幕間 二周目②
庭園から応接室へとやってきたルイスたちは、向かい合ってソファーに座り、ミリアが入れた紅茶を飲みながら話をする。
「アイリスは、好きな食べ物などはありますか?」
「好きな食べ物ですか?私はケーキやお菓子などの甘いものが好きです。逆に、お肉などの味の濃いものはあまり得意ではありませんね」
「そうなんですね。でしたら、街に有名なケーキ屋さんがあるんです。なんでも、前は皇城でデザートを専門に勤めていたパティシエの方が出したお店らしく、最近できたばかりでとても話題なんですよ」
「とても魅力的なお話ですね。是非とも一度食べてみたいです」
その後も屋敷での過ごし方やペステローズ領のことなど、彼女のことを知るために気になったことを尋ねていく。
ルイスはアイリスから聞く話が全てが新鮮に感じられ、新たな彼女の一面を知れて嬉しく感じるのとともに、過去の自分が彼女のことを何も知らなかったことに後悔する。
(俺は本当に、彼女のことを何も考えず、何も見ていなかったんだな)
過去の自分がいかに愚かだったのか思い知った彼は、ここで一つの誓いを立てた。
(アイリスに相応しい男になろう。隣にいても恥ずかしくないように、彼女のことを守れるように。そして…二度と彼女のこの笑顔を曇らせないように)
ルイスはアイリスに初めて会った時に見せてくれた笑顔に一目惚れをした。
しかし、過去のルイスは自分の行動のせいで彼女からその笑顔を奪ってしまった。
ルイスはせっかく得た新しいチャンスを活かすため、今度こそ愛しいアイリスを幸せにするため、彼はこれまで嫌っていた勉強も魔法や武術の鍛錬にも力を入れていくことに決める。
(けど、今はこの時間を楽しもう)
アイリスと会える時間が彼にとって掛け替えのない幸せな時間であることを再認識したルイスは、まずは今アイリスと一緒にいられる時間を楽しむのであった。
アイリスとの顔合わせが終わって一週間が経った頃、ルイスは屋敷内にある訓練場で地面に横たわっていた。
「はぁ、はぁ…」
「坊ちゃん。大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。それより、いつも面倒をかけてすまないな、ゼファル」
「いえいえ。むしろ坊ちゃんが剣術に興味を持ってくれて嬉しい限りです。このゼファル。坊ちゃんに剣術をお教えできて誠に光栄です」
ゼファルとは我がヴァレンタイン公爵家が有する騎士団の騎士団長で、青い髪に傷のついた厳つい顔が印象的な男だった。
「昔はエドワード様と一緒に訓練していたんですが、あの方は剣術より魔法の方が得意でしたからね。こうしてお教えできて本当に嬉しく思います」
「まぁ、うちの家系はもともと優秀な魔法使いの方が多いからな。両方できる俺が異例なだけさ」
エドワードとゼファルは歳が近いため、子供の頃は元騎士団長であるゼファルの父親によく剣術を習っていた。
だが、ヴァレンタイン公爵家は代々剣術よりも魔法の才能を持った子供の方が生まれることが多く、両方できるルイスは本当に異例な存在だと言えた。
「確かにそうですね。剣術といえば、剣聖とも呼ばれるホルスティン公爵家の方が圧倒的に上です。ですが、坊ちゃんも彼らに負けないほどの才能はお持ちだと思いますよ」
「だと嬉しいがな」
「本当ですとも。さぁ!休憩もこのくらいにして、特訓に戻りましょう!」
ルイスはゼファルの言葉に重くなった体を起こすと、また剣を構えて疲れ果てるまで稽古を続けるのであった。
アイリスと婚約してから一年が経ち、その日はルイスとアイリスの2人でヴァレンタイン公爵領の街を見て回っていた。
「アイリスと街を歩けるのは久しぶりですね」
「そうですね。前回はルイス様がペステローズ領にいらした時でしたから、2ヶ月ほど前でしょうか」
この一年間、ルイスとアイリスはお互いの領地を何度か行き来しており、前回はルイスがアイリスのいるペステローズ領へと訪れていた。
