第122話 月の精霊
宝物庫を出た後、俺たちはケイリー案内されながら王城の最上階へとやってきた。
「この扉の先だ。さぁ、入ってくれ」
ケイリーはそう言って扉を開けると、俺たちを中へと入れてくれる。
「これは転移魔法陣?」
部屋の中へと入ると、そこには床一面に描かれた転移用の魔法陣があり、ケイリーはその中央でナイフを片手に何やら準備をしていた。
「その通りだ。しかし、この魔法陣は少し特殊なものでな。我々王族の血を魔法陣の真ん中に垂らさなければ反応することが無いようにできている」
ケイリーは転移魔法陣に興味を持っていた俺に説明をしてくれるが、彼の話を聞いて一つの疑問が浮かんだ。
「そうなんですね。しかし、これはいったい誰が作ったんですか?転移に関しては、ダンジョンの魔法陣かアイテムでしかできないはずですが」
俺が疑問に思ったのはこの点で、現代では転移魔法はもちろん、魔法陣の全てを理解している人もおらず、この場所がダンジョンであるわけも無いので何故ここにそんな特殊な魔法陣があるのか分からなかった。
「これは随分昔にこの国を訪れた魔法使いが描いてくれたそうだ。その魔法使いは自分のことを魔法が使えない魔法使いだと言っていて、何か気になることを調べるためにこの国に来たらしい。その時のお礼にと、当時研究していた魔法陣の知識を活かし、ここに転移用の魔法陣を描いてくれたと聞いている」
「魔法が使えない魔法使い…」
「あぁ。確か名前は、イガル・スカーレットだったか。かなりの魔法知識を持った男だったときいている」
(やはりか)
どうやらこの場所に魔法陣を描いたのはソニアの先祖であり、初代賢者だったようだ。
そんな彼が何を調べるためにここへきたのかは分からないが、俺はなんとなくその理由が前に手に入れた本に書いているような気がした。
(気にはなるが、今はまだ分からないからいいか)
「それじゃあ移動しようと思うが、いいか?」
俺が本のことについて考えていると、準備を終えたケイリーが移動して良いか尋ねてくる。
「ちなみに、この魔法陣はどこにつながっているんですか?」
「それは着いてからのお楽しみだ。それじゃあ移動しよう」
ケイリーはそう言ってナイフで手を軽く切ると、魔法陣の中心へと何滴か血を垂らす。
すると、魔法陣はまるで血のように赤く光り輝き、俺たちはあまりの眩しさに目を閉じる。
「これが世界樹…」
光が収まり目を開けると、目の前には横幅が見えないほどに太い樹があり、俺はすぐにそれが世界樹であることを理解した。
「その通り。あの転移魔法陣は世界樹の前に着くようにできていると言うわけだ。ここまでくるのは遠いから、これのおかげですごく楽ができているよ」
どうやらシュヴィーナに聞いた件の答えがこれだったようで、確かに転移魔法陣を使えばすぐに世界樹の様子を見にくることができるだろう。
「そうなんですね。ですが、何故ここに?魔法を教わるだけなら王城でも良かったのでは?」
「通常であればそうだな。しかし、今回教えるのは精霊魔法だ。精霊魔法を覚えるには自然との親和性が高く無いといけない。
だから自然を壊して領土を広げる人族などは精霊に嫌われる傾向にあるが、君はドーナに好かれていたと聞いた。だからもしかすると、この国で一番偉大な世界樹のもとで精霊に触れれば、あるいは精霊と契約できるかもしれないと思ってね」
「なるほど」
確かにこの場所は自然魔力も濃く、世界樹のそばにいるだけで生命エネルギーのようなものを強く感じる。
「やる事は簡単だ。世界樹に触れながら意識を集中するだけでいい。あとは精霊が君に興味を持てば彼らから干渉してくるはずだ」
「わかりました。フィエラたちはここで待っててくれ」
「わかった」
フィエラたちのもとから離れた俺は、1人で世界樹の根元まで向かい、その太い幹にそっと触れる。
(凄いエネルギーだ。触れただけで体に力が流れ込んでくる)
