幕間 二周目③

 アイリスとヴァレンタイン公爵領の街でデートをしてから一年半が経ち、ルイスたちが学園へと通う年がやってくる。


「はぁ。いよいよか」


 前回は学園に入学してからあの青年に出会い、そして全てが変わった。


 自分が最も強いと思っていたプライドも、自分が世界の中心だと考えていた傲慢さも、そして愛しいアイリスに対する行動でさえ、全ては間違っていたのだと気付かされた。


(俺の過ちを気づかせてくれた点については感謝しているが、アイリスを奪ったことは別だ)


 ルイスは自身の過ちに気づかせてくれた青年にはそれなりに感謝しているが、やはり愛しい女性を取られたこととは別だった。


「どうかされましたか?ルイス様」


「いえ。少し緊張してしまって」


「ふふ。ルイス様でも緊張されるのですね」


「まぁ、私も一人の人間ですから」


 今回の人生でも、ルイスはアイリスと2人で学園の入学式へと向かっていた。


 しかし、前回と違うのはアイリスと2人で話し合って決めたという点であり、今回はアイリスも一緒にと言ってくれたので、こうして2人で入学式へと向かっているのだ。


「あ、どうやら着いたようですね」


 そして、話しているうちにどうやら学園へと着いたようで馬車が止まった。


「お手をどうぞ」


「ふふ。ありがとうございます」


 ルイスはアイリスが降りやすいように手を貸すと、アイリスは彼の手を取ってゆっくりと馬車から降りる。


 その時アイリスの金色の髪が風に揺れると、白いアイリスの花があしらわれた髪飾りが煌めいた。


 そして、アイリスが馬車を降り終わると、2人はそのまま腕を組んで学園内を歩いていく。


「とても綺麗な場所ですね」


「そうですね。それにとても広い場所でもあります。アイリスは迷子にならないよう気をつけてください」


「あら。なら、ルイス様にずっとついていた方がよろしいでしょうか」


「私は構いませんよ?」


 この二年半で2人の距離はかなり縮まり、2人の仲睦まじい姿を知らない者はヴァレンタイン公爵領にもペステローズ侯爵領にもいないほどに有名だった。


 その後、2人は学園で楽しみなことや、授業はどうするかなどを話しながら、入学式が行われる会場へと向かうのであった。





 入学式が終了後、ルイスはあたりに気を配りながらアイリスを寮へと送るため歩いていた。


「どうかされたのですか?そんなに周囲を警戒されて」


「いえ。アイリスが綺麗なので、変な気を起こす男たちがいないよう牽制しているだけです」


「ふふ。お口がお上手ですね」


 ルイスはアイリスとの会話を誤魔化しながら、それでも周囲の警戒を止めることはなかった。


(どうやらあの青年は近くにはいないようだな。よかった)


 ルイスが警戒していたのはもちろんあの青年で、あの時とは状況もアイリスとの関係も違うとはいえ、彼に出会うとアイリスが変わってしまう可能性も考えられるので、なるべくアイリスを彼に合わせたくなかったのだ。


「ルイス様。送っていただきありがとうございます」


「気にしないでください。明日も朝に迎えにきますので、一緒にクラスへと向かいませんか?」


「よろしいのですか?それではルイス様にお手間が」


「大丈夫です。私がアイリスといたいだけですから」


「嬉しいです。では、明日もよろしくお願いします」


「えぇ。また明日」


 アイリスと別れたルイスは少し遠回りをしながら寮へと戻るが、結局あの時の青年を見つけることはできず、ただ歩き疲れて終わるだけだった。





 入学式の翌日。ルイスはアイリスと2人で指定された教室へと向かい、空いていた席へと並んで座る。


(あいつは確か違うクラスのはずだから、ここで出会う可能性は無いな)


 前回の記憶では一年生の時、青年は成績の問題で他のクラスだったためルイスたちが授業中に出会うことは無かった。


 そして、それは今回もどうやら同じようで、担任の先生が入ってくるまであの青年が教室に入ってくることは無いのであった。


 学園に入学してから半年後、ルイスはアイリスがあの青年に合わないよう気を遣いながら、問題なく半年間を過ごすことができた。


 ルイスはこの半年間、授業が終わればアイリスと過ごしたり、彼女に予定があれば図書室にある本を読みながら魔法の研究をしたりと充実した日々を過ごすことができていた。


「ふぅ。ここまでくれば大丈夫そうだな」


 最初はアイリスがあの青年に出会ったらと怖くて不安な毎日だったが、幸いなことにアイリスと青年が出会うことはなく、おかげで彼女が青年に惚れるということもなかった。


 だからだろうか。ルイスはもう安心だろうと、このままアイリスと添い遂げられるだろうと油断してしまったのは。


 ある日。ルイスは父親に帝都内での仕事を任され、学園から1人離れていた。


 本来はこの日は学園が休みで、ルイスはアイリスと2人で出かける予定だったのだが、任された仕事が次期公爵としてもかなり重要な仕事だったため、どうしても外すことができなかった。


