第53話 下準備

 男たちがボス部屋に入ってから20分ほど経つと、ようやくボス部屋の扉が開いた。


「20分もかかったのかよ」


 これまで、他の冒険者たちが平均して10分ほどだったのに対して、あいつらは倍の時間もかけてようやく倒し終えたようだ。


「まさか死んでないよな?」


 俺はそんなつまらない未来を予測しながらあたりを見渡すが、死体らしきものは転がっていなかったので一安心する。


 そして、俺らが部屋に入るとまた扉が閉まり、目の前に蟹の魔物が現れる。


 大きさは立っているだけで5mを超える大きさで、横幅は足を伸ばせばどれほど大きいのかさえ分からないくらい立派なものだった。


 左右の手には巨大なハサミが付いており、その他の足も先が尖っていて殺傷能力が高そうだった。


「いつも通り行こう。フィエラが接近戦で、俺が魔法でサポートをしつつ足の攻撃にも対処しよう」


「了解」


 フィエラは作戦を聞き終えると、身体強化を使って巨大な蟹へと迫る。


 蟹は何本もある足を槍のように地面へと突き刺しながらフィエラを刺し殺そうとするが、未来が見えているかのように彼女はその全てを避けていく。


(昨日も思ったが、前より動きが良くなったな)


 俺が森の王ビルドと戦って大きく成長できたように、フィエラもまた蜂の女王マイトとの戦闘で一つ高みへの登れたようだ。


「あれなら特に助ける必要も無さそうだな」


 万が一、彼女が不意を突かれるようなことがあればすぐに動けるようにしていたが、あの様子なら安心して見ていられそうだ。


「なら、俺は俺でできる事をしますかね『岩のロック・ソード』」


 俺は自身の背後に巨大な岩の剣を四本作ると、それを蟹に向けて放つ。


 狙いは足の付け根にある関節で、甲殻類である蟹は見ての通りどこも硬そうに見えるが、関節の部分は足を動かす関係上、他の部位よりも柔らかくなっている。


「フィエラ」


 四本の岩の剣が蟹の足の付け根に突き刺さると、俺はフィエラに合図を出す。

すると、彼女は蟹の足の攻撃を避けながら空中に飛び、拳を握って関節部分に突き刺さった剣を殴る。


 関節部分が厚くて浅くしか刺さっていなかった剣が、フィエラの殴打で深く突き刺さり、そのまま根元で足を切り落とした。


 蟹は怒り狂ったように空中にいるフィエラを巨大なハサミで挟もうとするが、それよりも早く俺がフィエラの足元に足場を作り、彼女がそれを蹴って攻撃を躱わす。


 さらに続けて足場を作ると、彼女は縦横無尽に空や地面を蹴って移動し、他の三本の足も同様に切り落とした。


 蟹は残り四本の足で何とか立っているが、あと一本でも失えばバランスが取れなくなり倒れそうな状態だった。


 それでも蟹はダンジョンからの命令に従い、俺たちを殺そうと巨大なハサミを叩きつけながら俺たちを押し潰そうとする。


「諦めないってところは感心するが、ここまでだな。『岩の大剣』」


 俺は蟹の下に先程よりもさらに大きな剣の刃部分だけ作ると、フィエラは俺の狙いを察して高く跳躍し、回転しながら思い切り踵落としを喰らわせる。


 すると、足が少なくなってその衝撃に耐えきれなかった蟹は、押しつぶされるようにして大剣の串刺しとなる。


 最後まで諦めずに頑張っていた蟹ではあったが、さすがに巨大な剣に貫かれては生きていることができず、魔石とアイテムをドロップして消滅した。


「アイテムを落としたか。どれどれ…」


 俺は落ちていた魔石とアイテムを回収すると、さっそくアイテムの鑑定をする。


「蟹の衣装クラブ・コスチューム(手)。効果は特に無し。手につけると蟹のように見える。なんだこりゃ…」


 見た目はさっき倒した蟹のハサミのようなものがついた手袋で、それが左右二つ分ある。鑑定した通り能力は何もなく、完璧なゴミ装備だった。


「よし。フィエラ、君にこれをあげよう」


「いらない。エルが使っていい」


「俺もいらん。それに、手の装備といったらフィエラのお箱だろ?これを装備して戦うのはどうだ?」


「邪魔」


 哀れな蟹の衣装は、フィエラの邪魔という一言によりお蔵入りとなってしまった。


(あとで売ってあげよう)


