第126話 語らい
扉を潜って部屋の中へと入ると、そこには二年前と変わらない両親の姿があり、俺はようやく家に帰ってきたのだと落ち着く事ができた。
「ただいま戻りました。父上、母上」
「おかえり、ルイス」
「おかえりなさい、ルイス」
母上はそう言って俺の方へと近づいてくると、存在を確かめるように抱きしめてくる。
「大丈夫ですよ。俺はちゃんと生きてますし、怪我もありません。それに、言われた通りいつも手紙を送っていたでしょう?」
「わかっているわ。でも、実際にあなたの無事をこの目で見るのと見ないのとでは、やっぱり気持ちが違うのよ」
母上は肩を震わせながら抱きしめる腕の力を強めてきたので、俺は彼女を安心させるため背中を撫で続けた。
「ありがとう、ルイス。それにしても、すっかり私より大きくなってしまったわね。ここを出る前は私より少し大きいくらいだったのに」
「まぁ、二年経ちましたからね。さすがに背も伸びますよ」
「ふふ。そうね。もう二年も経ったのね」
「エリゼ。ルイスに会えて嬉しいのはわかるが、まずは座らせてあげよう。他の皆さんも待っていることだし」
父上はフィエラたちのことを見ながら母上に声をかけると、母上もようやく2人に気づいて顔を少し赤らめる。
「私ったら、恥ずかしいところを見せてしまったわね。ルイス、それにフィエラさんたちも、そちらに座りなさい」
母上に言われて2人の向かい側にある椅子に座った俺たちは、ミリアが入れてくれた紅茶を飲みながら一息つく。
「それでルイス。いろいろと聞きたいことはあるのだが、まずはそちらのお嬢さんについて教えてもらえるか?」
「そうね。それは私も気になったわ。行く時は2人だったはずなのに、どうして帰ってきたら3人になっているのかしら」
2人はどうやらシュヴィーナの事が気になるようで、2人に視線を向けられた彼女は僅かに肩を弾ませると緊張した表情へと変わる。
「はじめまして!私はエ、ルイスさんのパーティーに入れてもらったシュヴィーナです!エルフです!」
シュヴィーナは緊張しているせいかいつもの落ち着いた雰囲気はなく、大きい声で名前を名乗ると、長い耳を真っ赤に染めた。
「ふふ。シュヴィーナちゃんね。私はルイスの母親のエリゼです。よろしくお願いしますね」
「私は父親のエドワードだ。よろしく頼むよ。それでルイス。彼女とのことについて詳細を頼む」
「シュヴィーナと出会ったのは、俺たちが湾岸都市ミネルバに向かっている時でした。そこで空腹により道に行き倒れていた彼女を拾わせられたのです」
「空腹…」
「倒れてた…」
俺がシュヴィーナと出会った時のことを説明すると、2人はやはり彼女が倒れていた理由について気になったようで、シュヴィーナ本人もあまりの説明に顔まで真っ赤になってしまう。
「それで、最終目的としてエルフの国に行く予定があったので、そこまでは彼女も連れて行こうと思い、同行する流れになったのです」
「なるほど。確かにエルフの国に入るには同じエルフ族と一緒に入るか、エルフ族に認められる必要があるからな」
「でも、それならどうして帝国まで一緒に来たのかしら?」
「それは彼女もシュゼット帝国学園に通うことになったので、それまではここで生活してもらうことになったのです」
「なるほどねぇ。でも、私が見る限りそれだけじゃないようだけどね」
母上はそう言ってシュヴィーナのことを流し目で見ると、彼女は図星だと言わんばかりに勢いよく顔を逸らした。
「まぁ、その話はあとで女の子同士でしましょう。それより、ルイスの旅の話を聞かせてちょうだい。手紙では魔法学園の退学までしか書かれていなかったし、実際にあなたの口から聞きたいわ」
「わかりました」
その後、俺は改めてヴァレンタイン公爵領を出てからの旅の話をするが、森の王ビルドやヒュドラと戦って死にかけた時のことは心配させないためにも話さず、無難なことだけを説明して行くのであった。
