幕間 三周目
「かはっ!!はぁ、はぁ…」
ルイスはベッドの上で飛び起きると、理解できないといった様子で部屋の中を見渡す。
「また、俺の部屋…」
それは前回と同じであり、ルイスはすぐに自分が過去に戻ったことを理解する。
「いったい何が…俺はさっき確かに…」
ルイスはそう言って前回と同じように首を触るが、間違いなく首はつながっており、しかし切られた感覚だけが残っていた。
「俺は…処刑されたはずなのに」
朧げだった記憶が徐々に明確になっていき、自分が身に覚えのない罪で処刑されたこと、学園でのこと、そしてアイリスとのことを思い出していく。
「うっ…」
ルイスはアイリスのことを考えた瞬間、皇帝の前に跪かされ、彼女に罪を認めるよう笑顔で言われた時のことを思い出した。
そして、あの気持ち悪い笑顔によって吐き気を催したルイスは、急いで部屋を出て手洗い場へと向かう。
途中、心配した様子でこちらを見ていたミリアや他のメイドたちとすれ違ったが、彼はその全てを無視して手洗い場へと駆け込んだ。
「おえぇぇ」
気持ち悪さに耐えきれず何度も吐き出したルイスは、最後は喉を痛めて血を吐き出し、力尽きたようにその場へと座り込む。
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い…」
忘れたくても忘れられず、彼女の本当の笑い方すら思い出せないほどに気持ち悪いあの笑顔。
ルイスは脳裏にこびりついたアイリスの笑顔を思い出しながら、顔を青くして震えた。
「ルイス様!大丈夫ですか!?」
「ミ…リア…」
「大丈夫です。落ち着いてゆっくりと息を吸ってください」
ルイスのあまりの様子に彼を追いかけてきたミリアは、口元を血で濡らしながら震えているルイスを見つけ、落ち着かせるために抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫ですから」
ミリアからかけられる優しい声を最後にルイスは気を失い、その後は騎士に抱えられて自室へと運ばれるのであった。
「んん…」
「ルイス様。お目覚めですか?」
「ミリア…?」
ルイスが目を覚ますと、暗くなった部屋の中で彼の様子を見守っていたミリアが声をかける。
「お体の具合はいかがですか?」
「すごく怠い。それと喉も痛い」
「わかりました。ではこちらをお飲みください」
ミリアがそう言ってルイスに渡したのは緑色の液体で、見るからにがそうな飲み物だった。
「…にがい」
「お薬ですから仕方がありません。さぁ、横になってください」
ルイスは言われるがままにベッドに横になると、しばらくの間天井を眺める。
「俺はどれくらい寝てたんだ」
「4時間ほどです。婚約者様との顔合わせについてはルイス様の体調が優れないということで、明日になりました。
ただ、明日も体調が優れないようであれば休んでも構わないと、旦那様とペステローズ侯爵様より仰せつかっております」
「そうか。なら、明日も休むと伝えてくれ」
「かしこまりました」
「俺はもう休むから、ミリアも戻って休め。それと、あの時はありがとう」
「お気になさらないでください。私はルイス様の専属メイドなのですから。では、おやすみなさいませ」
ミリアがそう言って部屋を出ていくと、静かな部屋の中にルイス1人だけが残る。
「なんでまたここに戻ってきたんだ。いったい俺に何をしろっていうんだよ」
部屋に1人になったルイスは、今まで貯めていた感情を吐き出すようにそう呟く。
どうして生き返るのかもわからず、なんのために生き返っているのかもわからない。
前回は神がチャンスをくれたのだと思ったが、ルイスは何もしていないにも関わらず処刑された。
そのことから、少なくとも行動を改めるためや更生するためというわけでもないだろうと結論づける。
「いったい何の目的で…」
どうしたら自分は死ねるのか、もしかしたら今回も無惨な死を遂げることになるのか、ルイスはそんな事を考えるだけで恐怖から体を震わせた。
「あとはアイリス。できればもう彼女には会いたくない。もういっそのこと、婚約を断ってしまおうか」
ルイスはアイリスに会いたくない一心でそんなことを考えるが、顔合わせのためにこちらに来てもらっている以上、よほどの理由がない限り婚約を断ることはできない。
「なら、頃合いを見て婚約を解消しよう。俺に好きな人ができたとか適当な理由をつけて断れば、彼女も納得するだろう」
上手くいくかはわからないが、これから関わる機会を減らしていけば、お互いなんの感情も抱くこともないし、すんなり関係を終わらせることができるかも知れない。
「そうと決まれば、もう彼女と関わるのはやめよう。そうすればきっと…」
今回の人生でやるべき事を決めたルイスは、疲れた体を癒すため、その日は眠りにつくのであった。
