第119話 進化
「もう結界魔法を何重にも張る魔力すら勿体無いな」
シュヴィーナのもとからヒュドラの毒の霧近くまで戻ってきたルイスは、自身にかけていた結界魔法を一枚まで減らし、未だ血が流れ続ける左腕のちぎれた箇所を火魔法で焼いて止血する。
「これでとりあえずはいいか」
ルイスは左腕の血が止まったことを確認すると、ゆっくりと霧の中へと向かって歩いて行く。
「さっきより毒が結界の中に入ってくるな。これは長く持たなそうだ。だが…それがいい!!」
自身の体が先ほどよりもさらに毒に侵されているにも関わらず、ルイスは実に楽しそうに笑うと、迷いなくヒュドラへと向かって突き進む。
ルイスが目の前に現れたことでヒュドラも彼を敵として睨むと、ルイスにとどめを刺そうと毒の玉や噛みつきで攻撃をしようとする。
「くはは!!それはさっきも見たぞ!」
しかし、ルイスがヒュドラとの持久戦を選んだことで、戦う手段があまり多くなかったヒュドラの攻撃は完璧にルイスに見切られてしまう。
それでもヒュドラにも魔物としてのプライドがある為、多数ある首を活かしてルイスに休む間も与えず攻撃を仕掛け、それを避ける為に動き回るルイスの体は内側から毒によって急速に侵食されていく。
「ごふっ…」
肺のほとんどが毒に侵されたルイスは、思わず血を吐き出してしまうが、それでも足を止めることなくヒュドラの攻撃を避け続けた。
「チッ。これじゃあ近づけないな。仕方ない。『加速』」
ルイスはこのままでは自分が死ぬことになると判断すると、時空間魔法の加速を使い、一瞬のうちにヒュドラの目の前へと移動する。
「フッ!」
ヒュドラは突然目の前に現れたルイスに驚愕し動きを止めると、ルイスは片手で握ったイグニードを全力で振り下ろした。
「ギュアアア!!」
「はは!!どうだ!俺の時空間魔法は!驚いたかよ!!」
ルイスが使用した加速とは、体の筋肉を強化して速度を上げる身体強化とは違い時間そのものに干渉することができ、加速しているのはルイスではなく時間そのものである為、相手には時間が数秒ほど飛んだように感じるのだ。
しかし、加速の効果は絶大であるのと引き換えに加速を使用した際に脳にかかる負担は大きく、加速を使用する時間や頻度によって脳が耐えきれず死んでしまう可能性が高くなるのだ。
「視界がなんか赤いな」
ルイスはそう言って頬に手を当てると、ぬるりとした感触により目から出た血が頬を流れていることを理解する。
「チッ。今の数秒だけでも脳が完全に処理しきれなかったのか」
ルイスは現在の状況を正確に理解するが、加速の使用をやめるつもりは無く、その後も何度も加速を使用しながらヒュドラにダメージを与えて行く。
「はぁ、はぁ…ごほっ!ごほっ!」
しかし、最初に膝を付いたのはルイスの方で、毒の霧と時空間魔法による負担により彼の体は既に生きていることすら不思議なほどにボロボロだった。
「くっそ。まだ遊び足りないってのに」
ヒュドラの魔力も残りわずかとなっており、既に回復を捨ててルイスを殺すことに全力だったヒュドラの体は何箇所も鱗が剥がれ、身体中が切り傷や火傷で最初のような余裕は微塵もなかった。
そして、未だ膝を付いたまま動けないルイスにとどめを刺そうと口を大きく開けたヒュドラは、そのまま勢いよくルイスに噛みついた。
「うっ!…フィエラ?」
しかし、ヒュドラに噛み殺されそうだったルイスを毒の霧に突っ込みギリギリのところで助けたのは、これまで石を投げたりしながらルイスをサポートしていたフィエラで、彼女はルイスを抱えたまま毒の霧を抜けると、シュヴィーナがいる付近へと辿り着く。
「フィエラ!お前余計なことしやがって!!」
フィエラによって助けられたルイスではあったが、ヒュドラとの戦いに水を刺されたことで感謝よりも怒りが勝り、思わずフィエラを怒鳴ってしまう。
「ルイス。あなたが死ぬのは今ではありません。今死ねば、あなたの目的を叶える最後のチャンスを逃すことになりますよ。それでもよろしいのですか?」
「お前、何を言って…」
ルイスは冷静になってフィエラのことを見ると、いつもは紫色の瞳が今は黄金色になっており、それはまるで神のような威圧感を放っていた。
「まさか、オーリエンス」
「はい。ですが今は時間がありませんので簡潔に言います。あなたが死を恐れず戦い、そしてその戦い自体を楽しむことを私は止めません。
ですが、本当に死ねば今の運命から抜け出す最後のチャンスを逃し、あなたは永遠に死ぬことが出来なくなります。
死ぬかもしれないという状況を楽しむあなたにとっては酷な話かもしれませんが、まだ死んではいけません。来るべき時を乗り越えてから死ぬのです。そうすれば、あなたの願いは叶いますから」
「その来るべき時って何なんだ」
「それはまだ言えません。学園に入学後、必ず神聖国にある大聖堂を訪ねてください。その時にお教えいたします。くっ…そろそろ限界のようですね。
