第123話 綺麗な生き方
月の精霊と出会ってから3日が経ち、俺は翌日にこの国を出ることに決めた。
予定よりもかなりこの国に滞在してしまった結果、そろそろ帝国に戻らなければ学園の入学試験に間に合わなくなってしまうからだ。
間に合わなかった場合、これまで通りなら俺は意識を失い、気づいた時には全てが終わっているなんて状況になりかねない。
「フィエラ。明日にはこの国を出るからな」
「わかった」
月の精霊にキスをされたあの日。シュヴィーナの家に帰ってきたあと部屋で休んでいると、いつになく真剣な表情をしたフィエラとシュヴィーナが部屋へと入ってきた。
その時に改めて彼女のことについて聞かれたが、少し面倒くさそうにしながら答え続けると、ようやく質問攻めから解放された。
その後は機嫌を直したフィエラの耳にピアスをつけ、物欲しそうにしていたシュヴィーナと少し話してからその日は終わった。
翌日からは目の治療とフィエラとの模擬戦に力を入れ、少しずつ鈍った体を元の状態へと戻していった。
そして、ようやく目の治療が終わったので、俺は明日にこの国を出ることに決めたのだ。
「シュヴィとは?」
「この後話しにいくつもりだ。お前はどうする?」
「私は待ってる。邪魔したくないから」
「そうか。なら行ってくる」
「いってらっしゃい」
フィエラに見送られながら部屋を出た俺は、廊下を歩いてシュヴィーナの部屋へと向かい、ノックをしてから彼女の返事を待つ。
「誰かしら?」
「俺だ。今少しいいか」
「ま、まって!今部屋を片付けるから!」
シュヴィーナがそう言うと、部屋の中から彼女が忙しなく動き回る音が聞こえてきて、5分ほど待つとゆっくりと扉が開かれる。
「お、お待たせ。入っていいわよ」
「わかった」
部屋の中は急いで片付けた割にはとても綺麗で、物はそんなに多くないが落ち着いた雰囲気のある良い部屋だった。
「そんなにじろじろ見られると恥ずかしいわ」
「わるい。俺好みの雰囲気の部屋だったからついな」
「そ、そうなの?」
「あぁ。王城もそうだったが、無駄に飾らない感じがすごく好きだよ。とても落ち着く」
「気に入ってもらえてよかったわ!」
シュヴィーナは自身の部屋を褒められたことが嬉しかったのか、笑顔で俺を椅子に座らせると、自身も隣へと座った。
「何で隣なんだ?」
「いいじゃない別に。それより、今日はどうしたの?」
「実はさっきフィエラと話したんだが、目も治ったし、明日にはこの国を出て行くことにした。それで、お前とは一度しっかりと話しておこうと思ってな」
「そう…なのね」
俺がここにきた理由を聞いたシュヴィーナは、先ほどとは違い明らかに落ち込むが、すぐに真剣な表情でこちらを見返してくる。
「エイル。あなたが私をこの国に置いていくつもりなのはわかっているわ。でも、私はもっとあなたと一緒にいたい。だから、私のことも連れて行ってくれないかしら」
「気づいてたんだな」
「何となくね。あなたの目的はこの国に入ることだったようだし、ここでの目的を達成したら私は用済み。置いていかれる気がしていたわ」
「なら、俺が考えを変える気がないのもわかるよな」
「えぇ。でも、私も考えを変える気はないわ。だって私、あなたのことがす…好きなんだもの!」
シュヴィーナは長い耳を赤くしながらそう言うと、白い頬まで赤く染まる。
「ふぅ。まず一つ言っておく。お前の気持ちには俺も気づいていた。だが、その気持ちに応える気は全くない。それはお前だけじゃなくてフィエラも同じだ。知っていてお前をここに置いていくことを決めた。その意味がわかるよな?」
「わかっているわ」
「なら俺のことを諦めるのが一番だ。恋愛感情なんてその時の状況で変わるもので、今は初めてできた同い年の男に気持ちが誤解しているだけ。時間が経てば忘れる」
「それは無理よ。だって私、あなたの生き方が素敵だと思ったんだもの。あなたの一生を近くで見たいと思ったの。これからどうやって生きて、どんな経験をして、どんな最後を迎えるのか。私はあなたの全てを見届けたいと思った。頭がおかしいと言われても気にしないわ。これは私が決めたことであり、例え世界の全員に否定されてもやめる気は無い」
