第127話 母の思い

〜sideエリゼ〜


「ふぅ。行ったわね」


「ん。行きました」


 ルイスたちが部屋を出て行ったあと、エリゼは一つ息を吐いてそう言うと、フィエラも耳を動かしながら同意した。


「ありがとう、フィエラちゃん。これで心置きなく話せるわ」


 部屋には現在、エリゼやフィエラたちの他にミリアと数名のメイドしかおらず、これから話す内容としては理想的な状況と言えた。


「それにしても、フィエラちゃんはまた随分と綺麗になったわね」


「ありがとうございます」


「シュヴィーナちゃんもすごく可愛いし、自分の息子ながら今後が心配だわ」


 エリゼはそう言ってわざとらしく頬に手を当ててため息を吐くが、彼女はフィエラたちよりも大人の美しさがあり、どうしてもその仕草が似合ってしまう。


「エルはかっこいいので仕方ないです」


「はい!すごくかっこいいです!」


「ふふ。そうね。親の贔屓目なしに見ても、私もこの国で二番目にかっこいいと思っているわ」


 側から見れば何とも馬鹿みたいな会話をしているように見えるが、彼女たちは至って真剣であり、またルイスの容姿もこの二年で背が伸びて筋肉質になったため、確かに魅力が増したと言える。


「二番目ですか?」


「えぇ。一番はもちろんエドワードよ。私にとってはあの人が一番かっこいいわ」


「なるほど」


 最後はエリゼが惚気て一旦この話が終わると、3人は紅茶やクッキーを口に含んで一休みする。


 それからしばらくの間、エドワードやルイスのどこがかっこいいかなどを話し合うが、先ほどまで楽しそうに話していたエリゼが急に悲しそうな表情へと変わると、ゆっくりとカップをテーブルへと置いた。


「まるで娘と話しているようで本当に楽しいわ。でも、フィエラちゃんたちも気づいているんでしょう?ルイスが恋愛に興味がないことを。それどころか、自分の命すら何とも思っていないことを」


「…はい」


 フィエラはどう答えるべきか少し迷ったが、シュヴィーナと本当のことを話そうと頷きあうと、エリゼの目を見て答える。


「私もね、何となくわかっているの。私もあの子の親だもの。雰囲気が変わったことや、生きることに興味がないことくらい目を見ればわかるわ。あの子は優しいから私たちのことを気遣ってくれているようだけど、命が危なかったことだって、きっとたくさんあったのでしょう?」


「……」


 フィエラは一瞬、本当のことを話そうかとも思ったが、それはルイスの意思に反する行為であり、何より彼女もエリゼには辛い思いをさせたくなくて黙ってしまう。


「ふふ。沈黙は肯定と受け取るわね。でも安心して。無理に聞き出そうとはしないから」


「ごめんなさい」


「いいえ。謝らなくていいわ。私やあの子のことを思っての選択なのでしょう?なら気にすることはないわ」


 エリゼは落ち込んでしまったフィエラの頭を撫でると、隣で話を聞いていたシュヴィーナの頭も優しく撫でた。


「でも、私としてはやっぱりあの子には長く生きて欲しいのよ。親より先に死ぬなんてそんな悲しいことは嫌だし、何より私は幸せそうに笑うあの子とその家族に見とられて死にたいの。だから、フィエラちゃんたちみたいにあの子に好意を持ってそばに居ようとしてくれる子たちがいてくれて本当に嬉しく思うわ」


 そう言って微笑んだエリゼの顔には母親としての愛情が込められており、2人はルイスが本当に愛されて育てられてきたのだと知ることができた。


「ねぇ。2人は気にならない?どうして上級貴族の私たちにはルイスしか子供がいないのか」


 それは2人がこの屋敷に来てから気になっていたことで、普通の上級貴族であれば子供が何人かいるのが当たり前だし、妻が複数人いる場合もある。


 それは後継ぎの選択肢を増やしたり、万が一後継ぎに何かあった時のための保険という意味もある。


 しかし、ヴァレンタイン公爵家は子供がルイスだけであり、エリゼが何かしらの理由で1人しか産めないのであれば、エドワードは妻をもう1人娶るのが家のためには正しい選択だと言えた。


