第117話 浄化の炎

 ヒュドラにいくらダメージを与えても回復してしまうことを知ったルイスたちは、まずはその回復に使われている魔力から削ることにした。


 フィエラはこれまで通り速さを活かしてヒュドラの頭たちを躱しつつ、闘気を纏わせた手刀や殴打でダメージを与え、ルイスはイグニードで鱗のない部分を巧みに切りながら確実にヒュドラへと攻撃を当てて行く。


「チッ。持久戦だとは言ったが、さすがにタフ過ぎるな」


 しかし、ヒュドラの巨体に対してルイスたちが与えるダメージはそれほど大きく無く、次の回復まで追い込むにはかなりの時間がかかりそうだった。


「こうなったら…フィエラ!一旦戻ってこい!」


 ルイスがそう声をかけると、フィエラは最後に一発ヒュドラに叩き込み、すぐにルイサの横へと戻ってくる。


「どうしたの?」


「思ったよりダメージが入ってないからな。他の方法で行く」


「どんな?」


「燃やす」


 ルイスはそう言ってイグニードを握ったまま巨大な蒼い炎の玉を作ると、それをヒュドラに向けて放った。


「ギュアアア!!!!」


 ヒュドラに当たった蒼い炎は、そのままヒュドラの体に纏わりつくように燃え広がり、鱗のない部分が火傷によって酷い有様へと変わっていく。


 さらに、先ほどまで流れていた猛毒が含まれた血はまるで浄化されるように蒸発し、毒を無かったものへと変えて行く。


「効いた」


「炎には浄化の効果があるんだ」


「浄化?」


「あぁ。浄化って言えば、基本的には光魔法だって思われがちだが、炎にも浄化の効果がある。例えばアンデット。あれには光魔法以外だと火魔法が効くし、人や魔物の死体を焼くときもアンデットにならないよう火で焼くだろ?だから火には浄化の力があって、ヒュドラはそれで苦しんでいるってわけだ」


「なるほど」


 実際、光魔法は特殊魔法であり、使えるものが他の魔法に比べると少ない。


 そのため、生活が苦しい村などでは死者を光魔法で浄化するのでは無く、火で焼いてしまうところがほとんどなのである。


「火魔法はやつの毒にも効くみたいだし、魔力自体もイグニードの能力で消費を抑えられる。それと、お前はこれから渡す火魔法が付与されたガントレットを使え。おそらく氷蛇のガントレットより相性がいいはずだ」


「わかった」


 ルイスはストレージから何かに使えると思って買っていたガントレットを取り出すと、未だ炎に燃え苦しむヒュドラを警戒しながら武器が壊れないギリギリまで魔力を込めて付与をする。


 ついでにフィエラが全力で殴っても壊れないよう、耐久力を上げることも忘れない。


「よし、できたぞ」


「ありがと」


 フィエラはルイスから貰ったガントレットを嬉しそうに装備すると、拳と拳をぶつけて耐久力を確認する。


「耐えられそうか」


「問題ない」


 フィエラの殴打は今や並のガントレットでは耐えられないほど強力になっているため、こうしてルイスが付与魔法で強化しなければ武器の方が耐えられないのだ。


「それじゃあやりますか」


「ん」


 ルイスはイグニードに蒼い炎を纏わせてヒュドラに接近すると、さらに闘気も纏わせてヒュドラの首を落とそうと振り抜く。


 その斬撃はヒュドラの鱗すら焼き焦がし、今まで切り落とすことのできなかった首が地面へと落ちた。


「切れたな」


 ヒュドラの首があった場所は、蒼い炎で焼かれたことで切断面が焼け焦げ、周囲には肉が焼けるような香ばしい匂いが広がる。


「ドラゴンの肉はうまいって効いたことがあるが、毒竜でも食えるだろうか」


 肉の焼ける良い匂いに少しだけそんなことを考えるルイスだったが、ヒュドラを警戒することは止めず、切断面の様子も見続けた。


 すると、炎で焼かれた切断面が綺麗に回復すると、そこから先ほど切り落としたはずのヒュドラの頭が生え、また9つへと戻る。


「なるほど。魔力で回復しているわけだから、例え切断面を焼かれても治せるってわけか」


 ルイスは切断面を焼けば首が生えることは無いと考えていたが、どうやらヒュドラの回復魔法は内にある魔力で体を治しているらしく、例え焼いたとしても傷口を内側から治してしまうようだった。


