幕間 二周目①

「うわぁぁぁあ!!!」


 ルイスはその日。いつものようにミリアに起こされる前に目を覚ました。


「はぁ、はぁ。こ、ここは…」


 ルイスは朦朧とする意識の中、荒くなった呼吸を整えながらの中を見渡す。


「俺の…部屋?だがどうして…」


 少しずつ記憶が戻ってきたルイスは、何故自分がこの部屋にいるのか状況が理解できていなかった。


「俺は確か勇者に首を切られて死んだはず。あれは夢だったのか?」


 ルイスはゆっくりと自分の首に手を当てて確認してみるが、そこにはしっかりと繋がった首があるはずなのに、先ほど切られた時の感覚がしっかりと残っていて、それが夢ではなく現実であることを知らしめてくる。


「おかしい。どういうことだ」


 未だ状況が理解できずにいると、扉をノックしてから1人のメイドが部屋へと入ってくる。


「…ミリア?」


「おはようございます。ルイス様」


 それは昔からよく知っているメイドのはずなのに、しかし自分が知っている彼女とは印象がかなり違って見えて困惑する。


「お前、なんか若返ってないか」


「何を仰っているのですか?私は15歳なのでまだまだ若いですよ」


「15歳…」


 ルイスが知っている彼女はもっと大人びた雰囲気で、年齢も確か20歳くらいだったはずだ。


 しかし、よく見れば確かにここは五年前まで使っていた自分の部屋で、ミリアの顔や体つきもまだあどけなさが残っているように見える。


「つまり、過去に戻ったのか?」


「どうかされましたか?」


 ルイスは現在の状況について必死になって頭を回すが、何故過去に戻ったのか、今がどういう状況なのか分からなかった。


「それよりルイス様。本日は婚約者様との初顔合わせです。急いで準備をしませんと」


「婚約者との顔合わせ?」


「そうですよ。先日旦那様が仰っていたではありませんか」


「…なるほど」


 ルイスはミリアの話を聞いて、どうやら自分がアイリスと婚約する当日に戻ったことを理解すると、まずはどうするべきか考える。


(とりあえず、今の状況について分からない以上、様子を見ながら生きていくのがいいかもな。あとは…アイリス)


 アイリスのことを考えるだけで胸の鼓動が早くなり、早く彼女に会いたいと思ってしまう。


(やっぱり俺はアイリスが好きだ。なら、やるべきことは優しく接すことか)


 ルイスは死に戻りをする前の自分が彼女にしていた酷い行動の一つ一つを全て覚えていた。


「今思えば、あれは本当に酷かった」


 一度死んだせいか、ルイスは自分の過去を俯瞰して見ることができ、自分の過ちを過ちとして理解することができた。


「好きなら優しくするべき…か。確かにその通りだな」


 ルイスは死ぬ直前に言われた勇者の言葉を思い返しながらベッドから降りると、ミリアに身支度を任せながらまずは何をするべきか考える。


「ミリア、今から花を用意することはできるか?」


「お花ですか?奥様の庭園から摘む許可が降りれば可能ですが…何にお使いになるんですか?」


 ミリアは少しだけ訝しむような表情でルイスのことを見るが、これも仕方がないと言えた。


 これまでのルイスはとても我儘で、花になど興味が無かったため突然の話に疑問を抱いたのだ。


「いや、せっかくなら婚約者に用意しようと思ってな。突然ですまないが頼めるか?」


「……」


「ミリア?」


「…あ。も、申し訳ございません。突然のことで驚いてしまいました。お花ですね。であれば花束の方がよろしいでしょう。別のメイドに指示してきます」


 ミリアはそう言うと、一度部屋を出てからすぐに戻ってくる。


「お待たせしました。花束の方はすぐに準備ができると思います。ルイス様も準備をいたしましょう」


「そうだな」


 そして、前回と同じようにミリアに身支度をしてもらったルイスは、部屋を出る前に彼女の方を少しだけ見る。


「ミリア」


「はい」


「いつもありがとう。お前がいてくれてすごく助かっているよ」


「……」


 ミリアはルイスに言われた突然の言葉に驚いてしまい、いつもの無表情から少しだけ驚いた表情へと変わる。


「ほら、早く行くぞ。父上たちが待ってる」


 ルイスは少し赤くなった耳を隠すように前を向くと、照れ隠しをするように早足で廊下を歩いて行った。


(何で過去に戻れたのかは分からないけど、せっかく貰ったチャンスだ。今回はみんなに優しくしよう。それと今度は誰にも負けないくらい力をつけないと。そうすれば彼女もきっと)