最後に、私はあなたの過去を全て知っています。どれだけ傷ついたのかも…ですが、この子だけは信じてあげてください。この子はあなたの為に…」
「…は?それはどういう」
「ふふ。いずれ分かりますよ。ではルイス、お元気で。またお会いしましょう」
オーリエンスはそう言うとフィエラの体から出て行ったのか、彼女は力無くルイスの方へと倒れる。
「フィエラが死んだ?どういうことだ」
ルイスはオーリエンスが最後に言った言葉を思い返しながら、受け止めた彼女のことを眺める。
「いや、今はそんなことを気にしている場合じゃ無い。ヒュドラを何とかしないとな」
「ルイス!フィエラは大丈夫なの?!」
フィエラを地面に横に寝かせたルイスは、彼らに気づいて近づいてきたシュヴィーナの方へと顔を向けると、フィエラを心配しているシュヴィーナに指示を出す。
「フィエラは問題ない。それより、お前に頼みがある」
「頼み?」
「あぁ。俺が合図をしたら、ドーナの力を使ってヒュドラの動きを止めてくれ。その間に俺がやつを仕留める」
「…わかったわ。合図は?」
ルイスはシュヴィーナが自身のことを止めず合図について聞いてきたことに少しだけ驚き、ヒュドラから視線を外して彼女の方を見る。
「止めないんだな?」
「今更でしょう?あなたはいくら止めても死にに行くことはやめないだろうし、何より楽しそうだもの。止められるわけないじゃない」
「そうか」
「それで、合図は?」
改めて合図について聞いてきたシュヴィーナに対して、ルイスは自分が考えている作戦と合図について説明すると、またヒュドラのいる場所へと向かってかけて行く。
「さぁ!ヒュドラ!最後の殺り合だ!!全力で楽しもうぜ!!」
ルイスはヒュドラに向かってそう言い放つと、火魔法とイグニードのみでヒュドラに攻撃を仕掛けて行く。
ヒュドラは今にも死んでしまいそうなルイスに今度こそとどめを刺すため、毒のブレスや踏み付けで反撃をする。
それから数分間、ルイスを全力で殺そうとしていたヒュドラの魔力はついに底をつき、種族魔法である毒の霧もゆっくりと霧散して行く。
「今だ!」
ルイスはヒュドラの体が霧から僅かに出た瞬間、火球を空へと撃ち放ちシュヴィーナへと合図を送る。
「合図だわ。ドーナ。私の魔力を全て持っていっても構わないわ。何なら命すらも差し出す。だから、あの人がとどめを刺せるようにしてあげて!」
ドーナを召喚したシュヴィーナは、ありったけの魔力をドーナに注ぎ込むと、膝をついて呼吸を荒くし、朦朧とする意識の中なんとか意識を失わないように耐える。
「ダメ。ここで意識を失えばドーナが消えてしまう。何としても耐えなくちゃ」
シュヴィーナに大量の魔力を注ぎ込まれたドーナは眩く光り輝くと、そこにはいつもよりも大きくなったドーナの姿があり、溢れ出る魔力は上級精霊そのものだった。
「シュヴィ。あとは大丈夫。ドーナがあの人を助けるから」
上級精霊へと進化したドーナはそう言ってシュヴィーナを休ませると、ヒュドラに向かって両腕を伸ばし、地面からこれまで以上に太く丈夫な木の根を生えさせる。
「これ以上、私たちの森で好きにはさせない!!」
木の根を操作したドーナは、その根をヒュドラの体や首に巻きつけると、動かないようにしっかりと固定する。
「これで終わりだ『次元斬』!!!」
「ギュアアアァァァ…」
ルイスは時空間魔法を使用してイグニードを一閃すると、その斬撃は次元を超えて10の斬撃へと変わり、全ての首と胴体を両断してヒュドラの命に終わりを告げた。
「はぁ、はぁ…」
最後の魔力を使い切ったルイスは剣を支えに膝をつくと、ヒュドラが回復しないことを確認してから意識を手放した。
「ヒヒヒ。これはとんでもない戦いを見てしまいましたね。あの少年も危険ですが、その仲間たちも今後は私たちの脅威となるでしょう。ここで始末してしまいましょうかねぇ?」
「魔族のおじさん。ドーナがそんなことを許すと思う?」
最後まで戦いを見ているだけだったウールは、ルイスたちの危険性を理解してとどめを刺そうか考え出すが、それよりも先にドーナが蔓を使ってウールのことを拘束した。
「ヒヒヒ。まさかまさか。そんなことはしませんよ。精霊は本当に怖いですねぇ」
ウールはそう言って霧のように消えて拘束から抜け出すと、ヒュドラの近くに現れて何やら作業を行う。
「私はヒュドラの血と鱗があれば十分ですよ。それでは、またどこかでお会いしましょう」
最後に不敵に笑ったウールはそう言うと、エルフ国の外に移動したのかドーナの探知魔法でも見失ってしまった。
「気持ち悪いおじさんだったな。それより、エイルたちを何とかしないと」
この場に1人だけ残ったドーナは、その後気を失ったルイスたちを一箇所へと集め、彼らが意識を取り戻すまでその場で見張を行うのであった。
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