第114話 魔族
ライアンをシュヴィーナに任せた俺とフィエラは、ヒュドラのもとへと全力で向かっていた。
「すごい気配」
「あぁ。たまらないな」
ヒュドラの封印されていた場所に近づくにつれ、奥の方からこれまで感じたことのない威圧感と殺意が伝わってくる。
それはまるで肌を焼き焦がすようで、普通の人なら恐怖ですぐにでも逃げ出すだろうが、俺とフィエラは楽しさから思わず笑ってしまう。
「ふふ。楽しいねエル」
「本当にな。こんな殺気を向けられたのは久しぶりだ」
帝国にあるアドニーア領で森の王ビルドと戦って以降、ここまで威圧感と殺気を放っている敵と戦った事がなく、高揚感で胸が満たされる。
(この死が目前にある感じが堪らなく好きだ)
もしかしたら、今回は死ぬかもしれないし、無事でいられないかもしれない。
だが、それが壊れた俺の心に生きていることを実感させ、さらにやつに勝利した時、俺がどれほど成長できているのかを想像するだけでゾクゾクしてくる。
「急ぐぞ」
「ん」
その後、俺たちは体に纏わり付くような殺気を身に浴びながら、森の中を駆け抜けて行くのであった。
「すごい魔力」
「だな。それに、前来た時にあった毒の霧もあの渦に吸収されたようだ」
ヒュドラが封印されていた場所にやってきた俺たちの目の前には、とてつもない魔力の渦があり、前に来た時にこの場に満ちていた毒の霧も無くなっていた。
そして、その渦の中からはこの人生では感じたことのない強力な力の波が溢れ出ており、この場だけ気温が下がったかのように肌寒さを感じた。
「それで?お前は誰だ?」
「ヒヒヒ。これはこれはバレてしまいましたか」
特徴的な笑い声を上げながら樹の影から出てきたのは、猫背に長い杖をついた男で、体にはボロボロのローブを身に纏っていた。
そして、肝心な顔は深く被られたフードで隠れており、声からはおそらく男であることが察せられる。
「笑わせる。あんなに雑に隠れてたんだ。見つけて欲しかったの間違いだろ?」
「ヒヒヒ。さすがですね。あれで気づかないようなら、楽に殺せたのですが。それで?こちらにはどのようなご用件ですかな?」
男は薄気味悪く笑いながら俺たちがここにきた理由を尋ねるが、その言葉には確信があるように感じられた。
「さぁ、どうしてだと思う?」
「そうですねぇ。おおかた、エルフの国を守るためにヒュドラを倒しに来たというところですか?まだヒュドラの復活は完璧ではありませんし、その間に何とか復活するのを阻止しようとしているといったところでしょうか。
しかし、私も邪魔をされるのも嫌ですし、ヒュドラが復活するまで面倒ではありますが私がお相手するしか無さそうですね」
男が言う通りヒュドラの復活はまだ完璧ではなく、空気中の魔力を搾り取るように集め続け、復活にはもう少し時間がかかりそうだった。
「そうか。なら復活するまでそこで待ってるよ」
俺はフィエラと2人で近くの枯れてしまった樹を背にして座ると、ヒュドラの方を眺めながらストレージから飲み物を取り出して飲む。
「…はい?何をされておられるのですかな?ヒュドラの復活を止めないのですか?」
男は少し面倒くさそうに杖を構えて戦闘態勢に入っていたが、俺たちが座ったことで虚をつかれたのか、構えていた杖を下ろした。
「何か勘違いしているようだから教えてやるが、俺たちはヒュドラと戦いに来たんだ。別にエルフの国を守るためでも、正義の心でここに来たわけでもない。だから今はお前とやり合う気もないし、ヒュドラが復活するまでお互い座って待ってようぜ」
「は、はぁ。いや、私が言うのもあれですが、よろしいのですか?ヒュドラが復活したら死ぬかもしれないのですよ?それにエルフの国も滅ぶかもしれません。恐怖や罪悪感はないのですか?」
ヒュドラを復活させてエルフの国を滅ぼそうとしている元凶であるはずの男が何故か正論を言ってくるが、俺はそんな男を見ながら自分の考えを教えてやる。
「全くないな。俺は死ぬことよりも強いやつと戦うことの方にしか興味がない。それで死ぬなら喜んで死ぬよ。
それに、何故俺が他人のために戦わないといけないんだ?それで死んだらそれがそいつらの運命だったというだけのことだろ?