三回目の死に戻りをしてから三年が経ち、また学園へと通う年がやってくる。
この三年間、ルイスは予定通り一度もアイリスと会うことはなく、また以前のように手紙のやり取りをすることはなかった。
しかし、こんな関係でも何故か婚約解消の話が出ることはなく、結局は婚約関係のままここまできてしまった。
「はぁ。また学園か…」
ルイスは馬車に揺られながら窓の外に見えるシュゼット帝国学園を眺め、過去二回の嫌な思い出で頭がいっぱいになっていく。
「ルイス様。大丈夫ですか?顔色がよろしくないようですが」
「問題ない」
過去のことを考えていたせいで顔色が悪くなっていたルイスは、心配した様子で声をかけてきたミリアにそう返した。
その後、三回目の入学式を終えたルイスは、三回目の寮にある自分の部屋へと向かう。
「明日からまた同じ毎日の繰り返しか」
人の動きや発生する事件は違えど、学園の授業やイベントは決まっているため、三回目ともなるとさすがに飽きてしまう。
「はぁ。今回は静かに過ごしたいものだ」
ルイスは怠い気持ちに身を任せながらベッドに横たわると、精神的な疲れからすぐに眠へとつくのであった。
学園に入学してから二年。ルイスは初めての三年生としての学園生活に心を躍らせていた。
「二年は実技系の授業が多くて楽しいな」
三年生の授業は卒業後のことも考えて実技系の授業が多く、ルイスはアイリスが選ばないであろう授業を選択しながら充実した学園生活を送っていた。
「そうだ。もうすぐで学園も卒業だし、アイリスとの婚約も解消しておかないとな」
学園を卒業すれば、いよいよ結婚に向けて本格的に準備が始まるため、その前に婚約の解消をしておく必要がある。
「そうだな。来月あたりがいいか」
学園に入学後もルイスはアイリスと関わることはほとんどなく、同じクラスでたまに挨拶をする程度の関係だった。
そのため、アイリスと勇者が現在はどんな関係なのか分からないが、仮に何も関係を持っていなかったとしても、前回のことがあるため一緒にいたいとは思わなかった。
「ミリア。すまないがこの手紙をペステローズ嬢に渡してくれるか」
「かしこまりました」
ルイスから手紙を受け取ったミリアは部屋を出て行くと、アイリスがいる寮の方へと向かっていく。
「はぁ。今回こそ何事もなく終われそうだな」
今回の人生では勇者の青年と話したこともなく、そして前回のように意欲的に何かをしてきたわけでもない。
そのため、ルイスは濡れ衣を着せられることも、勇者に悪だと認識されることも無いだろうと安心した。
それから1ヶ月後。婚約解消についてアイリスに話そうとしていた前日の夜、勉強をしていたルイスの意識が突然なくなった。
意識が無くなった次の日の彼は、まるで人が変わったように傲慢になった。
アイリスとの約束は当然行くはずもなく、学園では貴族も平民も関係なく暴言を吐き、さらには魔法を使って殺す寸前まで痛めつけた。
「あはははは!楽しいなぁ!!」
ルイスの周りには瀕死の状態となった学生たちが転がっており、彼はその中央で高らかに笑う。
勇者は今現在、皇帝の命令で他の街へと行っており、今の彼を止められる者はいなかった。
「さて!時間もないし次に行くかぁ!!」
身体強化を使ったルイスは今度は皇城へと向かうと、堂々と正門から中へと入っていく。
「止まれ!さもなくば…」
「うるせぇな!」
門を守っていた衛兵を黒い魔力が飲み込むと、その男は抜け殻のように地面へと倒れ、そのまま息絶えた。
その後もルイスを止めるため、騎士団や宮廷魔法使いなど多くの人間たちが彼の前に立ち塞がるが、黒い魔力に飲み込まれると呆気なく息絶えていく。
「あっはははは!いいねいいね!」
ルイスは実に楽しそうに城の中を歩いていくと、彼の姿が少しずつ変わりはじめた。
銀色の髪は闇のように黒く染まり、黄金の瞳は血のように赤くなっていく。
そして、皇帝のいる部屋へと辿り着いたルイスは、何の躊躇いもなくその扉を開けた。
「よぉ!皇帝!貴様の首を貰いにきたぜ!」
「君は確かヴァレンタイン公爵家の。余の首を取りに来ただと?」
「そうさ!今日!この俺がこの帝国という国に終わりを迎えさせてやるぜ!」
「何をふざけたことを。そもそも、ここへはどうやってきた。衛兵たちが守っていただろう」
「くはは!全員神のもとへと行ったぜ?だから安心しろよ。自分で何もできなくても、向こうでもここにいた奴らが仕えてくれるさ!じゃあな!!」
皇帝はルイスのその言葉を最後に黒い魔力に包まれると、膝から崩れ落ちてこの世を去った。
「くくく。次はあいつらを呼ぶか」
静かになった城の中、ルイスは玉座に座りながらとあるところへと魔力を送る。
すると、少しして部屋の中の影が歪み、そこから数人の魔族が現れる。
「俺たちを呼んだのはお前か?人間」
「そうだぜ?随分と来るのが遅かったな?」
