第115話 一緒にいるために

〜sideシュヴィーナ〜


 ルイスとフィエラがヒュドラのもとへと向かったあと、シュヴィーナは弓を構えたまま化け物とかしたライアンと対峙していた。


「ライアン様…いいえ、ライアン。あなたはもう王族ではないのだし、敬称は不要よね」


 シュヴィーナはまずライアンにどこまで理性が残っているのか確認するため、警戒しながらも会話を試みる。


「シュヴィーナ…シュヴィーナ…」


「ライアン。あなたにいったい何があったの。もし理性が残っているのなら答えなさい」


「シュヴィーナ…僕のシュヴィーナ!!!」


 しかし、ライアンには既に理性と呼べるものは存在せず、ただ自分の欲望に従って動くだけの化け物に過ぎない。


 結果、シュヴィーナの呼びかけにも返答することはなく、獣のようにシュヴィーナへと襲いかかる。


「っ!!」


 その速さは射手であるシュヴィーナの目を持ってしても何とか捉えられるほどに速く、彼女はライアンの突進をギリギリのところで地面を転がって避けた。


(何て速さなの。エイルやフィエラほどではないけれど、私の目ではあの速さはギリギリ捉えられるかどうかね)


 シュヴィーナは地面を転がったあとすぐに立ち上がると、銀弓に弓をつがえてライアンに向けて射る。


「グアァァァア!!」


「よし!」


 シュヴィーナの射った矢は真っ直ぐ飛んでいくと、そのままライアンの左腕に突き刺さり、彼は悲鳴のような声をあげて痛がる。


(体は大きいけれど、ちゃんとダメージはあるようね)


 ライアンの見た目はかなり厚い皮膚に覆われているように見えるが、矢が通じるのであれば勝機は十分にあるとシュヴィーナは判断する。


「シュヴィーナ!!シュヴィーナ!!!」


「気持ち悪いわね」


 こんな姿になり果て、欲望のままに自分を求めてくるライアンの姿に、シュヴィーナは思わず嫌悪感を滲ませながら呟いた。


 その後、ライアンと適度に距離を取り、彼の突進や爪などによる攻撃を避けながら弓で攻撃を続けたシュヴィーナは、一息つくためにこれまで以上に距離を取る。


(少しずつダメージを与えたからか、最初より動きが鈍くなったわね)


 ライアンはシュヴィーナの射った矢により、体のいたるところから血を流しており、出血多量と足に刺さった矢の影響で動きが鈍っていた。


「このまま行けば、勝てそうね」


「ガアァァァァァア!!!!」


「…え?な、何をしているの?」


 シュヴィーナがこのまま焦らずライアンを仕留めようと考えていた時、突然ライアンが矢の刺さった箇所を肉ごと抉り取り、さらには自身の腕さえも引きちぎったり噛みちぎったりして取り除く。


 そして、そのちぎり取った腕や足を食べ始めると、体が僅かに鼓動し、皮膚の色が紫色から黒っぽい色へと変化する。


 さらに、無くなったはずの腕が突如として傷口から生えると、今度は抉り取った肉さえも再生して行く。


「まさか、回復するというの。くっ!そんなことさせないわ!!」


 腕や傷が再生している間、無防備となっていたライアンに向かってすぐに矢を放つシュヴィーナであったが、その放たれた矢はこれまでのように刺さることはなく、まるで金属にでも当たったかのように弾き返された。


「う、嘘でしょ。もしかして、皮膚がさらに厚くなったとでもいうの」


 シュヴィーナの考えた通り、ライアンは自身の腕や肉を食べたことで攻撃に対する耐性を手に入れ、体が攻撃から身を守るために自然と最適な答えを見つけ出したのだ。


「まだよ!闘気を纏わせれば!」


 瞬時に状況を理解したシュヴィーナは、今度は矢に闘気を纏わせると、それをライアンの頭目掛けて放つ。


「避けた?!どこに行ったの!」


 しかし、シュヴィーナの放った矢は完全に回復したライアンに避けられてしまい、後ろにあった樹を吹き飛ばすだけで、肝心のライアンにはダメージを与えるどころか、逆に彼のさらに上がった速さで見失ってしまった。


