学園編
第125話 ただいま
神樹国オティーニアを出た俺たちは、1ヶ月かけてようやくルーゼリア帝国にあるヴァレンタイン公爵領へと帰ってきた。
「うわぁ。すごく綺麗なところね。それにとても寒い…」
現在のヴァレンタイン公爵領の季節は年が明ける少し前の冬で、1ヶ月後にはシュゼット帝国学園の入学試験が控えている。
「ほら。これでも着ておけ」
俺はそう言ってストレージからホワイトフォックスの毛皮で作られた白いコートをシュヴィーナに渡すと、彼女はそれを大事そうに受け取り袖に腕を通した。
「ありがとう。すごく温かいわ」
「そうか」
俺もストレージからコートを取り出してそれを着ると、屋敷に向けて歩き出そうとするが、その前にフィエラに裾を引かれて止められる。
「どうした?」
「私には?」
「いや、お前は前に寒くないって言ってたろ」
「寒い。とても寒い。今にも凍え死にそう」
フィエラはそう言ってわざとらしく腕を摩って寒がる様子を見せると、俺から視線を外すことなくじっと見つめてくる。
「はぁ。ほら」
俺はシルバーウルフの毛皮で作られたコートをフィエラに渡すが、彼女は喜んでいいのか複雑そうな表情でそれを受け取る。
「私に狼の毛皮のコート」
「エイル。さすがにそれは私もどうかと思うわ」
どうやら銀狼族のフィエラにシルバーウルフの毛皮で作られたコートを渡したことに不満があるようで、シュヴィーナも一緒になって呆れたように俺のことを見てきた。
「今はそれしかないんだ。それに、凍え死にそうならそれくらい厚い方がいいだろ?嫌なら今度別なの買ってやるから今はそれで我慢しろ」
「ほんと?一緒に選んでくれる?」
「予定があればな」
「ん。わかった」
ようやく機嫌を直したフィエラもコートを着ると、俺たちはようやく屋敷に向けて歩き出すのであった。
「凄いわね。これが雪…初めて見るわ」
シュヴィーナは初めて見る雪が珍しいのか、横に積まれた雪の山に触れたり雪で球を作ったりしなが楽しそうに遊び出す。
「神樹国では雪は降らないのか?」
「えぇ。神樹国は世界樹の加護があるから、気温や季節は常に一定なの。だからいつも春のように暖かくて、雨が降ることはあっても雪が降ることはなかったわ」
「ふーん。そうなのか」
確かに言われて思い返してみれば、神樹国にいた時は毎日過ごしやすい気候で、昼寝をする機会も多かった。
「そろそろいくぞ。遊ぶならあそこで遊びたそうにしているフィエラとあとで遊べ」
雪の山を前に尻尾を揺らしているフィエラを見ながらそう言うと、彼女にも声をかけてようやく俺たちは屋敷へと辿り着いた。
「大きいわね」
「まぁ、一応は公爵家だしな。人間は身分にあった家を持たないと周りに舐められるから面倒なんだよ」
「そうなのね」
「さぁ、いくぞ」
俺はそう言って門の前にいる騎士に声をかけて門を潜ると、そこには何故かミリアが立っており、こちらを見てから頭を下げてくる。
「お帰りなさいませ、ルイス様」
「あぁ、ただいま」
「奥様と旦那様は中にいらっしゃいます」
「そうか。それよりミリア」
「はい」
「何で俺が今日帰ってくることを知ってたんだ?」
そう。俺がまず気になったのは、何故彼女が俺の帰ってくる日を知っていたのかで、確かに俺が近々帰ることは手紙で前もって両親に知らせていたが、明確な日時については書いていなかった。
なので、俺が帰ってきたこのタイミングで彼女が出迎えたことが本当に不思議で、思わずそのことを尋ねる。
「私はルイス様の専属メイドですから」
「いや、理由になってないぞ」
「それより、奥様と旦那様がルイス様のお帰りをお待ちです」
ミリアは明らかに話を誤魔化すと、俺のことを屋敷の中へと入らせようとするが、その前に後ろにいるフィエラとシュヴィーナの方に視線を向けた。
「お久しぶりでございます。フィエラさん」
「ん。久しぶり」
「二年の間にまた一段とお綺麗になられましたね。それと、もう1人の女性はどちら様ですか?」
「は、初めまして。エイルとパーティーを組んでいるシュヴィーナです」
「エイルとは、ルイス様の冒険者名でしたね。なるほど。それで、こちらにはどのような御用でいらっしゃったのですか」
