第120話 まずは回復
「んん…体がだるい…」
俺は外から聞こえる鳥の鳴き声と、何故かこれまでに感じたことのない怠さと共に目を覚ました。
「ん。起きた?」
「…フィエラか?」
横から声がしたので、体を起こしてからそちらに顔を向けてみると、おそらく椅子か何かに座っていたフィエラがこちらへと近づいてくる気配を感じる。
「ここは?」
「シュヴィの家。ヒュドラを倒したあと、私とシュヴィでエルを連れて戻ってきた」
「なるほど。それは迷惑をかけたな」
「大丈夫」
どうやらヒュドラを倒したあと、俺は魔力枯渇とヒュドラの毒の効果により、彼女たちに運ばれてから今まで意識が戻らなかったようだ。
「それで?どれくらい眠ってたんだ?」
「一週間くらい」
「そんなにか」
ヒュドラとの戦いからそんなに経っていないだろうと思っていた俺は、一週間も眠っていたと言われて思わず驚いてしまった。
「ん。それで、体の調子はどう?」
「んー、まだかなり怠さがあるな。あと、左腕の感覚も無いし、目もよく見えない。今どんな状態なんだ?」
「左腕はこの国の治癒師でも治せないって。腕の部分がヒュドラの毒に侵されてて、治せそうに無いらしい。他の部分も同じで、体内にはまだ毒が残っているし、体の表面も毒のせいで腐ってたり紫色に変色してる。目も今は失明状態。生きてることがありえないって」
「はは。すごいな。聞いただけでも何で生きてるのか自分でもわからないくらいだ」
結界魔法で体を守っていたからか、それともオーリエンスが関係しているのか、はたまた他の何かによる力の影響なのか。
理由はどうであれ、とにかく俺は今回も死なずに生き残ったようだ。
(おそらくは、これまで通り学園に入学して主人公に出会うことがこの世界で重要なことだから、何かしらの力で死ぬことができなかったんだろう。だが、それはあまりにもつまらないよなぁ。早く自由に死にたいものだ)
「どうかした?」
「いや、何でもない」
今自分が生きている理由について考えながら黙っていると、少し心配した声音でフィエラが声をかけてきた。
「そっか。でも、何かあったら言って」
「あー、それなら一ついいか?」
「なに?」
「足のあたりが重い気がするんだが、どんな状況なんだ」
「ふふ。それはね…」
俺は目が覚めた時から気になっていた事をフィエラに尋ねると、彼女は何故か嬉しそうに笑い、ゆっくりと俺の耳元に顔を寄せてくる。
「シュヴィが寝てるの。だから起こさないであげてね」
「は?どういうこと?」
「ずっとエルのこと心配してた。朝も昼も夜もエルのもとを離れなくて、意識を失っていたエルの面倒も見てた。もちろん私もだけど」
「まじで?」
「ん。どうするの?シュヴィの気持ち、もうわかってるよね?」
フィエラはそう言いながら、顔を寄せたついでに体も寄せてきて、感覚があまりない右腕に抱きついてくる。
「どうするもなにも、俺にその気はないよ。お前と同じだ」
「それはつまり、シュヴィがついてきたいって言ったら連れて行くの?」
「…いや、こいつとはここまでだ。気持ちに答える気もないのに連れて行くのは俺にもあいつにもよくないだろ」
「私は?」
「お前は…少し気になることがあるからもう少しそばにいろ」
フィエラは覚えていないようだが、俺はオーリエンスが彼女の体を使って話しかけてきた事を忘れていない。
(何故あんなことが起きたのかわからない以上、なるべく近くで様子を見ていた方がいいだろう。突然殺されても面白くないし、殺し合うことになれば正面から殺りあった方が楽しいだろうからな)
俺はそんなことを考えながら黙っていると、フィエラに抱きしめられていた腕がさらに力強く抱きしめられる。
「どうした?」
「…プロポーズされた」
「あほか。なんでそうなるんだよ」
「冗談。わかってる。それよりシュヴィのことは本当にいいの?」
「構わんさ。もともとこいつとはここまでの予定だったし、ちゃんと断ればわかってくれるだろ」
「甘い。エルは恋する女の子を甘く見過ぎ。多分、無理にでもついてくると思う」
「本気で言ってるのか?」
「ん。エルが意識を失っている間、シュヴィはついて行く気満々だった」
「まじかよ」