「グルァァァァア!!」


「しまっ!!」


 そして、見失ったライアンが突如シュヴィーナの右横に現れると、手に生えたその鋭い爪を容赦なくシュヴィーナ目掛けて振り下ろす。


「ガァァア!?」


 しかし、ライアンの振り下ろした爪はドーナの太い木に遮られ、あと少しというところでシュヴィーナに届くことはなかった。


「ドーナ、ありがとう」


 すぐにライアンから距離を取ったシュヴィーナは、ドーナにお礼を言いつつも、ライアンからは一切視線を外さずに見続ける。


(まずいわ。防御力だけじゃなく、基礎能力も全て上がってる。さっきの速さでギリギリだったのに、それよりも速いとなると…)


 目に闘気を使用すればまだ動きを捉えることはできるかもしれないが、後衛職のシュヴィーナでは体と脳の処理が追いつかないため、動きが見えても攻撃を避けることができるかはわからなかった。


(考えるのよ。前にエイルが言ってたじゃない。戦闘中も常に考えろって。後衛職の私なら尚更そうするべきだわ)


 ルイスたちと仲間になってしばらく経った頃、シュヴィーナは後衛の自分がどうしたら彼らの役に立てるのかルイスに尋ねたことがあった。


『そうだな、まず基本的に戦闘中は考える事を止めてはダメだ。俺も戦っている時は常にどうするべきかを考えているし、フィエラだってきっとそうだ。戦闘は、考える事を放棄したやつから死んでいく。


 あとは、後衛のお前だからこそ、広い視野で俯瞰して物事を見ることができるはずだ。

 どんな敵でも、攻撃が全く通じないやつなんて存在しない。物理がダメなら魔法で、魔法もダメなら精神的に、徹底的に弱点を探りそこを突け。


 幸いにも、俺らのパーティーには物理特化のフィエラにオールラウンダーの俺、精霊魔法と後衛職のお前がいる。だからお前はお前でできる事をやればいいよ』


 珍しくまともに教えてくれたルイスの言葉を忘れていなかったシュヴィーナは、一定の距離を保ちつつ、ライアンの事を観察する。


(まずは、闘気の攻撃が通じるか探らないとダメね。あとは悠長に戦ってる暇はない。また耐性を得られたら、いよいよ私の負けが確定する)


 シュヴィーナは冷静に現在の状況とこれからの可能性を判断すると、風魔法の索敵魔法を周囲に展開する。


(これで少しはあの人の動きが捉えやすくなったはず。あとは、私が矢を当てられるかだけど…やるしかないわ)


「ドーナ。私が動きを捉えられなかったら、その時はお願い」


 ドーナはシュヴィーナの指示に頷くと、彼女はいつでもシュヴィーナを守れるように周囲の警戒をする。


 そして、シュヴィーナもいつでも矢を放てるように準備をした瞬間、ライアンはその場から一瞬のうちに消え、気づいた時にはシュヴィーナの背後から彼女に齧り付こうとしていた。