 もう一度与えられたチャンスを活かすことに決めたルイスは、まずはアイリスとの第一印象を良くするため、色々と考えながら彼女のもとへと向かうのであった。





「ルイス。その花束はどうした?」


「こ、これは…」


「ふふ。もちろん婚約者へのプレゼントよね」


「ほう、そうなのか?」


 ルイスの両親は緊張した表情で花束を抱える彼を見ながら、そんな姿が微笑ましくて胸が温かくなる。


「来たな」


 ルイスの父親であるエドワードがそう言うと、門からゆっくりと屋敷の前まで向かってくる馬車が見えてくる。


 そして馬車が止まると、中からはルイスが待ち望んだ少女が父親に手を貸してもらいながら降りてくる。


(アイリス)


 彼女を見た瞬間、さっきよりもさらに胸が高鳴り、見ているだけで顔が熱を持ってくる。


「あらあら。ルイスは彼女に釘付けね」


 エリゼはそんな息子の初めて見せる姿に可愛らしさを感じながら、エドワードと2人でペステローズ家の3人を迎入れた。


「ルイス。こちらへいらっしゃい」


 ルイスはエリゼに呼ばれてアイリスたちのもとへと向かうと、エリゼがそっと背中を押しながらルイスのことを紹介した。


「こちらが私の息子のルイスです。ルイス、ご挨拶を」


「はい。ヴァレンタイン公爵家が嫡男。ルイス・ヴァレンタインです。よろしくお願いいたします」


「これはご丁寧にありがとう。ペステローズ家の当主、マイル・ペステローズだ。そしてこの子が…」


「ペステローズ家の次女、アイリス・ペステローズです。よろしくお願いいたします」


 ルイスは久しぶりに見たアイリスの花が咲いたような笑顔に見惚れてしまい、思わず花束を持ったまま動くことができなくなる。


「ほらルイス。渡すものがあるんでしょう?」


「…あ、そうですね。ペステローズ嬢、こちらをどうぞ」


 ルイスは少し恥ずかしそうにしながら手に持っていた花束をアイリスに渡すと、彼女は嬉しそうに笑いながらそれを受け取った。


「とても綺麗なお花ですね。すごく嬉しいです」


「それはよかったです」


 本当はもっと気の利いた言葉を言いたかったが、ルイスは花を持ったアイリスにまたも見惚れてしまい、うまく言葉が出てこなかった。


「ルイス。私たちのことは気にしなくていいから、アイリス嬢と庭園でも見てきなさい」


「そうね。せっかくだし、他のお花も見せてあげなさい」


 どうやらルイスの両親はすでに彼の気持ちを察しているようで、気を利かせて2人になれる時間を作ってくれる。


「ありがとうございます。では、ペステローズ嬢。私と一緒に庭園の方へと行ってくれますか?」


「はい。喜んで」


 ルイスはそう言ってアイリスに手を差し伸べると、彼女は笑顔で彼の手を取る。


 そうして2人は庭園の方へと向かって歩いていき、両親たちは微笑ましげに彼らを見送るのであった。





 庭園へとやってきたルイスは、アイリスに合わせてゆっくりと庭園内を見て回り、この場所について説明していく。


「ここは母上がこだわりを持って作った場所で、夏でも気温が低い公爵領で花が育つよう、庭師と品種改良を行いながら育てられた花たちがたくさんあるんです。


 そのためか、帝都や南部では見られない珍しい花もあり、見ていて飽きません」


「そうなんですね。確かに、私が住んでいる西側のペステローズ領でも見たことのないお花がたくさん咲いていますね。いただいたお花も白いお花がたくさんあってとても可愛らしいです」


 アイリスはそう言ってルイスから貰った花束を改めて珍しそうに眺めると、2人はその後も庭園にある花々を見て回る。


「よければ冬にもいらしてください。温室にも珍しい花はあるんですが、生憎と今は時期ではなく…」


「ふふ。そうなんですね。では、機会があれば伺わせていただきます」


 冬のヴァレンタイン公爵領は雪がかなり降るのでここまでくることは難しいのだが、ルイスはそれでも次にアイリスと会うための口実が欲しかった。


「あ、ペステローズ嬢さえ良ければですが、お名前でお呼びしてもよろしいですか?」


「えぇ、もちろんですよ。私もルイス様とお呼びしてもよろしいでしょうか」


「是非ともお願いします」


 ルイスはアイリスに名前を呼ばれたことが嬉しくて、思わず食い気味に答えてしまった。


「ふふふ。ルイス様は面白い方ですね」


 アイリスはそんなルイスの反応を見て楽しそうに笑うが、ルイスは少し恥ずかしくなって顔を背ける。


 2人はその後もアイリスの好きな花の話などをしながらゆっくりと庭園を見て回り、一通り見て回ったあとは応接室へと向かうのであった。






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