それなのに、わざわざ死んだ奴らのために罪悪感や後悔の気持ちで苛まれるわけないだろ」
「…なんとまぁ」
俺の話を聞いた男は、呆れたような表情をしながらも、どこか理解できるといった様子でこちらを見てきた。
「ヒヒヒ。その考え方、嫌いではありませんよ。人間というよりは、我々魔族に近い考え方のように思えますねぇ。なら、私もヒュドラが復活するまで待たせていただくとしましょう。あぁ、そう言えば名前をまだ名乗っておりませんでしたね。私はウールと申します。もしよろしければ、あなたのお名前をお伺いしても?」
「俺はエイルだ。こっちはフィエラ」
「ヒヒヒ。エイル様にフィエラ様ですね。覚えておきましょう」
男はそう言うと、俺たちとは反対側の樹の方へと向かい、そこでヒュドラがいる魔力の渦を眺める。
「エル。あの魔族はどうするの」
「さぁな。今回はヒュドラが目的だし、あいつが逃げた場合は何もしないつもりだ。…いや、むしろそうなった方がいいかとも思ってる」
「どうして?」
俺の言葉の意味が理解できなかったのか、フィエラは純粋に疑問だといった様子で理由を尋ねてくる。
「だって、その方が面白そうだろ?あいつが魔族領に戻って強いやつに俺の事を伝えれば、今度はそいつが直接攻めてくるかもしれない。そうなったらもっと強いやつと戦える。こんな面白いことが他にあると思うか?」
俺がそう言ってニヤリと笑うと、フィエラは首を横に振ってから俺の肩に体を預けてくる。
「無い。でも、私はエルと一緒にいる時間の方が一番楽しくて幸せだよ」
「…お前、今それを言うなよ。この場の空気が壊れるだろ」
「ふふ。思ったことはその時に言わないと意味がないから」
フィエラはこれから死ぬかもしれないというのに、この場にふさわしく無いほど幸せそうに微笑むと、俺の腰に尻尾を巻きつけてきた。
「シュヴィ大丈夫かな」
「心配か?」
フィエラはこくりと頷くと、チラッとシュヴィーナがいるであろう方向に視線を向けた。
「大丈夫だろ。見た感じ強さにそこまでの差はなかった。あとはあいつがどれだけ考えてやれるかと覚悟の問題だな」
「人を殺す覚悟と死ぬ覚悟」
「あぁ。あいつはまだ人を殺したことがないからその時に躊躇わないかと、あとは死ぬことを恐れずに力を出し切れるかだな。それが出来なければあいつが死ぬだけだ」
「そうだね」
フィエラは俺と違ってこの世界が繰り返されているということも知らないし、シュヴィーナとの出会いも今回が初めてだからか心配した様子で頷いた。
「まぁ、俺たちもこれから死ぬかもしれないんだけどな」
「ん。死ぬ時は一緒」
それから俺は目を瞑ってしばらく待っていると、魔力の渦が収まり、空気が変わる。
「…ついにか」
「ん」
目を開けて魔力の渦があった場所に目をやれば、そこには9つの首に紫色の鱗、そして35m近い巨体が久しぶりの外の世界を楽しむかのように周囲を見渡していた。
「ヒヒヒ。ついに復活しましたね。さぁ!ここからが本番です!お待たせしましたね、エイル様!フィエラ様!復活したヒュドラの実力を見るため、是非とも戦い死んでください!」
「言われなくても戦わせてもらう」
「ん。全力で行く」
「…ガァァァァァアア!!!!」
ヒュドラは周囲を見渡したあと、大きな声で鳴くと、それだけで空気が震えて重くなる。
「くく。堪らねぇ、この空気!本当に最高だ!」
俺はそんなヒュドラを前に最高潮にまで高まった高揚感を胸に一歩を踏み出すと、ゆっくりとヒュドラの方へと歩いて行く。
「さぁ!お前に俺を殺せるかな!」
その言葉を合図に俺は身体強化を使って地面を強く蹴ると、フィエラと2人でヒュドラの距離を詰める。
この瞬間、いよいよ待ちに待ったヒュドラとの戦いが幕を開けるのであった。
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