シュヴィーナはそう言いながら自分の胸に手を当てると、自身の言葉を刻み込むようにそっと目を閉じた。
俺はそんな彼女の様子を見たあと、思わず手で目を覆い天井を見上げる。
(何でこうなった…)
最初の頃は俺の考えも価値観も理解できないと言っていたし、ライアンとの決闘後も非難するように俺のことを見ていた。
そんな彼女が、まるで運命の出会いでもしたかのように俺の全てを受け入れ、それでもそばにいたいと言ってくる。
俺はそんな彼女が理解できなくて、思わず大きなため息を吐く。
(これ、どうやって断ればいいんだ…あ)
もはや彼女の思いはフィエラと遜色ないほどに重いものとなっており、色々と理由を考えてはみるがどれも確実とは言えなかった。
しかし、俺はここで1人の少女のことを思い出し、彼女を理由に断ればいけるのではと考える。
「お前の気持ちはよくわかった。だがやはり無理だ。お前には言ってなかったが、俺には婚約者がいる。お前と婚約者が会えば面倒ごとになるのは確実だし、お前とはここまでだ」
「そのことなら予想できていたわ」
「は?」
これならシュヴィーナをここに置いていけると思っていたのだが、彼女のまさかの返答に思わず素で聞き返してしまった。
「エイルは言わなかったけど、あなたが帝国の貴族だってことはわかっていたわ。それに、あなたの本当の姿はとてもかっこいいもの。婚約者がいることだって予想はできてた。
それでも私はあなたと一緒にいることに決めたの。これ以上は何を言われても気持ちは変わらないわ。それに、帝国は一夫多妻制でしょう?私にだって十分にチャンスはあると思っているわ」
(終わった…)
シュヴィーナが婚約者を気にしないと言っている以上、これ以上の理由は意味をなさないし、俺が帝国の貴族だとバレているため、例え置いていったとしても勝手についてくる可能性がある。
そして、帝国の貴族の子供はシュゼット帝国学園の試験を受けるのが大半のため、そこで出くわすのは確実だと言えた。
「もう好きにしてくれ。俺は疲れたから寝る」
「ありがとう!急いで準備するわね!」
俺はもう何度目になるのかわからない精神的疲労により彼女の部屋を出ると、扉の奥からは荷造りをするような物音が聞こえだす。
「はぁ。もう死にたい。俺はいったい何をやっているんだろうか」
結局シュヴィーナを説得することができなかった俺は、重い足を引きずりながら部屋へと戻るのであった。
そしてその日の夜。俺たちが明日この国を出ることをセシルに伝えると、彼女はいつもより豪勢な料理を作り、ケイリーたちも呼んで盛大な送別会を開いてくれたのであった。
〜sideシュヴィーナ〜
ルイスに同行する事が決まったシュヴィーナはその日の夜、ルイスたちが眠ったあとセシルとペイルの2人と話をしていた。
「私、このままエイルについていくことに決めたわ!」
シュヴィーナは持っていた木のカップを机に強く置きながら、両親を強い意志を込めた瞳で見つめる。
「そう。わかったわ。あまり迷惑をかけないようにね」
しかし、シュヴィーナが覚悟を決めて言ったのに対し、セシルはあっさりと了承する。
「え?止めたりしないの?」
「そんな無駄なことするわけないでしょう?シュヴィの意志が硬いのは見てて伝わってくるし、あなたがエイルさんを好きなのも胸焼けしそうなほど伝わってくるもの。彼が良いと言ったのなら、私たちは何も言わないわ」
「そうだよ、シュヴィ。私がお前の気持ちに気付いたのは最近だけれど、娘の恋愛は応援したいと思っているよ。だから後悔が残らないよう頑張るんだよ」
「ありがとう。お父さん、お母さん」
シュヴィーナは2人に認められたことが嬉しくて思わず涙を滲ませ、2人はそんな彼女を優しく抱きしめる。
「それでシュヴィ。エイルさんのどんなところが好きになったの?」
「と、突然なに?!」
それからしばらく泣いて落ち着くと、セシルはシュヴィーナにニコニコと笑いながらそんなことを尋ねる。
「ふふ。私、娘と恋バナするのが夢だったのよ。まさかこんなに早く夢が叶うとは思わなかったけれどね。それで?どんなところなのかしら?」
