第55話 お馬鹿の末路

 ハーレムパーティーがモンスターハウスに入っていくと、俺はさっそくフィエラに指示を出す。


「フィエラ。俺はこれからダンジョンの魔力に自分の魔力を合わせる。その間、俺は敵が来ても対応できないから、俺のことを守ってくれ」


「…わかった」


 俺がそう言うと、フィエラは少し驚いた顔してから、珍しくやる気に満ちた表情に変わって頷いた。


 フィエラが俺の後ろで最大限に警戒しているのを確認すると、俺はダンジョンの壁に触れて目を閉じ、意識を集中させる。


 通常、ダンジョン内にあるモンスターハウスの扉は、中に入ったものが死ぬかその部屋をクリアするまで開くことはない。


 そのため、今現在あの馬鹿どもが部屋の中で苦しもうが死にそうになっていようが、俺たちが計画通り助けに行くことはできないのだ。


 しかし、実は一般的には知られていないことなのだが、閉じた扉を外側から開ける術が一つだけ存在する。

 ダンジョンとはダンジョンコアが魔力を使って作成した空間で、壁の一つ一つに魔力が行き渡っている。


 つまり、自身の魔力をダンジョンに流し込みながら緻密に操作することで、魔力をダンジョン特有の波長に合わせ、一時的にではあるがダンジョンコアから権限を奪うことができる。


 ここでポイントとなるのが一時的に、という点だ。時間にして僅か1分。これがダンジョンから権限を奪える時間となる。

 理由は、ダンジョンから権限を奪った場合、ダンジョンコアがそれを非常事態だと判断し、対処するために魔力の波長をすぐさま変えてくる。


 ただ、ダンジョンコアが波長を変える場合、ダンジョン内全ての波長を変えなければならないので、その時間が1分ということになる。


 そして、非常事態を察知したダンジョンコアはその異物を排除するため、その箇所に大量の魔物を送り込んでくる。

 それを足止めしてもらうために、今回はフィエラに頑張ってもらわなければならないのだ。


(さすがAランクダンジョン。魔力の密度がやばいな。魔力の脈が細かすぎる)