「本当はもう少しアイリスと会いたいのですが…」
「ふふ。仕方がありません。お互い領地も離れていますし、やる事もありますから。ですが、私はルイス様からお手紙が貰えるだけでも嬉しいですよ?」
「私もアイリスからいただける手紙はとても嬉しいです。いつも大切に保管しています」
「ありがとうございます」
婚約して以来、2人は順調に仲を深めており、手紙のやり取りも頻繁に行なっていた。
そして、今日は以前よりアイリスと2人で約束していた公爵領を見て回る日で、ルイスは朝から気合いが入っていた。
(大丈夫。ちゃんと下見はしたし、おすすめのお店とかも屋敷の者たちに聞いた。あとは俺がアイリスを退屈させないように頑張るだけだ)
ルイスは事前に考えていたプランをもとにアイリスと街の中を見て回り、前に話したケーキ屋や宝石店、そして景色の良い人気のデートスポットなどを見て回る。
「今日は楽しかったです。ありがとうございました、ルイス様」
「アイリスに楽しんでもらえてよかったです。私もとても楽しかったですよ」
2人は茜色に染まる空の下、いまだ人で賑わう街の中を公爵邸に戻るため歩いていた。
「あ…」
「どうかされましたか?」
「アイリス。すみませんが、少しの間あそこのベンチに座って待っていてもらってもいいですか?」
「それは構いませんが、何かあったのですか?」
「いえ。すぐに戻ってくるので待っていてください」
ルイスはそう言ってアイリスをベンチに座らせたあと、近くに隠れているであろう護衛騎士に彼女を守るよう合図し、ルイスは来た道を戻っていく。
「おや、どうしたんだい?」
「この髪飾りを一つお願いできますか?」
「もちろんだよ」
ルイスが立ち寄ったのは女性用の髪飾りが売られている出店で、先ほど店の前を通った時に気になったのでこれを買うために戻ってきたのだ。
「恋人へのプレゼントかい?」
「まぁ、そんなところです」
「そうかい。なら、大切にしてあげるんだよ」
「もちろんです」
ルイスは店番をしていた女性から髪飾りの入った包みを受け取ると、急いでアイリスのいる場所へと戻る。
「アイリス。お待たせしました」
「ルイス様」
アイリスのもとへと戻ってきたルイスは彼女の隣へと座り、走ったことで乱れた息を整える。
「大丈夫ですか?」
「えぇ。問題ありません。それよりアイリス。こちらをどうぞ」
ルイスは先ほど買ってきた髪飾りが入っている包みをアイリスに渡すと、彼女は少し驚いた顔をしながらそれを受け取った。
「私のために、こちらを買いに行ってらしたのですか?」
「はい。気に入ってもらえると良いのですが」
アイリスは渡された包みからゆっくりと髪飾りを取り出すと、その綺麗な髪飾りに言葉を無くす。
「あの、気に入りませんでしたか?」
「…いいえ。とても気に入りました。すごく嬉しいです」
「よかったです。この花を見た瞬間、アイリスに似合うと思ったんです」
「ありがとうございます。…似合いますか?」
「はい。とても綺麗です」
ルイスが渡した髪飾りには、白いアイリスの花が飾られており、彼女の金色の髪と白い花はよく似合っていた。
「一生大切にします」
アイリスはそう言って大事そうに髪飾りを撫でると、ルイスの方を見て花のように笑う。
そして2人はしばらくの間静かに街を眺めたあと、どちらからともなく手を繋いで公爵邸へと戻っていくのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
すみません。二周目は2話で終わらせる予定でしたが、久しぶりに書く甘い展開に書いていて楽しくなってしまい長くなりました。
3話目に続きます。
本編を待っていただいている皆さんには申し訳ありませんが、もう少し過去編にお付き合いいただけると嬉しいです。
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