「ふむ。手紙である程度のことは知っていたが、随分とすごい体験をしてきたものだな」
「本当ね。あなたの年齢で、ここまでの経験をしてきた子は他にはいないでしょうね」
俺が神樹国までの旅の話を終えると、2人は感心しつつも困ったような表情で苦笑いをしていた。
「自分でもそう思います。一つの国や街をとって考えても、どこも特色の違った文化に街並みばかりで本当に楽しかったです。
それに、たまに変なやつらもいましたが、それよりも良い人たちに巡り会えたのが大きかったですね。今回の旅は、本当に素晴らしいものでした」
これは俺の偽りのない本心であり、湾岸都市や魔法学園で絡んできた名前も忘れたどうでも良いやつらもいたが、それよりもリックたちやヴィオラたち、それにアドニーアの領主にセシルたちといった良い出会いの方が多かった。
それに、もう一度戦うのが楽しみなやつらもいたので、今回は本当に良縁に恵まれたと言えるだろう。
「そうか。しかし、そうなると少し困ったことになるな」
「と、言うと?」
「いや、お前がシュゼット帝国学園に行って、果たして学ぶことがあるのだろうか…とな」
「そうね。魔法については正直言って魔導国の魔法学園の方が上だし、そもそもあなたの魔法の実力を考えれば学ぶことは無いと思うわ。それに、武術は授業で習うよりも価値のある実践を経験してきている」
「あとは貴族のマナーや政治学、その他にも貴族として必要となるものはいくつもあるが、お前はそれらも完璧にできているから必要ないだろう?」
「なるほど」
父上たちの言っていることは尤もで、何度も死に戻りをして学園に通っている俺には正直言ってあそこで学ぶことは無い。
マナーや勉強、さらには学園にある本だって全て読んで覚えているし、授業中に先生が言うつまらない冗談だって覚えているくらいだ。
俺自身も行かなくて良いのなら行きたくは無いが、行かなかった場合にどうなるのかは身をもって分かっているし、何より今回は学園で会いたい人がいる。
「父上たちの考えていることはご尤もです。今の俺があそこに行っても、学べることはほとんどないでしょう。ですが、今回の旅のように学園での出会いもまた何かの縁です。そういった縁を求めて行くのもまた、学園の楽しみ方の一つではと考えています」
「ふむ。人の縁…か。確かに我々貴族というものは横のつながりも時としては大切になる。…わかった。お前がそういうのなら、予定通り学園に通うといい」
「ありがとうございます」
俺はそう言うと、久しぶりにあいつに会えることが嬉しくて思わず笑ってしまう。
(勝ち逃げはさせねぇ。次は絶対に俺が勝ってやる)
「エル。楽しそう」
「本当ね。こんなに楽しそうなのはヒュドラの時以来かしら」
横でフィエラとシュヴィーナが小声で何かを話していたが、今はそれよりもあいつの方が重要なので2人のことは無視をした。
「それじゃあ、次はフィエラちゃんとシュヴィーナちゃんのお話を聞かせてちょうだい。2人から見たルイスの話や、2人しか知らないような話を聞かせてくれると嬉しいわ」
母上はそう言って先ほどよりも楽しそうに微笑むと、フィエラとシュヴィーナの隣に座り直して3人で話を始める。
「あっちは長くなりそうだな。私たちも移動しようか」
「ですね。俺としても自分の話を横で聞く趣味はないので、その意見には賛成です」
「はは。そうだな。なら、久しぶりに私と手合わせをするのはどうだ?お前の魔法を私に見せてくれ」
「それはいいですね。是非ともお願いします」
俺と父上は部屋を出て訓練場へと向かうと、父上と久しぶりに魔法勝負をすることになった。
その間、フィエラとシュヴィーナは母上と何かを話したようだが、俺には興味のない話なので内容を聞くことは無かった。
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