 しかし、索敵魔法で何とかライアンの動きを捉えられていたシュヴィーナと、彼女を守るために警戒していたドーナの魔法により、ライアンの攻撃はまたしても阻まれた。


「いけ!!」


 シュヴィーナはその隙に矢に闘気を纏わせると、ライアンの頭目掛けてその矢を放つが、彼は獣のような危険察知能力でその矢を躱わす。


「これでもダメなのね。やっぱりまずは足をなんとかしないとダメね」


 最初から致命傷を狙いに行くのではなく、焦らずにまずは機動力を奪いに行くことに決めたシュヴィーナは、次の指示をドーナに出してライアンに集中する。


 それからは、シュヴィーナはじっとライアンの隙を狙いながら彼の攻撃を避けることに集中し、ドーナがチャンスを作ってくれるのを待ち続けた。


「グラァァァア?!」


「今!」


 そして、ライアンが何度目かの接近を行おうとした瞬間、彼の足に太い蔓が巻きつき、彼の足を少しだけ止めた。


 シュヴィーナはその隙を見逃すことなくすぐさま2本の矢をつがえると、闘気を全力で纏わせてライアンの両足に放つ。


 その2本の矢は見事にライアンの足を吹き飛ばすと、彼は支えを無くして地面に崩れ落ちた。


「これで終わりよ」


 動けなくなったライアンにとどめを刺すため、彼の頭部に狙いを定めて矢を構えたシュヴィーナだったが、ここで予想外の展開が起きた。


「シュ…ヴィーナ。たす…けて。助けて…くれ」


 痛みによるものなのか、それとも両足を飛ばされて意識が戻ったのか、ライアンは縋るようにシュヴィーナに向かって手を伸ばすと、彼女へ必死に助けを求める。


「っ!!」


 その声は自分のよく知る声であり、その表情は化け物ながらもライアンの面影が残っていた。


 そんな幼い頃から面倒を見てくれていたよく知る人物を前に、シュヴィーナは一瞬だけ殺すことを躊躇ってしまう。


「ガアァァァァァア!!!」


 ライアンはそんなシュヴィーナの躊躇いを利用し翼の肉を足に変えると、勢いよく彼女に襲いかかる。


「ま、まずい!」


 シュヴィーナはすぐに避けようと判断するが、既にライアンは目の前まで迫っており、ドーナも先ほどまでライアンを拘束していたことですぐには動けない。


(死ぬ。こんなところで死ぬなんて…)


 完璧な油断と覚悟不足。相手を殺す時こそ油断せず確実に殺し、また殺す覚悟を持たなければならないにも関わらず、シュヴィーナは最後の最後で油断してしまった。


(まだやりたいことがたくさんあったのに。エイルにも私の気持ちを伝えていなかったのに悔しわ)


 シュヴィーナが死ぬ事を悔しく思っていたその時、彼女の前に光の障壁が現れ、ライアンの攻撃を防いで彼女のことを守った。


「…え?これは…エイルの光魔法?」


 彼女のことを守ったのはルイスが事前にシュヴィーナにかけていた防御魔法で、シュヴィーナがライアンと戦うと言った時、一度だけ彼女が守られるよう魔法をかけていたのだ。


 深い理由は特になかったが、こうなる可能性が予想できていたのと、この国まで連れて来てくれたことへのルイスなりのお礼だった。


「ふふ。本当に、敵わないわね」


「シュヴィーナ!!僕を!助けてくれ!!」


 ルイスに守られていたことが嬉しかったシュヴィーナにはもう迷いはなく、また迫り来るライアンに弓を構えると、矢をつがえてしっかりと狙いを定める。


「生憎、私には心に決めた人がいるの。その人のためなら、私はもう迷わず人を殺すわ。それに、あなたはもう助からない。さようなら」


 シュヴィーナの闘気を纏わせた矢はライアンの頭に吸い込まれるように向かって行くと、そのまま頭を吹き飛ばし、上半身すらも消し飛ぶ。


 そして、残った下半身も灰のように散って風に乗って消えて行くと、シュヴィーナはその場に座り込んだ。


「はぁ。私、人を殺したのね。でも、殺らなければ殺されていたのは私だったし、仕方ないことよね。それに、彼について行くのなら、こういうのにも慣れていかないと」


 ずっと仲の良かった人を殺した罪悪感で胸がいっぱいになるシュヴィーナだったが、その中でもルイスに対する気持ちは以前よりも明確なものになっており、彼のそばにいたいと思う気持ちもより強くなっていた。


「やっぱり私は、エイルが好きなのね。ふふ。フィエラに報告しないと。あとはお父さんとお母さん、エイルにもちゃんと気持ちを伝えよう。でもその前に…」


 シュヴィーナはそう言って地面に横たわると、樹の影から見える空を眺めながら大きく深呼吸をする。


「まずは少し休みましょう。そして、ヒュドラを倒しに向かわないと」


 そう。まだ本命のヒュドラを倒したわけではなく、当然戦いが全て終わったわけでもない。


 むしろこれからが本番であるため、シュヴィーナは少し休んだあと、ルイスたちのもとへと向かうのであった。






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