 俺はさらに意識を集中させると、まるで自分が魔力の海に飛び込んだような感覚になる。


 少しずつ自身の魔力を変質させて調整し、どんどん魔力の海に潜っていくと、時間にして15分ほどでようやくダンジョンコアから権限を奪うことができた。


「フィエラ!行くぞ!」


「ん」


 フィエラは異常を感知したダンジョンコアが送り込んできた魔物を殴り飛ばすと、俺の後に続いて扉の中へと入る。


「なぁ、フィエラ」


「なに?」


「なんで俺たちこんな苦労してあいつらの相手をしてるんだろうな」


「……」


 これまでお互い感情的になって行動していたが、よくよく考えてみれば、何故あいつらのためにこんな無駄なことをしているのだろうかと少しだけ思ってしまう。


「…まぁいいや。とりあえず、あそこで今にも喰われそうな馬鹿どもに声をかけますか」


「ん」


 そうして、俺はセイレーンに取り囲まれたことで死に恐怖する馬鹿どもを見るが、これから起きることを想像するだけで楽しさから自然と笑みが溢れる。


「やっほー、ヒーローが助けに来たぞー」




 こうして、ルイスによる馬鹿どもを調教する時間が始まるのであった。





 部屋に入った俺たちは、何事もないかのようにセイレーンたちのもとへと近づいていく。


 馬鹿4人は俺らがここに来たことに驚いてか、呆然としながらこちらを見ており、セイレーンたちもまた普通なら外から人が入ってくるというあり得ない事態に困惑していた。


 しかし、そこは魔物。入ってきた俺たちをすぐに敵だと判断すると、2体が俺らに攻撃を仕掛けてくる。


「アホか。セイレーン単体で俺らに勝てるわけないだろ」


 セイレーンは基本的に後方支援型の魔物だ。それが真正面から突っ込んでくれば、俺とフィエラに両断されても仕方のない話である。


 セイレーンが2体倒されたことにより、今度はマーマンが3体追加され、セイレーンにバフをかけられたマーマンが槍を構えて攻撃を仕掛けてくる。


 しかし、これまで何度も相手にしてきたこいつらは、もはや俺らにとってはただの雑魚でしかない。


「フィエラ。俺がマーマンを殺る。お前は残りのセイレーンを仕留めろ」


「了解」


 俺が先行してマーマンに接近すると、一瞬のうちに首を刎ねる。

 フィエラはその隙にセイレーンへと近づき、手刀でセイレーンを両断した。


 地面に転がっている馬鹿どもは助かったと思ったのか安堵した表情をするが、モンスターハウスがこんなに甘いわけが無い。


 さらにサメや亀の魔物にケルピーのような精霊系の魔物まで現れる。


 しかし、どれも俺らの敵になるはずもなく、現れる敵を全て殺していくと、最後に青いミノタウロスが現れた。


「こいつが最後みたいだな。フィエラ、戻ってこい」


「ん」


 俺が声をかけると、馬鹿どもを守るようにして戦っていたフィエラが俺の隣へと戻ってくる。


 現在の俺たちの立ち位置は、俺たちが入り口側におり、部屋の真ん中あたりに馬鹿4人、その向こうにミノタウロスが構えているという構図だった。


 男たちはこの状況に困惑しているのか、俺たちとミノタウロスを交互に見比べると、あろうことか俺らに怒鳴り散らしてきた。


「おい!速くやつを倒せよ!」


「そうよ!速く助けてちょうだい!」


「速くして」


「私たち無駄を嫌うって言ったよね!さっさとして!」


 助けを乞うのかと思っていた俺は、まさかの態度に一瞬だけきょとんとしてしまい、その後あまりの可笑しさに笑ってしまった。


「あっははは!この状況でまだそんなこと言えるのかよ。まじおもしれぇ!ははは!」


「ブモォォォォオ!!」


 一向に俺たちが攻めてこないことに苛立ったのか、それとも笑われたのが自分だと思ったのか、ミノタウロスは大きな声で鳴いて手に持った巨大な斧を構える。


「うるせぇ。少し黙ってろ。牛如きが」


「ブ、ブモォ…」


 このミノタウロスはそこそこ知性があるのか、俺が殺気を込めて睨みつけると一瞬で大人しくなった。


「笑わせてくれたお礼に、お前らにチャンスをやるよ」


 俺はそう言うと、やつらに向かって軽く手を振る。

 すると、先ほどまでボロボロだった男たちは何事もなかったかのように回復した。


「今からお前らがあいつと戦え」


「…は?」


「聞こえなかったのか?戦えと言ったんだ」


「なんで俺たちが…」


「お前らなら勝てるんだろ?入る時にそう言ってたよな。それともできないのか?やっぱり口だけの雑魚だったのか?」


「チッ!調子に乗るなよクソガキが!やってやるよ!こいつを殺したらテメェも殺してやる!」


 男はそう言うと、カバンから予備の剣を取り出してそれを構える。

 他の仲間たちも俺に馬鹿にされて癪に触ったのか、各々の武器を手に取りミノタウロスへと向き合う。


 そして、男たちとミノタウロスの熾烈な戦いが始まる。


 …わけもなく、男はミノタウロスの皮膚に傷一つつけられず斧で吹き飛ばされ、魔法も弓も虫に刺された程度の感覚で気にも止められず、斥候の不意打ちすらミノタウロスの筋肉に阻まれて刺さることはなかった。


 そして現在、馬鹿4人はまたもや仲良く地面に転がっている。


「くそ!何でだ!何で前みたいに力がでねぇ!」


「何でこんなに魔力の減りが早いのよ!」


 男たちが前よりも力が出なくなったことに困惑しているようだったので、俺はここでネタばらしをしてやることにした。


「なぁ。お前らが前よりも強くなったと感じたのはいつだ?」


「はぁ?それは10層のボスと戦った時だ。いいからテメェは黙ってろ!」


「くく。それな?俺がお前らにバフを掛けてやったからなんだよ」


「…は?」


「剣士のお前には筋力強化、魔法使いの女には魔力増加と威力強化、弓の女にも威力強化、斥候の女には気配感知強化と速度強化」


 俺が説明したバフの効果に心当たりがあったのか、男たちは黙って俺のことを見ている。


「どうだ?少しはいい思いできただろ?」


 俺はそう言ってニッコリ笑ってやると、男たちがしだいに憎しみのこもった瞳で俺のことを睨みつけてくる。


「殺してやる…テメェだけは絶対に殺してやる!」


「くくっ。あっはっはっ!俺を殺す?お前ら如きが?あっはははは!…はぁ。寝言は寝て言えよ。お前らじゃ俺は殺せねぇ」


 男の言葉が面白すぎてたくさん笑った後、俺は真顔で言葉を返す。

 そして、濃密な殺気を撒き散らしながらゆっくりと男たちに歩みよると、俺は男の前でしゃがみ込み髪を掴む。


「お前らは喧嘩を売る相手を間違えた。俺は売られた喧嘩は全て買う。そして徹底的に容赦なく格の違いを分からせる。何故か分かるか?そうしないと情けをかけた相手に後ろから殺されるかもしれないだろ?そうしないと後々面倒な事態に巻き込まれるかもしれないだろ?だから俺は容赦しない。喧嘩を売ってきた敵は全て叩き潰すんだよ」


 俺はそう言って男の頭から手を離すと、男の利き腕を切り落とし、弓使いの腕の腱と斥候の脚の腱を片方ずつ切る。そして、最後に全員の魔力回路に干渉して破壊した。



「ぐあぁぁぁぁあ!!」


 男たちは激痛によって泣き叫ぶが、俺は男の腕の切断面を焼いて止血すると、離れたところにいるフィエラに指示を出す。


「フィエラ。そいつを始末しろ」


「ん」


 フィエラに合図を出すと、彼女はこれまで俺の殺気で動けずにいたミノタウロスを始末し、部屋の真ん中に現れた宝箱からアイテムを回収する。


「精々生きて出られるといいな」


 俺は最後にそう言うと、クリアしたことで開いた扉から外へと出ていくのであった。





 その後の話ではあるが、何とかダンジョンから脱出することの出来たリグルたちは、ほぼ瀕死の状態だったという。


 リグルの腕は回復不可能で、ヘレンとジゼルの腕と脚の腱も治ったとしても前のように使えるかは微妙だった。


 そして一番深刻だったのが魔力回路で、これについては誰にも治すことができない。


 他の冒険者やギルド職員は何があったのか事情を聞こうとするが、セイレーンの精神攻撃のせいか、それともよほど恐ろしいことがあったのか、事情を聞こうとした瞬間に彼らは発狂してしまい話を聞くことができなかった。


 結局、彼らがその後冒険者を続けることが出来るはずもなく、精神病棟で一生を過ごすのであった。





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