第118話 あなたの為に
ライアンを倒したシュヴィーナと合流したルイスは、さっそく彼女にこちらの状況を伝え、彼女もヒュドラの戦闘へと加わらせる。
「おやおや?あなたがいるということは、ライアン様はお亡くなりに?」
ルイスのもとから離れたシュヴィーナへと話しかけたのは、これまで戦いを観戦していたウールだった。
「えぇ。私が始末したわ」
「ヒヒヒ。そうですかそうですか。あの方も、愛しい女性に殺されて喜んでいるでしょうとも。それより、あなたにはあれと戦った時の感想を是非とも聞かせて欲しいですねぇ」
「感想ですって?」
「えぇ、えぇ。ライアン様に飲んでいただいた薬は私が作っている薬なんですがね?これまで人に使ったことは無かったのですよ。なので、どれほど戦えるのか、薬に使った魔物の能力はどこまで使えたのか、そこら辺の情報を詳しく聞きたいのですよ」
ウールはそう言いながら薄気味悪く笑うが、シュヴィーナはそんな彼を嫌悪感を隠すことなく睨み返す。
「そう。あなたがあの人をあんな風にしたのね」
「いえいえ。私は力を授けると言って薬を渡しただけですよ。あれを飲む選択をしたのはライアン様であって、私が強制したわけではありません。あれが彼の選択であり、彼の結末だったと言うだけです。
それに、あなたもあんな男に執着されて困っていたのでしょう?むしろ死んでくれて楽になったのでは?」
「…確かに、帰ってきてからのライアンは異様なまでに私に執着していて精神的にも辛かったし気分の良いものでも無かったわ。
だけど、あの人は私が幼いからから面倒を見てくれて、友達のいなかった私と遊んでくれた家族のような人だった。そんな彼に甘い言葉をかけあんな風にしたあなたを、私は絶対に許さないわ」
シュヴィーナはウールの言葉に毅然とした態度で言葉を返すと、殺気を込めた瞳でもう一度ウールを睨む。
「ヒヒ。それは楽しみですねぇ。もちろん私の第一は研究ですが、その次くらいにはあなたと戦える日を心待ちにしておりますよ」
ウールはそんなシュヴィーナの視線を笑いながら受け流すと、霧のように消えて彼女のもとを離れて行く。
「絶対にあなたは私が殺すわ」
シュヴィーナはウールが先ほどまでいた場所を見つめながらそう呟くと、今はヒュドラに集中するため前を向き弓を構える。
そして、ヒュドラと激しい戦闘を繰り広げているルイスやフィエラをサポートするため、矢を放って行くのであった。
シュヴィーナと別れた後、ルイスはヒュドラに回復魔法と種族魔法を使わせるため、フィエラと2人でこれまで通りヒュドラの頭を落として行く。
「そろそろ種族魔法を使いそうだな」
ヒュドラの様子は未だ余裕を見せるように堂々としているが、魔力的には残り3割ほどで、回復も少しずつ追いつかなくなってきている。
「グルァァァァアア!!!」
すると、ヒュドラが突然大きな声で鳴き、それだけで空気が歪むようなほどの圧力がルイスやフィエラへと襲いかかる。
「来るな。フィエラ!一度距離を取れ!」
いよいよヒュドラが種族魔法を使おうとしていることを悟ったルイスは、一度距離を取るよう指示を出し、自身もヒュドラの全体が見える位置まで下がる。
「さて、どんな能力かな」
ルイスはヒュドラがどんな種族魔法を使うのかワクワクしながら眺めていると、突然ヒュドラの体から紫色の煙が溢れ出し、それはヒュドラの体を包み込むように広がって行く。
「あれは、封印が解けかけていた時に漏れ出ていた霧と同じか」
それは以前、ヒュドラの封印場所を確認しに来たルイスたちが目にした紫色の霧と同じであり、明らかに毒を含んでいることが察せられた。
ただ違ったのは、その毒は以前よりもさらに強力なものとなっており、周囲にある樹だけでなく、地面すらも腐敗させ毒沼へと変えて行く。
「あれはまずいな。俺は魔法で薄めることはできそうだが、フィエラは近づけないだろう」
「エル」
どうしたものかと考えながらヒュドラの様子を見ていると、ルイスは近くに寄ってきたフィエラに声をかけられる。
