第131話 帝都

 ヴァレンタイン公爵領を出てから一週間と少しが経ち、ようやく馬車の窓から帝都を守る城壁が見えてきた。


「もうすぐか」


 俺は何度も見てきた城壁をぼんやりと眺めながら、これからのことを改めて考えていく。


(試験自体は問題ないし、フィエラたちも忘れてなければ合格できるはずだ。だが、その後はどうしようかな。あいつは同じクラスだったからすぐに見つけられるだろうし、勇者の方はとりあえず放置でいいか。帝都で起きる事件やイベントも規則性なく起きるから予測は出来ないし、しばらくはまったり過ごすかな)


「わぁ!すごい人の数ね!」


「ん。人が多すぎて逸れそう。エル、手を繋ごう」


「いや、馬車の中だから逸れることはないわよ?1人だけ変な理由で抜け駆けしようとしないで」


 俺が学園入学後のことを考えていると、どうやら馬車は門を潜って帝都内へと入ったらしく、帝都の賑わいを見たフィエラとシュヴィーナがよく分からないやり取りをしていた。


「はぁ。くだらないやり取りはその辺にして、そろそろ屋敷に着くぞ」


 俺がそう言って少しすると、馬車が止まりて御者が扉を開けてくれる。


「すごく綺麗なお屋敷ね」


「ん。こっちのお屋敷も白くて雪みたい」


 フィエラとシュヴィーナが帝都にある公爵邸を見てそれぞれ感想を言うと、その美しさに見惚れるように眺め続ける。


「雪みたいってのはあながち間違いじゃない。公爵領は雪が多く降る地域であり、歴史を遡ってみても白は代々ヴァレンタイン公爵家を象徴する色なんだ」


「そうなんだ」


「確かに、前に雪の降るなか見た公爵領のお屋敷は幻想的で綺麗だったわね」


 ちなみにだが、皇家を象徴する色は全てを包み込む海のような青であり、もう一つの公爵家であるホルスティン公爵家は全てを燃やす紅蓮の炎のような赤である。


「さぁ、中に入ろう。ここは公爵領よりも暖かいとはいえ、まだ季節は冬だからな。体を冷やしてはいかん」


「そうね。試験前に風邪を引いたらこれまでの努力も意味がないわ。早く入りましょう」


 父上たちがそう言うと、フィエラたちも2人の後へと続き屋敷内へと入っていく。


 俺も彼女たちについて行こうとした時、屋敷に入るべきか迷っている様子のシーラに気がつき、俺は彼女のもとへと近づき話しかけた。


「シーラさんもいきましょう」


「よ、よろしいんでしょうか。私はこのまま他の宿を探しに行った方が…」


「大丈夫ですよ。それに、これから宿を探すのは大変だと思うので、よければ屋敷に泊まっていってください。なんなら、帝都にいる間はこの屋敷で暮らしてもらっても構いません」


「そんな!さすがにそこまでご迷惑はかけられません!」


「気にしないでください。俺たちのためにここまで来てくれた訳ですし、帝都は公爵領よりも物価が高いので、宿を借りるにしろ家を借りるにしろお金はかなりかかると思います」


「そ、そうなんですね。ですがやっぱり…」


「ルイス、その辺にしておきなさい。人に無理強いをしてはダメよ」


「母上」


 声をかけてきたのは母上で、どうやら俺たちが屋敷に入ってこないことに気がつき、様子を見にきてくれたようだ。


「ルイス。あなたの行動がシーラさんを気遣っての行動だということはわかっているけれど、人に無理強いするのは良くないわよ。それに、あなたたちが学園に入学したら彼女は1人でここに暮らすことになる。それでは落ち着けるはずかないでしょう?」


