分よりも強者に求められるのは気分が良いな!もちろんだ!俺もお前さんとはもう一度戦いたいと思っていた。予定が合う時にでもやろうや」


「楽しみにしてるよ。それと、今回も助かった。あの男たちに絡まれるのは正直だるいと思ってたんだ」


「気にするこたぁねぇよ。シーラちゃんたちの手間を増やしたくなかっただけさ。それより、これからシーラちゃんに会いにいくんだろ?あの子、ずっとお前さんの帰りを待ってたからな。早く行ってやんな」


「ありがとう。そうさせてもらうよ」


 ランドルが俺たちに話しかけてくれたことで、こちらに近づこうとしていた男たちは俺たちがただ者じゃないと判断したのか、気まずそうな顔をして酒を飲みに戻っていった。


 そして、ランドルと別れた俺たちは空いている受付へと向かうと、そこで仕事をしていた受付嬢に声をかける。


「すみません。シーラさんはいますか?」


「シーラですか?失礼ですが、まずはカードを見せていただいても?」


「わかりました」


 俺は懐からギルドカードを取り出すと、それを受付嬢へと渡した。


「エイル…エイルって、あのエイルさんですか?!」


「どのエイルかはわかりませんが、とりあえずエイルです」


「しょ、少々お待ちください!すぐにシーラを呼んできます!」


 女性はそう言って慌てた様子で奥へと向かっていくと、それから少ししてシーラを連れて戻ってきた。


「エイルさん!お帰りなさい!」


「シーラさん。お久しぶりです」


 シーラは駆け足で俺たちのもとへと近づくと、身だしなみを整えてから微笑む。


「いつお戻りになられたんですか?」


「昨日です。今日はシーラさんやヴォイドさんに挨拶をしに来ました」


「そうだったんですね。わざわざありがとうございます!フィエラさんもお久しぶりです!」


「ん。久しぶりシーラ」


「ふふ。何だか懐かしい感じがしますね。ところで、そちらの女の子は新しいお仲間さんですか?」


 シーラはそう言うと、ここまで会話の様子を窺っていたシュヴィーナへと目を向けた。


「まぁ、そうですね。旅をしてる途中で拾ったんです」


「拾った?よくわかりませんが、エイルさんたちのお仲間になられたのなら、今後は彼女の担当も私になりますね。私はシーラです。エイルさんたちの担当受付嬢をやってます!」


「私はシュヴィーナです。よろしくお願いします」


 俺たちは軽く挨拶を済ませると、近くにあったテーブルへと移り、椅子に座りながら話をする。


「それで、こちらに戻られたということは、次は帝都の方へ向かわれるのですか?なら、私も準備した方がよろしいですよね?」


「はい。ただ、帝都に向かった後、俺たちはシュゼット帝国学園に通う予定です。もしかしたら、あまり冒険者としての活動ができないかもしれませんが大丈夫ですか?」


「問題ありませんよ。それに、エイルさんならSクラスになって、冒険者としても活動されそうな気がするので」


「はは。そうですね。今のところはその予定で考えてます」


 シュゼット帝国学園はクラスごとに授業内容が異なっており、Sクラスになれば魔法学園と同様に必要最低限の授業に出ればあとは自由なのだ。


 そのため、俺の予定としてはSクラスへと入り、その後は適当に授業を受けつつ帝都内で冒険者ランクを上げたりしながら冒険者として活動していくつもりだ。


「なら、私も準備しておきますね」


「わかりました。帝都に向かう時ですが、せっかくなら一緒に行きますか?」


「え、いいんですか?」


「構いませんよ。これからお世話になるわけですしね」


「では、お言葉に甘えさせていただきます」


 その後、話を終えた俺たちは、シーラさんに頼んでヴォイドさんに会えるよう手配をしてもらうと、彼がいる部屋へと場所を移すのであった。





「お久しぶりです。ヴォイドさん」


「あぁ、久しぶりだね。エイルくん」


 ギルドマスターの部屋へと入ると、ちょうど書類仕事を終えた様子のヴォイドに出迎えられ、俺たちはソファーに座りながら向かい合った。


「本当に久しぶりだね。二年ぶりくらいか。随分と実力を上げたようだ」


「ありがとうございます。いろんな経験をしてきましたから」


「ははは。それはよかったね。フィエラさんも久しぶりだ。君もだいぶ強くなっているね」


「ありがとうございます」


「若い子の成長は早いものだね。隣にいる女の子のことも気になるし、よければ私に旅の話でも聞かせてくれないかい?」


「はい。わかりました」


 俺はヴォイドの話に頷くと、アドニーアで森の王と戦った話や、ミネルバで海底の棲家を攻略した話、そして最後はヒュドラと戦った話までした。


「はぁ。凄いな。あのヒュドラまで倒してしまうとは」


「とても楽しかったですよ」


「そういうところは変わらないな。それで、そちらが旅の途中で拾ったという、エルフのシュヴィーナさんか」


「はい。よろしくお願いします」


「よろしく。しかし、よく鍛えられているな。魔力も多いし、どうやら闘気も会得しているようだ。鍛えたのはエイルくんかい?」


「少し手を貸しただけで、ここまで成長できたのは彼女自身の力です」


「っ…」


「はは!そうか。よかったね、シュヴィーナさん」


「はい!」


 どうやらシュヴィーナは俺に褒められたことが嬉しかったらしく、ヴォイドに微笑みかけられると嬉しそうに頷いた。


「それで、次は帝都に向かうんだったね」


「はい。すでにシーラさんにも話はしてあります」


「そうかそうか。なら、彼女もさぞかし喜んだだろう」


「嬉しそうにはしてましたね」


「だろうな。彼女はこの二年間、君たちが帰ってくるのを待ちながら職務を頑張っていたんだ。今度は一緒に行けて嬉しいだろうさ」


「そうなんですね。あ、そう言えばここに来た時、受付の人が俺のことをあのエイルって言ってましたが、どういうことですか?」


「あっははは!それか!」


 俺の質問を聞いたヴォイドは、少し間を開けると、突然楽しそうに笑い始めた。


「それはね。君たちがシーラの待ち焦がれていた人たちだからだよ。シーラはいつも君たちの話をしていてね。


 そのせいで、ギルド職員の中で君たちはかなり有名なんだ。特にエイルくんは、初めてここに来た時はAランクのスノーワイバーンの魔石を持ってきたし、当時Aランクのランドルにも勝負で勝っている。みんな君のことが気になっていたのさ」


「あー、そうだったんですね」


 どうやらこの二年の間で俺たちはかなり有名になっていたらしく、その結果があの受付嬢の反応だったようだ。


「気を悪くしないでくれよ。シーラも悪気があってそんなことをしたわけではないのだから」


「別にこんな事で怒ったりはしませんよ」


「そう言ってもらえると助かるよ。それじゃあ、今度はもう少し戦闘の時の話を聞かせてもらえるか?君がどんな敵とどんな戦い方をしたのか、とても気になるのだよ」


「わかりました。ただ、全ての手の内は話せませんが、いいですか?」


「構わんさ。むしろ、馬鹿正直に全て話されたら、君のことを見損なっていたかもしれないね」


「ありがとうございます」


 俺はその後、ヴォイドさんにオリジナル魔法や時空間魔法などの切り札となるものは隠しながら、どんな戦いをしてきたのか説明していく。


 そして一通り話し終えた後、俺たちはもう一度シーラさんに挨拶をし、屋敷へと帰るのであった。






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