「私ね。もう子供が産めない体なのよ」


「え…」


 フィエラとシュヴィーナはエリゼから聞かされた事実に困惑してしまい、どう返したら良いのか分からなくなり言葉を詰まらせた。


 まだ子供を産むという感覚は分からない2人だが、それでも子供を産めなくなるというのは辛いことで、これまでの話の中でエリゼがフィエラたちを可愛がっていたことから、彼女が子供好きだということはフィエラたちにも伝わっていた。


「ふふ。そんな深刻そうな顔をしないで。ただね、ルイスを産む時に難産だったの。それで、母体である私にも負担は大きかったし、ルイスも危うく命を落としかけた。

 でも奇跡的にルイスは助かったし、私も命に関わることは無かったわ。ただ、そのせいで子供を産めない体になってしまったけれどね」


「そんな、エルが…」


「死にそうになったなんて」


 フィエラはルイスが死んでいた時のことを考えただけで胸が苦しくなり、シュヴィーナはエリゼとルイスの話を聞いて泣きそうになるのを必死に堪えた。


「もう昔のことだから気にしないでね。それに、私ももう何とも思っていないから。ただ、当時は私もかなり傷ついたわ。貴族の妻は後継ぎを産むことが何よりも重要とされているし、私が子供を産めなくなった以上、あの人が他の人を妻として娶る可能性だってあった。


 でも、私はそれが嫌だったの。あの人を誰かと分け合いたくなんてなかったし、何より知らない誰かと一緒に暮らすなんて嫌だったわ」


「その気持ち、わかります」


「私もです。知らない誰かと一緒になんて、正直言って嫌です」


「ふふ。ありがとう。でもね?そんな時にあの人が言ってくれたの。私以外の誰かと結婚する気はない。私だけを愛しているって。私それが本当に嬉しくて、思わず抱きついて泣いてしまったわ」


「素敵です」


 エリゼは頬を赤くしながら懐かしむようにそう言うと、フィエラとシュヴィーナは少しだけ羨ましそうに彼女を見つめた。


「まぁそんなわけで、今は何とも思ってはいないのだけれど、やっぱり私は子供が好きなのね。こうしてフィエラちゃんやシュヴィーナちゃんを前にすると、どうしても可愛がってあげたくなるわ」


「ん。それは嬉しいです」


「はい!ルイスのお母様に可愛がってもらえるなら幸せです!」


「ふふ。ありがとう。でも、ごめんなさいね。私は母親として、1人だけを特別に可愛がることはできないの。2人も知っていると思うけど、あの子には婚約者がいるわ。アイリスちゃんっていう可愛い子がね。私はみんなに公平でありたいと思っているから、これからも自分たちで頑張るのよ」


「はい。頑張ります」


「絶対に彼を振り向かせてみせます!」


「頑張ってね。私はあなたたちの選択を尊重するし、その選択でルイスのもとを離れても何も言わないわ。後悔のないよう楽しみながらアピールするのよ。恋はアピールをしてこそだし、何よりあの子を手に入れたいのなら一歩でも引いてはダメよ。その瞬間、あの子はあなたたちから興味を無くすと思うから。ミリアも、本当にあの子が好きなのなら、身分とか気にせず頑張るのよ」


「私は離れる気がないので安心してください」


「私もです!絶対にルイスのもとから離れませんから!」


「お気遣いいただきありがとうございます。私も私なりに頑張らせてもらいます」


「ふふ、若いって良いわね。願わくば、あなたたちみんなが幸せになれる未来を祈っているわ。さてと。湿っぽい話はここまでにして、2人から見たルイスのお話を聞かせてちょうだい」


「ありがとうございます。たくさんお話しします」


 その後、フィエラとシュヴィーナがエリゼにルイスとの話をしたり、エリザが小さい頃のルイスの話をするが、一番盛り上がったのはフィエラとルイスがデートをした時の話で、エリゼは楽しそうに微笑み、シュヴィーナは悔しそうにする。


 その姿は本当の母娘のようで、部屋にいたメイドたちは微笑ましい気持ちで彼女たちを見守るのであった。






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