「なるほど、確かにそうですね。シーラさん、すみませんでした。俺の考えが足りていませんでした」


 俺はそう言うと、シーラの方へと顔を向け、謝罪する意味も込めて軽く頭を下げる。


「い、いえ!ルイス様が私を気にかけてくれたということは分かっています。本当にありがとうございます」


「ふふ。ただシーラさん。ルイスの言う通り今から宿を探すのは大変だと思うので、今日はとりあえず屋敷に泊まってください」


「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」


「さぁ、ルイスも行くわよ」


「はい」


 その後、俺とシーラは母上と一緒に屋敷へと入ると、各々用意された部屋へと向かい、旅の疲れを取るためゆっくりと休むのであった。





 帝都にある公爵邸に来てから4日が経ち、明日はいよいよシュゼット帝国学園の入学試験を受ける日となる。


 その前日となる今日、俺とフィエラとシュヴィーナの3人は、帝都の観光をするため街の中を歩いていた。


「シーラさんも来られたら良かったのに、残念ね」


「仕方ない。私たちのために仕事に行ってくれたんだから」


 シュヴィーナとフィエラが言うように、シーラは屋敷で2日ほど休んだ後、母上の紹介で家を借り、そのままギルドの方へと仕事に行ってしまった。


「彼女も新しい環境で覚えることはたくさんあるんだろう。俺らのためにって張り切っていたし、観光ならまたお前らが誘ってやればいい」


「それもそうね。一生会えないわけじゃないし、また今度遊べばいいわね」


「ん。そうしよう」


 2人はシーラと何をして遊ぶか相談しながら街を見て回り、今度はここに来ようと楽しそうに話をしていた。


「それにしても、初めて来た時も思ったけどやっぱり人が多いわね」


「ん。すごく賑わってる。それに子供も多い」


「それは学園の試験があるからだな。前の授業でも説明したが、シュゼット帝国学園は他国でも有名な名門校だ。だから、他の国からも学園に入学することを目指してくる人たちが多いのさ」


「なるほどね」


 帝都はいつも賑わっているが、前世を思い返してみても、やはり試験の時期はさらに人が増えている。


 そのため、商人たちもこの時期は他国の人たちに商品を売るため躍起になっており、帝都自体の賑わいも増しているのだ。


「なぁ。あそこのケーキ屋に行ってみないか。あそこかなり有名らしいんだ。休憩したいしちょうどいいだろ?」


「わかった」


 街にある露店や服屋などを見て回った俺たちは一度度休憩をするため、帝都で最も有名なケーキ屋へと入り、店員に案内されて席へと座る。


「ご注文はお決まりでしょうか」


「俺はイチゴのケーキで」


「私はチーズケーキ」


「私は木の実を使ったケーキと葡萄のケーキでお願いします」


「かしこまりました」


 店員は注文を聞き終えるとケーキを用意しに奥の方へと向かっていき、しばらくして注文したものを持って戻ってくる。


「それじゃあ食べるか」


「そうね」


「ん」


 俺たちは注文したケーキの甘さを楽しみながらゆっくりと過ごしていると、突然扉が乱暴に開けられ、そこから護衛のような男を数人連れた1人の青年が偉そうな態度で入ってくる。


「なんだ。一番有名なケーキ屋と聞いて来てみたが、たいした店じゃないな」


「お坊ちゃま。そのような言い方は」


「うるさい!僕に指図するな!」


 どうやらあの青年はどこかの家の貴族のようで、近くにいた執事のような男はどうしたら良いものかと困り果てているようだった。


「あん?」


 すると、青年は少し様子を見ていた俺たちに気がついたようで、ニヤリと笑うとゆっくりとこちらに近づいてくる。


(はぁ。また面倒ごとかよ)


 俺はその瞬間、飽きるほど経験したこの後の展開を想像し、早く屋敷に帰ってだらけたい気持ちでいっぱいになる。


「エル。こっちにくる」


「そうね。あの様子だと、私たちに用があるみたいよ」


「無視しろ。俺たちはここにケーキを食べに来ただけだ」


 俺はそう言ってイチゴのケーキを口に入れながら近づいてくる青年を無視していると、そいつは予想通り俺たちのテーブルの近くで足を止めた。


「おいおい。ここは人間もどきも客として入れるのか?低レベルにもほどがありすぎるな。おい。今すぐこの店から出ていけよ。ここは人間様が来るところだ。人間もどきのお前らが来ていい場所じゃない!」


