第56話 20階層ボス
「あ〜、スッキリした」
ゴミを片付けた後、俺は晴々とした気持ちでモンスターハウスから出た。
心なしかダンジョン内の空気も美味しく感じ、精神的疲労も無くなった気がする。
俺は先ほどのモンスターハウスで手に入れたセイレーンの涙という宝石をカバンにしまうと、軽い足取りでダンジョン内を歩いて行く。
「……」
「どうした?フィエラ」
しかし、フィエラは部屋を出てから一言も喋ることはなく、じっと俺の方を見ながらついてくる。
「エルは…」
「ん?」
「エルは、これまでどんな経験をしてきたの」
最初、彼女の質問の意図が分からず直ぐに答えることができなかったが、さっきの俺の姿を見て何か感じるものがあったのだろうと理解する。
「さぁな。とりあえず、お前には関係のない話だよ」
俺がそう言うと、フィエラは悲しそうな顔をして少しだけ視線を外す。
だが、死に戻りについての話を俺からは誰にもするつもりはないし、彼女がこれまでの前世に全く関係がないのも事実なので、そんな顔をされてもどうすることもできない。
「俺を酷い奴だと思うか?残酷だと。やりすぎたと思うか?」
「…ううん。エルが言ってたことは何となく理解できる。経験がないから分からないけど、もし私にその経験があれば、迷わずエルと同じことをする」
「そうか」
フィエラから言われた言葉は、まるで過去の俺を受け入れてくれているようで、何故か少しだけ嬉しかった。
「さてと。とりあえず邪魔者はいなくなったし、このまま20階層まで頑張ろう」
「ん。わかった」
その後は特に変わったこともなく、出てくる魔物はこれまでと同じセイレーンやマーマンといった雑魚ばかりで、俺たちは2時間ほどで20階層へと辿り着いた。
20階層のボス部屋の前には幸いにも他の冒険者はおらず、俺らはすぐに中へと入ることができた。
「水?」
部屋の中はこれまでと同じで壁が光っており、部屋の中央には大きな水場があった。
「中にいるな」
「ん。かなり大きい」
俺らがそれぞれ武器を構えると、それと同時に水に波紋が広がり、徐々に水が泡立って大きな水飛沫を上げると、そこにこの部屋のボスが現れる。
「イカ」
「クラーケンだな」
クラーケンとは、海に生息している巨大なイカの魔物で、よく船を沈めたりする厄介な生き物だ。
強さ自体はSランクだが、海という戦い辛い環境とその体の大きさにより、討伐依頼が出される時はSSランクとなる。
だが、目の前にいるのはそのクラーケンの子供なのか、通常のものよりも体がかなり小さい。
「見た感じ強さ自体はAランクくらいか。水場もそこまで広くはないし、海で戦うよりはだいぶマシだろう」
「ん。けど、水に潜られると厄介」
「確かにな。とりあえず、最初はいつも通り行こう」
「了解」
まずはいつも通り、フィエラが攻めて俺が魔法で援護していく。
「エル」
「あいよ」
俺はフィエラの要望通り、空中に足場を作って彼女をクラーケンのもとへと向かわせる。
クラーケンは空中を駆けて近づいてくるフィエラに対し、複数の足を使って叩き落とそうとする。
フィエラはそれをジャンプしたりしゃがんだりしながら自由に避けるため、彼女の動きに合わせて足場を出すのはそれなりに大変だった。
「あいつ。遠慮なく動きすぎだろ」
まるで俺を信じているかのように宙を舞い続ける彼女は、クラーケンの足を全て避けて接近すると、拳を固く握って殴りつける。
「あれ…」
しかし、フィエラの殴打はクラーケンの柔らかい表面に威力を受け流され、ほとんどダメージを与えられない。
クラーケンを殴った後、落下するフィエラの足元に足場を作り、彼女はそれを蹴って俺の近くへと戻ってくる。
「柔らかすぎてダメージがない」
「みたいだな。なら切り裂く方が…」
俺がどうやってクラーケンを倒そうか考えようとした時、フィエラに殴られたことで怒ったクラーケンが俺らに向かって何本もの足を叩きつけてくる。
俺は迫り来る足をイグニードで切り落とし、フィエラも手に闘気を纏わせて手刀のようにして切っていく。
「再生するのかよ」
しかし、いくら足を切り落としても、クラーケンには再生能力があるらしく、切り落とした足がすぐに元に戻っていた。
そして、いつまで経っても俺らを倒せないことに痺れを切らしたクラーケンは、突如周囲の壁に墨を撒き散らす。
(やばいな。何も見えなくなった)
先ほどまでの部屋の明るさに慣れきってしまった俺たちの目は、突然暗くなったことで何も見えなくなる。
俺は急いで光魔法で明かりをつけようとするが、何故か上手く魔力を練ることができず、魔法を使用することができなかった。
すると、今度はクラーケンがまるで見えているかのように俺に向かって足で攻撃を仕掛けてくる。
俺はその気配を感じて急いで避けると、先ほどまでいた場所から轟音が鳴り響く。
「フィエラ、無事か?」
「問題ない」
フィエラは俺よりも危険察知能力が高いため、そこまで彼女を心配する必要は無いだろうと思い、俺は自分のことに集中する。
それからも何度か光魔法を使用しようと試みるが、やはり魔力を上手く練ることができず、発動しようとした瞬間に魔力が霧散してしまう。
(さっき撒き散らした墨に、魔力阻害でも付与されているのか?)
通常のクラーケンにそんな能力があるという話は聞いたことがないが、ここにいるのはダンジョンが自身の魔力で生成した魔物だ。
なら、通常のものと違った能力を持っていても不思議では無い。
それに、やつには魔力感知能力があるらしく、魔法を使おうとした瞬間に俺を攻撃してきていた。
「こうなったら、一瞬で蹴りをつけるしか無いな」
俺は頭の中ですぐに作戦を立てると、大きな声でそれをどこかにいるフィエラに伝える。
「フィエラ!俺がイグニードの炎で辺りを照らしつつやつの気を引くから、お前がその隙に仕留めてくれ!」
「了解」
フィエラの返事を確認すると、俺はイグニードに魔力を流し込んで炎を纏わせる。
(よし。やっぱり魔剣への魔力の流し込みは問題ないな)
クラーケンの魔力阻害が効果を発揮するのは、予想通り魔力を体外に放出して魔法を使おうとした時だけのようで、魔力を体内から魔剣に流し込むのは問題無いようだった。
俺がイグニードに纏わせた炎をどんどん大きくしていくと、イグニードから放たれている魔力を察知してクラーケンが俺を攻撃してくる。
「甘いな」
俺はそう言ってイグニードを横に一閃すると、紅蓮の炎の斬撃がクラーケンの足を焼き尽くした。
「ふっ!!」
クラーケンが一気に足を失ったことで動きが止まった隙に、フィエラが残った足を駆け上がって距離を詰め、部分獣化した手に闘気を纏わせて思い切り振り下ろす。
すると、今度はダメージを受け流せなかったクラーケンは、綺麗に縦に真っ二つになり、魔石だけを残して体が消滅した。
俺はまた落下するフィエラと魔石を風魔法で岩場まで運ぶと、フィエラが魔石を持って戻ってくる。
「最後はいい攻撃だったな」
「ありがと」
フィエラから魔石を貰った俺はそれをマジックバッグにしまうと、今日の攻略はここで終わらせることにし、転移魔法陣でダンジョンの外へと戻るのであった。
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