「アイリス。今日は一緒に出かけられなくなり申し訳ありません」


「大丈夫ですよ。お義父様からのお仕事なら仕方ないです」


「ありがとうございます。埋め合わせは今度必ず」


「はい。楽しみにしていますね。いってらっしゃいませ」


 アイリスに見送られたルイスは、急いで仕事を終わらせるため指示された場所へと向かう。


 その後、ルイスが仕事を終わらせた頃にはすでに日が傾き始めており、アイリスに早く会いたくて急いで学園へと戻る。


「あれは…」


 すると、学園の門の前に見覚えのある騎士がいることに気がつき、ルイスはその人物に声をかけた。


「どうしてお前がここにいる?何かあったのか?」


 彼はアイリスに付けさせている公爵家の騎士の1人で、今日も彼女が1人で出かけると言っていたので、気づかれないよう守らせていたのだ。


「実は…」


 ルイスはその護衛騎士から話を聞くと、慌てた様子で医務室へと向かい、勢いよく扉を開けた。


「アイリス!無事ですか!」


「あ、ルイス様。どうかされましたか?」


「あなたが暴漢に襲われたと聞きました。怪我などはありませんか?」


「それなら大丈夫です。この方が助けてくれましたから」


「……え」


 アイリスがそう言って目を向けた先には、前回の人生で何度も見た青年がおり、彼は椅子に座りながらこちらを見ていた。


「どうかされましたか?」


「い、いえ。私の婚約者を助けていただきありがとうございました」


「気にしないでください。何もなくて本当によかったです」


 ルイスは青年と落ち着いた様子で話をしながらも、内心では心臓が破裂しそうなほど早く鼓動し、嫌な予感ばかりがした。


「アイリ…」


 早くこの場を離れたかったルイスはアイリスに声をかけるが、彼女は青年のことを見つめており、その瞳には前に何度も見たことのある熱がこもっていた。


(そんな。嘘だ…)


 今回こそは大丈夫だと、今回こそは彼女と幸せになれるはずだと思っていたルイスにとってこの状況はあまりにも気持ちが悪く、指先の感覚がどんどんなくなっていく。


「アイリス。私が部屋まで送ります。あなたも部屋へ戻ってもらって構いません。彼女を助けてもらいありがとうございました」


「わかりました。ではアイリス様。ゆっくり休んでください」


「ありがとうございました」


 青年が出て行ったあと、ルイスはアイリスに回復魔法をかけると、彼女の手を引きながらゆっくりと立たせる。


「私たちも帰りましょう。アイリス」


「はい」


 その後、ルイスは先ほどから感じていた吐き気を何とか堪えて彼女を送り届けると、自身の部屋へと戻ってから我慢していたものを吐き出した。


「はぁ、はぁ。俺が、もっと頑張らないと…俺がもっと…」


 彼女の気を引けないのは自分が悪い。彼女の心を留めておけないのは自分の努力不足。

 そう判断したルイスは、さらに努力をし、アイリスに相応しい男になろうと寝る間も惜しんで勉強をした。


 その結果、現代魔法の効率化や新しい魔法理論の作成、帝都全体を守る結界魔法の構築など、まさに神童の名に恥じない実績を残して行った。


 だがその反対に、アイリスと一緒にいられる時間は減っていき、アイリスと青年が一緒にいるところを見かけることが多くなった。


 そしてアイリスが襲われた日から一年後、ルイスは突然学園に押しかけてきた皇帝直属の騎士たちに取り押さえられ、気がつけば多くの貴族たちと皇帝の前に跪かされていた。


「ルイス・ヴァレンタイン。面をあげよ」


ルイスは言われた通り顔を上げると、そこには無表情に見下ろす皇帝と、別のところにはアイリスやあの青年、そして両親の姿が見えた。


「陛下、これはいったいどういうことでしょうか…」


「宰相。彼の罪状を読み上げよ」


「罪状…」


「かしこまりました陛下。ルイス・ヴァレンタイン。貴様には国家転覆の容疑がかけられている。貴様が構築した結界魔法についてだが、魔族領へと繋がる部分に不自然な魔力の流れが確認され、そこから魔族が帝国内に入ってきたという目撃情報が報告されている。