ミリアは目を細めながらシュヴィーナに尋ねるが、その雰囲気はまるで弟についてきた知らない女を見定めるようで、謎の圧力が込められていた。
「えっと、私もエイルやフィエラと一緒にシュゼット帝国学園に通おうと思いまして。試験まではこちらでお世話になれればと思ったんですが」
「なるほど」
「シュヴィーナを屋敷に泊まらせることにしたのは俺の判断だ。つまり彼女は俺の客ということになる。一応は丁重に扱うように」
「かしこまりました。では旦那様たちのもとへご案内いたします」
ミリアはそう言って俺たちを両親のいる場所へ案内してくれるが、前を歩く彼女を見て一つ気になることがあった。
「ミリア。お前もしかして誰かに戦闘でも学んでいるのか?」
これはミリアの歩き方を見てわかったことだが、二年前と歩き方や姿勢が変わっており、足音を立てない歩き方は特殊な訓練を受けた者によく似ていた。
「さすがですね。私は現在、公爵家が有する諜報部の方で訓練を受けさせてもらっております」
諜報部とは、我が公爵家が独自にもっている機関で、帝国内の全ての情報を集めるために作られた組織である。
また、戦闘技術も非常に高く、仮にスパイ行為がバレて命を狙われた時、そこであっさりと死んでしまえば集めた情報が無駄になるため、生き残るために非常に過酷な訓練を行なっている。
潜入先は他の貴族家にメイドや執事として潜入していたり、街や村の酒場で働いていたりと様々で、それは皇城も例外ではない。
通常であれば、国の防波堤である辺境伯家以外の貴族家が独自の軍事力などを待つことは皇家に叛逆の意思があると見られるところだが、我が公爵家とホルスティン公爵家だけはそれが許されている。
理由はこの国の成り立ちに関わるのだが、今はそれよりも、ミリアがその諜報部で訓練を受けているということの方が重要であった。
「ふーん。あそこでか。しかし、理由がわからないな。なんでメイドのお前がそんなことを?」
「二年前。ルイス様が私を置いて旅立たれた時おっしゃっていたではありませんか。移動について来れず邪魔だから。そして足手まといだから連れて行かないと。つまり、逆を返せばそれらを満たせば次は連れて行ってもらえる可能性があるということ。だから私は必死に諜報部のみなさんに習いながら自身を鍛えたのです。次こそはルイス様について行くため、そして足手まといにならないため。ご理解いただけましたか?」
ミリアはここまで休む間もなく言い切ると、胸の前で手を合わせながらニッコリと笑う。
その雰囲気はまるで何かに依存しているようで、そしてそうなる未来を確信しているようで、俺の背中をぞわりとさせた。
(これ、なんかやばくね?確かに魔力量も魔力制御も前より段違いに上がっているし、ここまでの動きを見ただけでミリアの戦闘技術が上がっているのも分かる)
確かに彼女の同行を拒否する時にあんな風に言ったが、まさかその否定句を克服して遠回しに次は連れて行けと言われるとは思っておらず、俺は頬を引き攣らせることしかできなかった。
「とりあえず、早く案内して」
俺がミリアに引いているのを察したフィエラが彼女にそう言うと、彼女は一度謝罪をしてからまた父上たちのところへと案内してくれる。
「エル。あれはやばい。いろいろと拗らせてる」
「わかってる。だが、俺にもどうしてあんな風になったのか分からない以上、どうすることもできなくないか?」
原因が分かっていれば対処のしようもあったが、今回ばかりは本当に理由が分からず、またミリアの拗らせ具合が手遅れなところまで行っているようで、もはや手のつけようが無かった。
「到着いたしました。旦那様と奥様は中にいらっしゃいます」
いろいろと考えているうちにどうやら父上たちがいる部屋へと辿り着いたようで、俺たちはミリアに扉を開けてもらいながら中へと入る。
「ただいま戻りました」
俺は久しぶりに両親に会えることに少しだけ喜びながら、今はミリアのことを忘れて中へと入るのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
新章が始まりました!
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