第128話 変わらぬ意思

 エリゼたちがルイスとの話で盛り上がっていた頃、ルイスとエドワードは魔法での手合わせをするため訓練場へと来ていた。


「ふむ。もう少しで雪が降りそうだな。早めに終わらせるとしよう」


「ですね。雪は好きですが、寒いのは苦手なのでそうしましょう」


 ルイスとエドワードは向かい合うようにして訓練場の中央に立つと、先ほどまで訓練をしていた騎士たちが楽しそうに2人の様子を眺める。


「お前はどっちが勝つと思う?」


「前回は確かエドワード様だったよな。なら、今回もエドワード様だと思うぞ」


「だが、ルイス様も二年間でかなり逞しくなられた。もしかしたら、今回はルイス様が勝つかもしれないぞ」


 1人の騎士が言ったように、前回の手合わせではルイスがエドワードに負けており、その時は死に戻りをしたばかりだったので魔力量も魔法技術も未熟だったのだ。


(前回は負けたが、今回は負けない。例え父上でも…いや、父上だからこそ全力で行こう)


「ルイス。ルールは前回と同じで使用するのは魔法のみ。武器や武術を使った場合には負けで良いな?」


「はい。構いません」


「はは。そう言ってくれて助かるよ。武術が絡むと私の負けが確定してしまうからな。ゼファル!審判を頼む!」


「了解」


 エドワードがそう声をかけると、騎士たちの中から青い髪に顔にいくつか傷のついた男が1人前へと出てくる。


「騎士団長。よろしく」


「任せてくださいよ坊ちゃん。それより、今日こそあいつに勝ってくださいよ」


「はは、頑張るよ」


「えぇ、楽しみにしています」


 ゼファルはそう言って楽しそうに笑うと、すぐに真剣な表情へと変わりルイスとエドワードへと目を向ける。


「それじゃあ、双方準備はいいか?ルールの確認だが、魔法以外の武器、武術の使用は禁止。勝敗はどちらかが降参、または俺が続行不能と判断した場合に勝敗が決まるものとする。何か質問は?…無いようだな。では、はじめ!」


 ゼファルが開始の合図をすると、ルイスとエドワードはお互いの様子を探るように動かなくなる。


(さて、どうするか。父上には普通の攻撃は通じないだろうし、まずは様子見で攻撃をしてみるか?)


「ふふ。なぁ、ルイス。久しぶりの手合わせはゾクゾクするな。お前もそうだろう?」


 エドワードはそう言ってニヤリと笑うが、その姿は戦闘中のルイスと瓜二つで、彼がルイスとの戦いを楽しんでいることが伝わってくる。


実はエドワードもかなりの戦闘好きで、特に魔法のみの戦闘や実験の際は人が変わったようになってしまう。


「くく。そうですね。俺も楽しくて仕方がありません」


「だろうな。お前は俺の息子だから当然だ。さぁ!ルイス!俺にお前の力を見せてみろ!」


「では、遠慮なくいかせてもらいます!『氷槍アイス・ランス』!」


 ルイスはニヤリと笑うと、まずは氷魔法で氷の槍を10本作り出し、それをエドワードに向けて放つ。


「ふっ。この俺を相手に氷魔法とはな。舐められたものだ。『氷の盾アイス・シールド』」


 しかし、エドワードは向かってくる槍に対して巨大な盾を一つ作り出すと、傷一つ無くルイスの攻撃を防いだ。


(さすがだな。氷魔法の練度では父上の方がまだ上か)


 エドワードの得意属性は氷属性で、氷魔法だけでいえばこの国で最強とも言われており、その実力から皇女の魔法指導も任されていたほどである。


「はは!次はこちらから行くぞ!『白氷虎ホワイト・ティグリス』!」


 次に攻撃を仕掛けたのはエドワードで、彼が魔法名を唱えた瞬間、巨大な虎の顔がルイスに噛み付くように迫っていく。


「『業火焔海フレマリア』」


 ルイスは迫り来る氷の虎に対して津波のような炎を作り出すと、そのまま氷の虎を飲み込み蒸発させた。


 あたりは水蒸気により視界が悪くなるが、ルイスは警戒を怠らず次の手を考える。


 しかし…


「ルイスよ。今のは悪手だったな」


「なっ?!」


 エドワードがそう言った次の瞬間、蒸発して無くなったはずの氷が氷柱のようになってルイスに向けられており、彼は慌てた様子で土の壁を作って身を守る。


「ふはは!さぁ!これを防いでみろ!」


 エドワードは容赦なく氷柱の雨をルイスの土壁に向けて放つと、土壁は容赦なく削られていき、ルイスが追い詰められていく。


(くそ。氷柱が突然現れた原理も気になるが、それよりもまずはこの状況を何とかしないとな)


