第54話 ヒーローは遅れてやってくる
名前も忘れた男たちがついてきやすいよう、移動する速度に気をつけながら隠し部屋へと向かっていた俺たちは、ようやく目的地へと到着する。
「フィエラ。少し止まってくれ」
俺はわざと何かある風に大きな声でそう言うと、フィエラと俺の声を聞いた男たちが動きを止めた。
そして、隠し部屋に繋がる壁に手を触れて魔力を流し込むと、壁に突然扉が現れた。
「隠し部屋だ」
「ん。中にお宝がありそう」
フィエラもここが何の部屋なのか理解しながらも、お宝という言葉で男たちを刺激する。
「おぉ〜。まさかこんなところで会うとはなぁ!」
すると、馬鹿で単純な男たちはお宝という言葉に釣られ、偶然を装いながら俺らに近づいてきた。
「なんだ?ここは俺らが見つけたんだが?」
「はは!違うね!ここは俺たちが最初に見つけていたのさ!休んでからここに来ようと思っていたんだよ!」
「そうよ?それに、ここはモンスターハウスと言って危険な場所なのよ?あなたたちが勝てる相手じゃないから戻りなさい?」
15階層に来るまででだいぶボロボロになっていた彼らではあるが、何故かモンスターハウスもクリアできるという自信があるらしく、堂々と俺らに帰るよう言ってくる。
「…なるほど。ここが噂のモンスターハウスか。確かに俺たちじゃ攻略は難しそうだな。それなら仕方ないな。どうぞ?」
俺はそう言って扉の前から避けると、フィエラも横にずれて道を譲った。
「ありがとよ〜。クリアしたら中がどんなんだったか教えやるぜ」
男たちが手をひらひらと振りながら俺たちの前を通っていく時に俺は軽く指を鳴らし、静かに彼らを見送った。
〜sideリグル〜
リグルたちはルイスたちからモンスターハウスを譲ってもらうと、何の迷いもなく部屋の中へと入っていく。
「最近の俺たちは強くなったからな!このモンスターハウスも楽勝だろ!」
「えぇ。前まで攻略できなかった階層もクリアできたし、私も前より魔力量が増えた気がするわ」
「私の弓も、前より威力が上がった」
「私もー!前より敵の動きに気づけるようになったし、早く動けるようになったよ!」
リグルたちは昨日のボス戦以降、前よりも自分たちが強くなっていると感じていた。
実はリグルたちはAランクに昇格したばかりで、何度かこのダンジョンに挑戦していたが、10階層のボスを攻略することができていなかった。
しかし、二日前にボスへと挑んだ際、これまで蟹の甲羅の硬さにより攻撃できていなかった彼らが、何故か以前よりもダメージを与えられるようになった。
そして、持ち込んだアイテムなども全て使ってようやく倒せた彼らは、その後もセイレーンやマーマンに手こずりながらも15階層へと到達した。
調子に乗った彼らは、ルイスたちからモンスターハウスに挑む権利を横取りすると、何の対策も作戦も立てずに部屋へと入ったのだ。
リグルたちが部屋へ入ると、背後で部屋の扉が閉まり、ゆっくりと明かりがともっていく。
まず現れたのはセイレーン5体で、5体が同時にリグルたち4人にデバフをかける。
「う、美しい…」
何の対策もしていなかったリグルはセイレーンの魅了にかかると、熱のこもった視線でセイレーンたちを見つめる。
「しっかりしてちょうだい!」
メリダが持っていた杖でリグルの頭を叩くと、すぐに魔法を唱えてセイレーンを攻撃する。
「炎よ、爆ぜて敵を屠りされ!『
メリダの持った杖の先から赤い炎の塊が飛び出すと、それはセイレーンへと向かっていき近づいた瞬間爆発した。
「これで5体倒したわ!」
これまでであれば、セイレーンとマーマンの群れを相手にした時、メリダのこの魔法一発で全てを殺せていた。
しかし…
「…うそ。なんでまだ生きてるの」
爆発が収まりセイレーンのいた場所を確認すると、そこには無傷のセイレーンが3体と、軽く火傷を負ったセイレーンが2体おり、1体も殺せていなかった。
「何やってるの。どいて、私がやる。…我が矢に水の力を与えたまえ。付与『水の