俺は世界樹のとてつもない生命エネルギーを感じながら目を閉じると、その瞬間体から魂が抜けたかのように森全体を見渡せるようになり、まるで自分がこの森そのものになったような感覚になる。
そして、自然と体から魔力が世界樹へと流れ込み、次に目を開けた時には先ほどまで青かった空が暗くなり、真ん中には満月が浮かんでいた。
「これはどういうこと?なんで急に夜になったの」
後ろからシュヴィーナの困惑したような声が聞こえてくるが、俺はそれを無視して世界樹のことを見上げる。
「……」
そこには俺の銀髪とは違った青白く輝く長髪に、月のように丸い琥珀の瞳。そして夜明けを思わせる濃紺のドレスを見に纏った美少女が、こちらをじっと見下ろしていた。
「あれはまさか…」
ケイリーは彼女の正体を知っているようだが、今は世界の全てが寝静まったように静かで、それ以上の言葉を発することを許さない雰囲気があった。
そして、その少女は俺の目の前にふわりと降り立つと、その綺麗な口をゆっくりと動かす。
「みつけた」
「みつけた?…んぐっ」
俺が疑問に思いながら同じ言葉を繰り返すと、彼女は俺の首に腕を回して引き寄せ、躊躇いなく唇を重ね合わせてくる。
その行為は数秒間続き、満足そうに唇を離した彼女は、今度は俺の耳元に顔を近づけて静かに呟く。
「今度はあなたが私を見つけて」
「どういうことだ」
「待ってるから」
彼女はその言葉を最後に姿が消え、先ほどまで暗かった空も青色へと戻る。
「エル」
「…ん?」
俺はそれからしばらく世界樹を眺めていると、後ろから近づいてきたフィエラに声をかけられて振り返る。すると、そこには少し怒った様子のフィエラがこちらをじっと見つめていた。
「どうした」
「今、キスしてた」
「あぁ。したというよりされたんだけどな」
「私、嫉妬した。あの子誰」
「さぁな。俺も分からん」
「あれは月の精霊だ」
フィエラに尋ねられて改めて彼女が誰なのか考えていると、あの子の正体を知っているケイリーが彼女のことを教えてくれる。
「月の精霊?聞いたことがありませんね」
「そうだろうな。月の精霊の記録はほとんど残っておらず、我々王族の間にだけ伝わる伝説のようなものだ。私もこの目で見たのは初めてだよ」
「なるほど、伝説の精霊ですか。確かにとてつもない力を感じました。それも幻想種以上、それこそ神に匹敵するような力を」
「その感覚は間違っていない。月の精霊は幻想種である精霊王よりも高位の存在で、この世に2体しかいない原初の精霊と呼ばれている。もう1体は太陽の精霊で、太陽と月はこの世界の始まりと共に存在し、世界の全てを見てきたそうだ。
その後、原初の2体は世界を豊かにするため太陽は世界に恵みを与え、月は暗い世界を照らすただ一つの光となった。
そして、この2つの光によって世界は安定し、精霊王を始めとした数多くの精霊たちが誕生したと聞いている。
だが、その後は2体とも突然姿を消してしまい、今はその力の象徴である太陽と月だけが我々を照らしてくれていると言う話だ」
「原初の精霊か」
「エイル。本当に知らない子なの?」
「あぁ。知らないな」
「なら、どうしてあんなにもあなたのことを愛おしそうに…」
シュヴィーナはそう言うと、悔しさと悲しさが入り混じったような複雑な表情で俯き、手のひらを強く握った。
「とりあえず今は戻ろう。話はそのあとでもいいんじゃないか?」
ケイリーは俺たちのことを気遣ってかそう言うと、来た時と同じように魔法陣に血を垂らし、俺たちは王城へと戻った。
(フィエラやシュヴィーナがさっきの件でどう思おうがどうでもいいけど、それよりあの精霊が気になるな。確かに初めて会うはずなのに、何で懐かしい感じがするんだ?それに、あの力の雰囲気は確か…)
そして、今日の予定が全て終わった俺たちは、それぞれ考え事をしながらシュヴィーナの家へと帰るのであった。
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