 青年はそう言って醜悪な笑みを浮かべると、フィエラとシュヴィーナのことを見ながら嗜虐的に舌舐めずりをした。


「エル。このケーキ美味しいから食べてみて」


「ん…確かにうまいな」


「あ!ずるいわ!私のも美味しいから食べてみて!」


 しかし、そんな目を向けられている当の彼女たちは全く気にも溜めておらず、俺に自身のフォークを使ってケーキを食べさせてくる。


「こっ…この!!僕を無視するな!!」


 青年は俺たちに無視されたことが気に障ったのか、目の前にあるテーブルを掴むと、それを俺たちに対してひっくり返す。


「チッ」


 俺は迫り来るテーブルに対して重力魔法を使用すると、テーブルは空中で止まり、その後横へとゆっくり降ろした。


「お前、何様のつもりだ?」


「あん?僕は貴族だぞ!無視したお前らが悪いだろ!人間もどき程度が僕を無視しやがって!」


「はぁ。くだらね。お前、アンフィセン王国の人間だろ」


「そうだ!僕はアンフィセン王国シュナイヘル侯爵家の次期侯爵だ!分かったらさっさと謝罪しろ!」


 アンフィセン王国はアドニーアにある大きな森林地帯を抜けた先にある王国で、我がルーゼリア帝国とはあまり仲が良くない。


 しかし、学園のレベルではやはりシュゼット帝国学園の方が上なので、仲が悪くても試験を受けに来る人は多いのだ。


 そして、この王国の一番の特徴は人族至上主義であり、魔族だけでなく獣人やエルフといった亜人種も全て家畜以下として考えている。


「俺はここルーゼリア帝国のヴァレンタイン公爵家の次期公爵だ。そして、彼女たちは俺の仲間でもある」


「え…」


 青年は俺の身分を聞いた瞬間、先ほどまで赤かった顔が一気に真っ青になり、僅かに手が震え始める。


「それで?どうしてこの俺が王国程度の格下貴族に謝らなければならないのだ?」


「そ、それは…」


「お前は彼女たちを人間もどきと言ったが、この国では亜人族もみな平等に扱われる。そして、ここはお前の国じゃない。ここにいる以上、お前はこの国の法律およびルールに従わなければならない。わかるよな?」


「は、はい」


「なら、謝罪するべきなのはどちらだ?」


「くっ。も、申し訳ございませんでした…」


 青年が悔しそうに唇を噛みながら頭を下げたので、俺はその態度が気に食わず殺気を出して脅しをかける。


「次にこの国で同じことをした場合、貴様らの首を全て切り落とす。また、俺らに対してではなくとも、他の亜人種および人族に同じ態度とっていた場合にも同様に切り落とす」


 俺はそう言うと、指を鳴らして彼らに魔法をかけ、残虐性を含ませながら笑った。


「今お前たちに魔法をかけた。この魔法はお前たちが俺の言うことを守らなかった場合、その場で首を切り落とす魔法だ。俺が解かない限り解けることはない。分かったならさっさと出ていけ。邪魔だ」


「ひっ?!か、かしこまりました!二度とこのようなことが無いようにいたします!」


 青年は顔を青くしながら逃げるように帰っていくと、護衛の男たちも慌てた様子で追いかけていった。


 店内は多くの客がいるにも関わらずとても静かで、俺のことを怯えた様子で見ている人すらもいた。


「はぁ。興醒めだ。お前ら帰るぞ」


「ん」


「わかったわ」


「あの…」


 俺たちは席を立って支払へと向かおうとするが、その前に先ほど注文を聞きに来た店員が近づいてきて話しかけてきた。


「なんですか?」


「さ、先ほどはありがとうございました。本来であれば、店員の私が対応するべきでしたのに」


「気にしないでください。あいつが勝手に俺らに絡んできただけですから」


「その、お詫びと言っては何ですが、今回はお支払いは必要ありません。また、こちらのケーキもよければお待ちください」


 店員はそう言うと、手に持っているケーキの入った包みを俺たちへと渡してくる。


「そうですか。では、ありがたくいただきます」


「は、はい!また是非いらしてください!」


 ケーキを受け取った俺は店員に微笑むと、彼女は顔を赤くしながらそう言って見送ってくれた。


「エル。あんまり女の子に笑っちゃだめ」


「そうね。あなたの笑顔は女の子を簡単に落としちゃうからだめよ」


「はいはい」


 2人はその後も俺にいろんなことを言ってくるが、俺はその全てを聞き流しながら歩き続け、3人で屋敷へと帰っていくのであった。






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