ヘレンが弓を構えながらつがえた矢に水属性の魔法を付与すると、それは水の線を引きながらセイレーンに飛んでいく。
しかし、それは以前よりも明らかに速度が遅く、これまで確実に殺せていたセイレーンに尾ひれで弾かれて終わった。
「え…?」
自信のあった一撃があっさり弾かれたことで、ヘレンはその現実を受け止めることができず呆然とする。
「みんな何やってるのさ!遊ぶのも良い加減にしてよね!もう私が倒すから!我が肉体を強化せよ!『身体強化!』」
ジゼルはみんなの腑抜けた様子に呆れながらも、自身に身体強化をかけて腰から短剣を抜き、セイレーンに向かって駆け出す。
(あれ、なんかこの間より…)
しかし、何故かこの間よりも動きが遅く感じるジゼルだったが、それでも構わずセイレーンへと近づき、両手に持った短剣でセイレーンの首を切ろうとする。
「取った!」
そう確信した瞬間、ジゼルは何故か地面を数度跳ねて地面を転がり、気が付けば先ほどよりも遠い場所に寝そべっていた。
「ど、どういう…」
地面を転がったせいで体のあちこちが痛かったが、何とか体を動かしてセイレーンの方を見る。
すると、先ほど狙ったセイレーンの後ろにもう1体のセイレーンがおり、尾ひれを思い切りスイングしたような体制でこちらをニヤニヤしながら見ていた。
「もしかして、あれで飛ばされたの…」
スピードには自信があったジゼルが、そのスピードでセイレーンに遅れをとり、あっさりと負けてしまったことに絶望する。
「まったく、情けねぇなぁ!俺が仕留めてやるぜ!」
リグルはそう言うと、前に武器屋で大枚はたいて買った魔剣を構え、身体強化使って突っ込む。
しかし、動きはかなり遅く、振り下ろした剣もブレブレで、明らかに最近鍛錬をしていないことが窺えるような剣筋だった。
そのため、セイレーンはリグルの攻撃を難なく避けると、ジゼルの時と同じように尾ひれで吹き飛ばそうとする。
リグルはそれを何とか剣で防ぐが、剣の方が衝撃に耐えきれず根元でポッキリと折れた。
「お、俺の魔剣があぁぁぁぁあ!!」
リグルが折れた魔剣に気を取られていると、その隙にセイレーンが再び尾ひれで攻撃し、リグルも地面を転がっていった。
4人はここに来て、ようやく何かがおかしいと気づき始める。
「おかしい。何で俺の剣技が通じない!」
「前より魔力が減ってる?」
「矢の威力が落ちた…」
「動きが遅くなってる」
リグルたちがこの間までと明らかに自分たちの動きが違うことにようやく気づくが、セイレーンたちがいつまでも考える時間をくれるはずもなく、それぞれの元へとセイレーンが近づいていく。
「ま。まってくれ!ここから出ていくから!だから助けてくれ!」
リグルは死ぬかもしれないという恐怖から、自身を見下ろすセイレーンに命乞いをするが、彼女がそんなことを許すはずもなく、殴ったり尾ひれで叩いたりとボコボコにされていく。
他のメンバーも同じで、それぞれがセイレーンにボコボコにされ、動けなくなったところを部屋の中央へと集められる。
「た、たす…けて、くれ」
「だれか…たすけて…」
「怖い…」
「死にたくない…」
中央に集められたリグルたちを取り囲むようにして見下ろしているセイレーンたちは、ニヤリと笑うと長い舌で舌なめずりをする。
セイレーンとは、美しい外見とは裏腹に、海に人を引き摺り込んで食すという恐ろしい存在だ。
それはダンジョン内にいるセイレーンも例外ではなく、彼女たちは久しぶりに食事ができると喜んでいた。
リグルたちがそんなセイレーンたちを見て死に恐怖した時、閉じていたはずの扉が開き、外から二人の男女が入ってくる。
「やっほー、ヒーローが助けに来たぞー」
自身をヒーローと言った男は、ニヤリと恐怖を感じさせるような笑顔で笑いながら、ゆっくりと歩いてくるのであった。
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