 また、貴様が魔族と内通しているという密告も受けている。貴様は魔族と内通し帝国を滅亡させようとした極悪人であり、許されざる罪を犯した。よって、貴様と貴様の一族は全て死刑とする」


「そんな…私は何もしていません!そんなことをするはずがありません!何かの間違いです!」


 宰相に読み上げられた罪状については何一つ心当たりのないものばかりで、ルイスは声を荒げながら必死に否定する。


 しかし、両親以外に彼の話に耳を傾けてくれる者はおらず、むしろルイスのことを見ながら隠れて笑っている貴族たちもいた。


 そして、それはアイリスも同じで、彼女は何も感情を感じさせない瞳でただルイスのことを眺めているだけだった。


「ルイスよ。こんな結果になってしまい、余は本当に残念に思う。君の成した功績はとても大きいものであり、余は君に期待していたんだがな」


 皇帝はこの状況が未だ理解できていないルイスを見ながら、心底残念そうにため息を吐いた。


「ルイス。余も一人の人間だ。無駄な殺しをしたいとは思っていない。君が罪を認めるのなら、両親たちの命だけは助けてやろう。これは君の功績に対する余なりの配慮だ。どうする?」


 皇帝はそう言ってルイスに判断を委ねるが、実質その言葉に選択肢などなかった。


(俺がここで認めなければ、一族全てが処刑されるってことだよな。くそ)


「ルイス様!」


 ルイスがどうするべきか考えていると、アイリスが彼のもとへと駆け寄り手を握る。


「アイリス。私は…」


「ルイス様。罪を認めましょう」


「…は?」


「ルイス様が罪をお認めになれば、他の方々は助かります。それに、皇帝陛下もすぐに殺したりはしないはずです。その間にできることは色々とあるでしょう。ルイス様、罪をお認めになってください」


 アイリスはそう言ってルイスに笑いかけるが、ルイスは彼女の笑顔を見て酷い吐き気に襲われる。


(違う…この笑顔は何か違う…)


 いつもと同じように笑っているはずなのに、いつも違う知らない彼女の笑顔。


(おかしい。なんだこの違和感。それに、アイリスはいつから俺のことを見なくなった。いつから俺のあげた髪飾りをつけなくなった。わからない。なんだこれ…すごく怖い)


 その笑顔があまりにも悍ましく、ルイスの心を折るには十分すぎた。


「わかり…ました。罪を認めます。だから両親たちの命だけは」


 謎の恐怖に負けたルイスは、何もやっていないにも関わらず罪を認めるしかなく、せめて両親たちの命だけは助けてもらえるよう話をする。


「ルイス!」


「わかった。先ほどの約束は余の名にかけて誓おう。勇者殿もそれで良いかな?」


「構いません。悪は滅びるべきです。それに、彼は僕たちのことを魔族に売ったんですよね?なら、やはり彼は悪であり滅びるべき存在と言えるでしょう」


「承知した。彼を地下牢へ」


 ルイスはアイリスから感じた気持ち悪さと、勇者が彼に向ける絶対的な善性に耐えることができず、逃げるようにその場から地下牢へと移るのであった。





 その後、ルイスは魔族との繋がりについて話すよう酷い拷問を受けるが、そもそも魔族と繋がっていない彼に話せるような情報はなく、しばらくの間は地下牢で過ごすことになった。


 その間、ルイスの両親は毎日のように彼のもとを訪れ諦めないよう、自分たちがなんとかするから頑張れと声をかけてくれたが、アイリスだけは最後まで彼のもとを訪れることは無かった。


 そして、既に心が折れてしまったルイスは両親の言葉に空笑いをすることしかできず、結局あの事件から3ヶ月後、ルイスは多くの民衆に怒りと嫌悪、そして憎悪といった感情を向けられながら処刑台へと立つ。


「ルイス様!ルイス様!!」


 ルイスの罪状が民衆へと読み上げられ、いよいよ処刑が始まろうとしていた時、ルイスは朦朧とする意識の中、泣きながらこちらに近づこうとするアイリスの姿が見えた気がした。


(アイリス…はは。これは夢だろうな。あぁ、ようやく終われる)


 ようやく辛かった拷問の日々から終われることに安堵したルイスは、久しぶりの笑顔と共に首を切り落とされ、ルイスの二周目の人生が幕を閉じるのであった。






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