 もしかしたら、このシリーズを揃ている猛者がいるかもしれないので、その誰かに届く事を祈りながらマジックバッグへとしまうのであった。


 その後、11階層へと下りた俺たちは転移魔法陣に乗り、その日の攻略を終えるのであった。





 10階層のボスを倒し、翌日に休日を挟んだ二日後。今日も俺たちはダンジョンの攻略に挑む。


 昨日はお昼まで旅館で休んだあと、どうしても蟹が食べたかった俺たちは蟹鍋が食べられるお店へと向かい、満足いくまで蟹を食べた。


 なので、今日の俺たちはいつもよりダンジョン攻略にやる気を出しており、前回挑んだ時よりも早いペースで攻略を進めていく。


 11階層から出てくる魔物はセイレーンやマーマンで、セイレーンに関しては下半身が魚で上半身が裸の女性。マーマンは魚の被り物を被って槍を持った男性だ。


 セイレーンの攻撃方法は遠隔からの歌でマーマンへのバフと俺たちへの睡眠および魅惑の攻撃。マーマンはセイレーンの能力で強化された身体能力を活かし、槍を使って攻撃してくる。


 最初にセイレーンが出た時は、フィエラが何故か俺に目を閉じるように言い、その間に瞬殺した。


 チラッと見えたセイレーンは確かに美しく、上半身だけとはいえ裸の女性がいれば、男はみんなそちらに集中してしまうだろう。


(けど、俺と他の男を一緒にしないで欲しいんだが…)


 そんな事を考えながらもフィエラの指示に従ってセイレーンの時だけ目を瞑っていたが、背後に索敵魔法で魔物を感知すると、俺は容赦なくそいつを剣で切り捨てた。


 その魔物がちょうどセイレーンで、俺がそれを容赦なく殺したのを見たフィエラは、どこか安心した表情をして、それ以降は俺も戦いに参加させてくれた。


 そんな感じでサクサク進んできた俺たちは、2時間ほどで15階層へと到達する。


「転移魔法時のある部屋に着いたら、少し休もう」


「わかった」


 15階層を少し見て回ると、俺たちは転移魔法陣のある部屋へと着いて中に入る。


 この中はいわゆるセーフティエリアと呼ばれており、転移魔法陣のある部屋は魔物が入ってくることはない。


 そのため、攻略の進行速度によってはここで休んでから再開する冒険者も多くいる。


 俺らが中に入ると、すでに二組のパーティーが休んでおり、そのうちの一組は昨日、俺たちに絡んできたハーレムパーティーだった。


(だいぶ無理をしてここまできたみたいだな)


 男は装備が何箇所か凹んだり汚れたりしており、魔法使いの女も着ているローブに穴が空いたり破れたりしている。


 他の2人も無傷というわけではなく、それぞれ切り傷や疲労感でぐったりしていた。


 しかし、男は俺たちが入ってきたのを見ると見栄を張って疲れていないふりをするが、さすがに疲れ自体が取れたわけではないようで絡んでくることは無かった。


(ふむ。あの様子だとここではゆっくり休めそうだな)


 そんな事を思いながら男たちを観察していると、何やら4人で集まって話を始めた。

 俺たちは特にその様子を気にすることはなく、その後15分ほど休んだ俺たちは、転移魔法陣のある部屋を出て攻略を再開する。


「ついてきてるな」


「ん。ばればれ」


 どうやら先ほどの話し合いは、俺たちの後ろを隠れてついて行くことで、楽にダンジョンを攻略するためのものだったようだ。


「フィエラ、芝居は得意か?」


「やった事ないけど頑張る」


「おーけー。なら、ここからは少し手を抜いてくれ。その間に俺は隠し部屋がないか探す」


「わかった」


 俺が簡潔に言った言葉の意味と目的をすぐに理解したフィエラは、こくりと頷いてから俺の前を歩く。


 俺は前方の敵をフィエラに任せると、狭めていた索敵魔法と魔力感知の範囲を広げ、隠し部屋がないか探していく。


「見つけた。フィエラ、次の道を右に頼む」


「了解」


 隠し部屋を見つけた俺は、フィエラにそれとなく指示を出しながら、出てくる魔物に苦戦するふりをして隠し部屋へと向かうのであった。





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