「えっ…と。最初はただの憧れだったの。魔法も武術も一流の彼がかっこよくて、私もあんな風になりたいと思った。それに、いつもは怠そうにしてても、戦いの時は人が変わったように楽しそうな彼がとても印象的で、次第に彼のことが知りたいって思うようになったの。
でも、見ての通り彼は秘密ばかりが多くて全然私に心を開いてくれないし、ライアン様とのことでエイルのことがさらにわからなくなったわ。
そんな時、ヒュドラと彼の戦いを見て私は感動した。私が知っている人たちはみんな生きるために戦っていて、死にそうになったら生きるために逃げる人もいた。
でも、彼は生きるために逃げるとか、逃げるために力を残すなんてことは考えず、最初から最後まで全力だった。
私、そんな彼を見て思ったの。あれが本当に生きるってことなんだって。生きるために戦うとか逃げる方法を考えるんじゃなくて、生きている瞬間一つ一つに全力になって、死んでも構わないってくらい全力で命を懸ける。
ヒュドラと戦っていた時のエイルは死にそうなのに本当に楽しそうで、私はそんな彼の生き方を本当に綺麗だって思った。
それと同時に、私は彼の一生を近くで見続けたいと思ったの。彼が今後どんな経験をして、どんな最後を迎えるのか知りたいと思ったの。
そう思った時には、私は彼に惚れていたわ。…ううん。もともと彼のことが好きだった。でも、前は彼を失うのが怖かったんだと思う。だから彼の価値観も考え方も否定したし、認めたくなかったんだと思うわ。
今は違うけれどね。ふふ。私、変かな?」
シュヴィーナはそう言うと、自分でも考え方がおかしいと思っているのか、自虐気味に自身のことを笑った。
「そうね。一般的に見れば、あなたの愛はとても重くて理解されないと思うわ。でも、エイルさん相手ならそれくらいじゃ無いとダメだと思うわよ」
「どうして?」
「私の勘だけれど、彼の心は既にどうにもならない程に壊れていると思うの。それこそ無駄な感情を捨て、残っているのは自分の目的を叶えることくらいね。
そんな人に普通の恋愛感情なんか抱いても、絶対に振り向いてくれないわ。シュヴィが彼と距離を置こうとした瞬間、彼はきっとあなたの前から消えていなくなる。だから例え振り向いてくれなくても、何があっても絶対に離れないってくらいの強い思いがないとシュヴィの願いは叶わないと思うの」
「そっか」
自身の思いを否定されるかもしれないと思っていたシュヴィーナは、セシルの言葉を聞いて胸が暖かくなる。
「でもね、シュヴィ。彼についていくのは過酷な道よ。ステラが言っていたから間違いないわ。もしかしたら、あなたも死んでしまうかもしれない。覚悟はできてるの?」
ステラとは、セシルが契約している最上級の星の精霊である。
星の精霊は最上級精霊の中でも高い攻撃力を持っており、さらに星を使って人の運命を占うこともできるのだ。
「うん。お父さんとお母さんには申し訳ないけど、私はもう彼無しでは生きていけないわ。
だから、彼と一緒にいられるならこの命だって惜しくは無い。
それに、彼の一生を見届けたら、もともとそのつもりだったの。彼がいない人生なんて、私には何の価値もないもの」
「…そう」
セシルはシュヴィーナの思いを聞いて少しだけ悲しそうな表情になるが、これ以上の言葉は意味がないだろうと思い、座っていた椅子から立ってシュヴィーナをもう一度抱きしめる。
「シュヴィ。小さい頃、あまり面倒を見てあげられなくてごめんなさいね。ずっと、小さいあなたに寂しい思いをさせていたことを後悔していたわ。
私は…いいえ。私たちはあなたのことを心の底から愛している。そのことを忘れないでね」
「そうだよ、シュヴィ。お前は私たちのたった1人の娘なんだからね」
シュヴィーナは子供の頃、2人とも自分のことをあまり愛していないんだと思っていたが、こうして2人に愛していると言われると、目の奥が熱くなり、自然と涙が溢れてしまう。
「私も。2人のことが大好きよ」
「ふふ。ありがとう」
その後、シュヴィーナはセシルに抱きしめられながら、泣き疲れて眠るまで両親の愛情をたくさん注いでもらうのであった。
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