 ルイスはすぐに反撃をするため魔力を練って立ちあがろうとするが、彼はある違和感に気づいて足元へと目を向ける。


「は?これはどういうことだ…」


 彼が目にしたのは、氷で覆われた地面と氷で固められた自身の足で、力を入れても動かないどころか、逆に力が吸い取られているような感じがした。


「まずい。早く溶かさないと」


 ルイスは珍しく少し慌てた様子で手に作り出した炎で氷を溶かそうとするが、それよりも先に地面から伸びた氷の槍がルイスの首元へと突きつけられた。


「っ…」


「チェックメイトだな、ルイスよ」


 困惑しているルイスに声をかけてきたのは当然エドワードであり、彼はニヤリと笑いながらルイスにどうするのかと目で尋ねてくる。


「…はぁ。降参です。俺の負けですよ」


「勝負あり!勝者、エドワード様!」


 ゼファルが勝者を告げた瞬間、先ほどまで凍りついていた地面が元に戻り、ルイスの足も自由に動かせるようになった。


「ほら。手を取りなさい」


「ありがとうございます」


 ルイスはエドワードに手を貸してもらいながら立ち上がると、2人は訓練場の隅にある椅子へと座った。


「さっきのあれは何だったのですか?」


「はは。気になるか?」


「はい。とても」


 2人は執事が用意した温かい紅茶をゆっくりと飲むと、ルイスは戦闘の最後の技について尋ねた。


「お前が私の技を火魔法で消した時に言っただろう?悪手だと。お前が私の技を消した時点で、勝負はついていたのだ」


「いったいどういうことですか?」


「ふむ。ルイスよ。魔法を打ち消した場合、通常であれば魔法に使用した魔力はどうなる?」


「その場合、空気に霧散して消えていくでしょう。僅かに時間はかかると思いますが、それでも魔力は一瞬のうちに自然魔力へと変換され消えていくかと」


「そうだな。なら、その変換される一瞬の間にもう一度その魔力に干渉することが出来たとしたら?」


「まさか…」


「その通りだ。その一瞬のような短い時間の間、私は自身の魔力が消える前にその魔力へと干渉し、新たな魔法へと作り替えたのさ」


(まじかよ)


 ルイスはエドワードの説明を聞いた瞬間、全く考えた事もない手段と彼の人外のような魔力操作能力に思わず言葉を失った。


 通常、魔法が打ち消されたり消滅した場合、その魔法に込められていた魔力は一瞬のうちに自然魔力へと戻っていく。


 時間で言えば1秒にも満たない時間であり、そんな一瞬のような時間で消えてしまう自身の魔力に干渉するなど、誰も考えたことがなかった。


 しかし、エドワードは並外れた魔力操作能力によってその一瞬で消える自身の魔力へと再度干渉し、その魔力を使って新たな魔法を使用したのである。


「なら、地面が凍ったのはどういうことですか?俺は父上の魔力の動きも警戒しておりましたが、父上の魔力が動いた様子はありませんでした」


「あれも原理は同じだよ。先ほども言ったように、私は魔力が消える前にその魔力へと干渉した。その時、2割ほどの魔力で氷柱を作り出し、残りの8割を地面へとばら撒いた。

 

 そして、ルイスが氷柱を防いでいる間に待機させていた魔力へともう一度干渉し、地面を一気に凍らせたのさ。だから私の魔力は最初の一発分以外減っていないので、魔力を警戒していても変化がないと言うわけだ」


「…もう、言葉がでません」


 自分の知らない戦い方と技の数々に驚いたルイスは、もはやそれ以上の言葉を口にすることができない。


「はは。ルイスもすぐにできるようになるだろう」


「頑張ります」


 それからしばらくの間、ルイスはエドワードと魔法や戦い方について話しながらなゆっくりしていると、紅茶を飲み終えたエドワードが空を眺めながらルイスへと話しかけた。


「なぁ、ルイス。お前は本当に素晴らしいよ。魔法だけでなく武術も一流で、勉学や貴族としての知識も教えることが無いほどだ。だかな、ルイス。私はお前が心配なんだ。お前が目指しているところは、本当に正しいのか?何か理由があるのなら、私に教えてもらえないだろうか」


 エドワードはずっと気になっていたことをルイスと話し合うことに決めると、彼に目を向けてそんな事を尋ねる。


「父上。すみませんが、俺は何も答えるつもりはありませんし、目的を変えるつもりもありません」


「ルイス。どうしてそこまで…」


「そうですね。では、逆にお聞きします。父上にとって一番大切なものは何ですか?」


「それはもちろん、お前とエリゼだ」


「ふふ。ありがとうございます。では、仮に俺が生まれる前、さらに父上と母上が出会って恋に落ちるよりも前に時間が巻き戻ったとします。父上には他の人と恋愛をして結婚するという選択肢もあるでしょう。父上はどうされますか?」


「もちろん今と同じ選択をするさ。私が愛しているのはエリゼであり、私が大切に思う子供はお前だけだからな」


「何度でもですか?」


「何度でもだ」


「嬉しいです。俺も、それと同じ気持ちなんです。数え切れないほどそうなる未来を願い、それだけを目標に生きてきた。もう俺は後戻りはできないです。この願いに向かって生きていくことだけが、俺の生きている意味なんです」


「ルイス…」


 エドワードはルイスの揺るぎない意思にそれ以上の言葉が出てこず、しばらくルイスと目を合わせた後、溜め息を吐いて空を見る。


「お前の意思が固いことは分かった。もうこれ以上は止めようとはしないよ。だが、その願いに手が届いた時、一度立ち止まって後ろを振り返ってみるといい。


 その時、お前の後ろには誰がいて何があるのか、よく考えるのだ。人は1人では生きていけない。多くの者たちがお前の後ろにいるはずだからな。私からのアドバイスはこれだけだ」


「人が1人で生きていけないのは俺も十分に理解しています。1人で生きようとする人はいても、結局1人で生きられる人なんていない。必ず人はどこかで誰かの手を借りて生きていますからね。父上からのアドバイス、心に留めておこうと思います。ですが、それでもやっぱり俺の願いは変わらないでしょう。こんな親不孝な息子ですみません」


「いいや。親不孝などとは思わないさ。それがお前の選択なら、私はもう何も言わないよ。私はお前のことも愛しているからな」


「ありがとうございます。父上と母上は俺にとっての理想であり、2人の子供になれたことが俺の誇りでもあります。本当に…ありがとうございます」


 その後2人の間に会話はなく、空から白い雪が降り始めたので屋敷へと入ると、ルイスは自室へと戻り旅の疲れを取るのであった。






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