「…何をする気だ?」
そして、呼ばれた方に顔を向けてみると、そこには大きめの石をいくつか手に持ったフィエラが立っており、何故か腕を回して準備運動をしているようだった。
「投げる」
「まじで?」
「ん。普通に投げたらダメだけど、闘気を纏わせればいけるはず」
「なるほど」
どうやらフィエラもあの毒に触れるのが危険だということは理解しているのか、彼女なりに考えた結果、闘気を纏わせた石を投げることにしたようだ。
「なら、お前はシュヴィーナと2人で遠距離であいつの気を引け。俺はその隙にあいつの魔力をさらに削る」
「わかった」
フィエラはルイスの指示を聞くと、シュヴィーナとは反対側に移動してすぐに石を投擲し始める。
「んじゃ、俺も行きますか」
ルイスは自身に何重にも状態異常回復の魔法を使い、さらに体に密着するような形で結界魔法も張る。
そして、ゆっくりと毒の霧へと入ると、特に問題がない事を確認する。
「やっぱり完全には防げないが、これくらいなら問題ないな」
少しずつ自分の体が毒に侵されているような感覚はあるが、この程度であれば戦うことができるし、何より時間制限があるこの戦いを楽しいと感じていた。
「俺が先に死ぬか、お前が先に殺されるか。どちらかが死ぬまで楽しもうぜ!」
ルイスはそう言ってイグニードに炎と闘気を纏わせると、これまで通りヒュドラへと攻撃をして行く。
ヒュドラは近づいてくるルイスに毒の玉を吐きかけたり毒のブレスを放ったりして近づかせないようにするが、ルイスはそれを全て躱わすと、炎の斬撃を下から切り上げ、縦にヒュドラの首を一つ切り裂く。
しかし、これまで首を切られて少しだけ怯んでいたヒュドラだったが、今度は首を切られても怯むことはなく、他の首で攻撃後のルイスへと噛み殺そうとする。
「はは!いいねぇ!そうこなくっちゃなぁ!!」
ヒュドラがなりふり構わず自身を殺そうとしていることが嬉しかったルイスは、思わず笑いながらヒュドラの攻撃を躱していく。
「くっ!!」
全ての攻撃を避けたと思っていたルイスであったが、毒の霧で視界が悪く、しかもこれまで一度も使うことのなかった尻尾による攻撃を予測していなかったため、尻尾による振り下ろしを剣で受け止める結果となった。
「クソが!!」
ヒュドラの重い一撃を何とか流し切ったルイスであったが、ヒュドラは自分をここまで傷つけたルイスを許すつもりはなく、容赦なく首たちで追撃を仕掛けて行く。
「がはっ!!」
そして、ヒュドラの首の一つがルイスの左腕に噛み付くと、そのまま首を振り回して地面に叩きつけようとする。
しかし、ルイスの腕が振り下ろされた速さに耐えることができず、そのまま引きちぎれて霧の向こうへと飛んでいった。
「ぐふっ!!!」
ルイスは霧の向こうへと飛ばされると、太い樹にぶつかり、腹の底から込み上げてくる血を吐き出した。
「エイル!」
吹き飛ばされた先にいたシュヴィーナは、慌てた様子でルイスに駆け寄ると、持っていたポーションを急いでルイスへとかける。
「あなた腕が!!大丈夫なの?!」
「あっははははは!!!」
シュヴィーナはルイスの状態を見て酷く動揺するが、ルイスはそんな彼女を見ることなく立ち上がると、実に楽しそうに大きな声で笑った。
「エ、エイル?」
「くくく!あぁ、たまんねぇ!最高だ!」
ルイスはそう言って再びヒュドラのもとへと向かおうとするが、そんな彼の腕をシュヴィーナは思わず掴んでしまう。
「待って!その傷で向かうつもりなの?」
「当然。こんな楽しいこと、やめられるわけがないだろ?」
ルイスはそう言ってシュヴィーナに笑いかけると、シュヴィーナは初め見る彼の屈託のない子供のような笑顔に手を離してしまった。
「…やっぱり止められないのね。なら、私も…」
シュヴィーナは楽しそうに死地へと向かうルイスを見つめながら、自身も密かに覚悟を決めるのであった。
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