「突然人間なんかに呼ばれたんだ。罠だと思うのが普通だろうが」
「くはは!そりゃあ間違いねぇな!」
ルイスと今話をしているのは燃えるように赤い髪に褐色の肌、そして獣のように鋭い目をした背の高い男だった。
「それで?何のようで俺たちを呼んだ?」
「なぁに、お前たちの目的に協力してやろうと思ってな」
「なんだと?」
「魔王の復活に協力してやるよ。あれを復活させるには魔力がたくさん必要なんだろう?なら、この国の人間を皆殺しにすれば足りると思わないか?」
「…お前、正気か?」
「もちろんさ!俺はこんな国に思入れなんてものはない!寧ろ滅んでくれた方が嬉しいくらいだな!」
「その言葉をどう信じろってんだ?」
「これでどうだ?」
ルイスはそう言ってこれまで抑えていた黒い魔力を解放すると、空気が一気に重くなり、赤い髪の男以外の魔族たちが呼吸方法を忘れたかのように苦しみ始める。
「その力はまさか…」
「その通り!俺もお前たち側だってことだ!」
「なるほどな。それなら納得はできる」
「だろ?だが、一つだけ頼みがある」
「なんだ?」
「こいつの両親がいる北の領地にだけは手を出すな。それ以外なら全員殺しても構わない」
「なんでだ?」
「大したことじゃねぇ。ただ、こいつの手で親殺しなんてしたら心が壊れちまう。そうしたら、俺たちの目的が達成できなくなるからな」
「ふーん。よくわからんが、まぁいいぜ。北には手を出さないように言っておく」
「おう!頼んだぜ!」
ルイスはそう言って手を差し出すと、男もその意味を理解して握手を交わした。
「俺はバギラだ」
「俺はとりあえずルイスと名乗っておくぜ。よろしくな」
こうしてルイスが魔族の男であるバギラと手を組むと、その日の夜に魔族による帝都の襲撃が始まった。
街には火が放たれ、暗い夜すらも赤い炎で彩られていく。
人々の逃げ惑う声と血の匂いが街中へと広がる中、ルイスは空の上から燃える帝都を眺めていた。
「うーん。やっぱり夜はいいなぁ。気分がすごく落ち着くぜ。しかし、今回はたまたまルイスの体を乗っ取れたからよかったが、あいつが次もやらせてくれるはずないよなぁ」
ルイスはそう言って月が浮かぶ空を睨むと、疲れたようにため息を吐いた。
「なぁ、ルイス。みんなお前のことを待ってるんだ。だから早く…ん?」
過去を懐かしむようにそう呟いたルイスは、突然魔族の悲鳴が聞こえたのでそちらへと目を向ける。
「お!ようやくきたか!」
彼が待っていたのはもちろん勇者で、眩しいほどに輝く聖剣を振り回し、襲いかかる魔族たちを屠っていた。
「さて!勇者の実力とやらをみてやるか!」
ルイスは一瞬のうちに勇者のもとへと向かうと、彼の前にゆっくりと降り立った。
「お前は誰だ!」
「おいおい、忘れたのか?俺はルイスだぜ?」
「ルイス様?ですが、髪や瞳の色が…」
アイリスは自身の知っている姿と全く違う彼に困惑するが、勇者はそんな彼女を気にも求めず聖剣を構える。
「お前が誰であろうと関係ない!帝都を魔族に襲わせたのはお前だな!!」
「そうだぜ?最高だろ?」
ルイスは勇者に向けてニヤリと笑うと、勇者は問答無用といった様子でルイスに切り掛かる。
「おいおい。容赦ないな」
「悪は絶対に殺す!悪の話など聞く必要などない!」
勇者は何度もルイスに切り掛かるが、その全てを簡単に避けられると、カウンターで横腹に重い一撃を決められる。
「弱いなぁ。弱すぎる。聖剣の力も全然だし、お前本当に勇者かよ」
「くっ。僕は勇者だ!そんな僕が悪に負けるはずなどない!みんな!僕に力を!」
勇者がそう叫ぶと、アイリスたちの体が金色に光り輝き、そのオーラが勇者の方へと流れ始める。
「ふーん。もう少し楽しめそうだな!」
その後、ルイスは黒い魔力で聖剣の攻撃を防ぎ、勇者も聖剣の光で黒い魔力を切り捨てていく。
数十分にも及ぶ攻防で2人の体は傷ついていき、ルイスの体や喉は聖剣の力によって焼け爛れ、勇者も片目が潰れて左腕は折れた状態だった。
そんな中、最初に膝をついたのはルイスで、ここで体にタイムリミットが来たのだ。
(くっ。ここで手を出してくるのかよ)
膝をついたルイスは突然胸を抑えて苦しみ出すと、黒かった髪も赤い瞳も元の姿へと戻っていく。
(くそ。すまないルイス。またいつか…)
その思考を最後にルイスの姿が完全に元に戻ると、勇者はその隙を見逃さずルイスを地面へと押さえつけた。
「お前が。お前が死ねば世界は平和になる!」
片目が潰れた勇者は怒りのままに聖剣をルイスの胸に突き刺すと、彼の体から赤い血が地面へと広がっていった。
(何がどうなって…)
状況が分からないまま死にゆくルイスは、最後に自分に剣を刺して喜ぶ勇者の笑顔を眺めながら、ゆっくりと三周目の人生を終えるのであった。
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