ただでさえ、今はフィエラなんていう物好きに依存のような感情を向けられているというのに、それにシュヴィーナまで加われば、間違いなく俺が精神的に疲れることは目に見えている。
「仕方ない。面倒ではあるが一度ちゃんと話すしかないな」
「ん。それがいい。でも、まずは体を治さないと」
フィエラはそう言って俺に寄せていた体を離し、肩を軽く押しながら俺のことをベッドへと寝かせる。
「今はゆっくり休んで」
「あぁ。そうさせてもらう」
ベッドに横になりフィエラに布団をかけられた俺は、それから直ぐに眠りへとつき、翌朝シュヴィーナに起こされるまで眠るのであった。
それからさらに一週間後。俺は毎日のように自分に状態異常回復の魔法を使用し続け、何とか左腕の再生と体内の毒を消すことができた。
「うーん。体の毒は何とかできたが、目の方はまだ無理だな」
「難しい?」
「あぁ。目は他の部分より繊細だから、直ぐに治すことは無理そうだ」
しかし、目だけは毒だけでなく時空間魔法で酷使した影響もあるため、回復をするにしても時間がかかり、今は薄っすらと見える程度までしか治せなかった。
「だが、このまま回復魔法を使っていけばいずれ治るだろうし、海底の棲家でやった訓練のおかげで見えてなくても生活はできるから問題ない」
「そっか」
フィエラの声は心なしか元気がなく、それだけで俺を心配してくれていることが伝わってくる。
「エイル!ご飯を持ってきたわ!」
「ありがとう、シュヴィーナ」
料理を持って部屋へとやってきたシュヴィーナは、近くにあるテーブルに料理を並べると、俺の手を掴んでゆっくりと立たせる。
「そこまでしなくてもいいぞ」
「でも、あまり見えていないのでしょう?何かに躓いたら危ないじゃない」
「はぁ。まぁいいや」
あの日以降、シュヴィーナは何かと俺の世話を焼くようになった。
最初の頃は腕の感覚もなかったので、食事のたびに食べさせようとしてくるし、俺の髪を梳かしたり寝るまで見てたりと、まるで姉か母親のように構ってきた。
「あの時に比べればマシだな」
何かと構ってきて面倒だったし、何よりそれで楽しそうにしているシュヴィーナにやめるよう言うこともできず、話し合う前に精神的疲労でまた寝込みそうになった。
「今日は私が森で狩ってきた鳥のお肉を使ったスープよ」
「ふーん。いただきます」
俺はスプーンを手に取りスープを掬うと、しっかりと冷ましてから口へと含む。
「うまいな」
「ん。美味しい」
「本当!よかったわ!」
スープは野菜の味と鶏肉の味がしっかりと合わさっており、かといって味が消えたり邪魔をしているということもなく、本当に美味しいものだった。
「セシルさんに美味しかったって言っておいてくれ」
「あ、その必要はないわ。だって、このスープを作ったのは私だもの」
「え、お前が?」
「ふふ。私、こう見えても料理は得意なのよ?気に入ったのなら、また作ってあげましょうか?」
「むっ。私も料理は得意。今度エルに使ってあげる」
シュヴィーナが自慢気にそんなことを言うものだから、対抗心を燃やしたフィエラがとんでもないことを言い始めた。
「まぁ、機会があればな。それより、そろそろケイリーさんのところに行こう」
「ケイリーさんのところ?どうして?」
俺は話を変えるためにケイリーのもとを尋ねる話をするが、シュヴィーナは理由が分からないといった様子で聞き返してくる。
「ほら、ライアンとの決闘の時に約束した報酬をまだ貰ってないだろ。ヒュドラの件も報告しないといけないし、そろそろこの国を出ないといけないからな。いつまでも休んでられない」
「そうよね…」
俺が神樹国を出るという話をした瞬間、シュヴィーナは明らかに元気がなくなり、悲しそうな雰囲気が伝わってくる。
(国を出る前に、一度シュヴィーナとも話をしないとだよな。はぁ、めんどくさい)
興味のない恋愛話ほど面倒くさいものは無いが、それでも放置して変に執着されるのも嫌だったため、シュヴィーナとはこの国を出る前日の夜に話をすることに決め、俺たちはケイリーのいる王城へと向かうのであった。
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