「だが、人間と同じで無くなったものを再生させるにはかなりの魔力が必要みたいだな。今のでそこそこ魔力を削れた」


 ヒュドラの魔力量を確認したルイスは、膨大にあった魔力が最初に比べてかなり減っていることを知り、このまま続けていけばいずれ魔力が底をつくと判断する。


「なら、その首をたくさん切り落としてやるよ」


 最初は思っていたよりも手応えを感じていなかったルイスだが、だんだんヒュドラと戦うことが楽しくなり、追い込まれたヒュドラが何をするのか想像が付かなくて思わず笑ってしまう。


「ふふ。楽しいなぁ。本当に楽しい!」


 その後、ルイスは舞うようにヒュドラの首を笑いながら落として行くと、あたりには巨大な頭がいくつも転がり、その度にヒュドラは首を再生させていく。


 そんなルイスを横目で見たフィエラは、彼の狙いを瞬時に理解し、自身も手刀に炎を纏わせ首に攻撃する。


 だが、剣で切っているルイスとは違い、フィエラのはあくまでも手刀であったため、ルイスのように切り落とすことはできなかった。


 それでも、ヒュドラは傷口を焼かれる痛みや切られる痛みにより悶え苦しみ、その傷を治すために回復魔法を使用する。


「残り半分くらいか」


 そんな戦い方を続けていた結果、ヒュドラの魔力を半分まで減らすことができ、状況としてはかなりルイスたちが優勢と言える状態だった。


「だが、まだ種族魔法は使っていないし、何より手応えがなさすぎる。これならエルフたちでも倒せるはずだが、何かあるのか」


 ルイスはヒュドラの手応えのなさを訝しみながら考えていると、突然近くにあったヒュドラの頭が動き出し、ルイスに牙を立てて噛みつこうとする。


 しかし、ルイスはそんな頭に目を向けることはなく、何故か余裕すら感じさせるヒュドラをじっと眺める。


 そんなルイスにヒュドラの牙が触れようとした瞬間、横から飛んできた矢がその頭を吹き飛ばし、そのまま目を射抜いてまた地面へと転がす。


「油断しすぎよ。今のは危なかったわ」


「よう、シュヴィーナ。油断だと?」


「えぇ。今、ヒュドラの頭があなたに噛みつこうとしていたのよ?私が矢を放たなければ、あなた死んでいたわよ?」


「はは。お前がこっちにきていることを知っていたからな。お前ならやってくれると思ったから放置しただけだよ」


 ルイスはヒュドラの頭が彼に噛みつこうとしていたことには気づいていたが、それと同時にライアンを倒したシュヴィーナがこちらに来ていたことも知っていたため、ヒュドラの頭をシュヴィーナに任せて放置していたのだ。


「…ばか」


 思いもしていなかった返答に少し嬉しくなったシュヴィーナは、照れていることを隠しながらそんなことを言ってしまう。


「さて、こっちに来たってことはもういいんだな?」


「えぇ。あの人もちゃんと殺したし、休みも取ったから大丈夫よ」


「おーけー、ならこっちの状況についてだな。今はフィエラと2人でヒュドラの魔力を削ってるところだ。あいつはどうやら回復魔法が使えるらしく、例え首を落としても魔力がある限り回復し続ける。だから、まずはその回復ができないようにしているってところだ」


「なるほど。それは厄介ね」


 シュヴィーナは周囲の状況やヒュドラについて説明を受けた後、離れたところでこちらの様子を窺っている1人の男についてルイスに尋ねた。


「あの男は?」


「あいつはヒュドラを復活させた魔族だ。だが、自分は研究の方が得意だとかで、戦闘には混ざっていない。警戒は必要だが、今は無視でいい」


「わかったわ」


「そう言えば、お前は矢に火魔法の付与はできるか?」


「できないわ。そもそも火魔法があまり得意では無いの」


「なら、俺がお前の矢に火魔法を付与してやる。火魔法はあいつにかなり効果があるからな」


「ありがとう」


 ルイスはシュヴィーナから矢を預かると、一度指を鳴らし、瞬時に火魔法を付与する。


「終わったぞ」


「相変わらず早いわね」


 シュヴィーナはそんなルイスに呆れながら火魔法が付与された矢を受け取ると、ヒュドラを狙いやすい位置に移動して行く。


「さてと。仕上げに入るか」


 これでルイスの仲間は全て揃い、いよいよルイスたちとヒュドラの最後の戦いが始まるのであった。






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