第52話 ボス部屋の前

 その日の攻略を終えた俺たちは、冒険者で賑わう町の中を進みながら、この結界内にある特設のギルドまで向かう。


 そこでは魔石の買取のみを行なっており、ダンジョンで手に入れた魔石たちを換金する事が出来るのだ。


「こりゃまた…随分と混んでるな」


「ん。想像以上」


 俺らが特設のギルドに到着すると、すでに25組ほどのパーティーが並んでおり、かなり時間が掛かりそうなことが窺えた。


「仕方ない。並ぶしかないのなら並ぶか。フィエラは疲れてたら先に帰っててもいいぞ?」


「大丈夫。一緒にいる」


 それから俺たちの換金の順番が来るまで数時間ほど掛かったが、このダンジョンで出てくる魔物は魚などの群れで行動する魔物が多いため、必然的に小さめの魔石が多くなってしまい換金に時間がかかる事がわかった。


 ダンジョンよりも換金に並ぶ時間の方が疲れた俺たちは、ヘトヘトになりながら旅館へと戻った。


「おや、おかえり。無事に帰ってきてくれて良かったよ」


 旅館に戻ってくると、朝に俺たちを見送ってくれた男性が出迎えてくれる。


「切り火のおかげですかね。ありがとうございます」


「はは!そう言ってくれると嬉しいねぇ。夕飯は昨日と同じ時間に用意するからな。それまでは休んでるといいさ」


「わかりました」


 男性にお礼を伝えた後、俺たちは自分の部屋へと戻ってゆっくり休み、昨日と同じように俺の部屋で夕食を食べながら明日以降の話をする。


「明日だが、目標としては10階層のボス討伐。そして次の日は休みにしようと思うが問題ないか?」


「問題ない」


「了解。ならそんな感じで行こう。フィエラからは何かあるか?」


「このダンジョンを攻略したら、私のお願いを一つ聞いてほしい」


 フィエラはさっそく賭けで勝った際に約束した、負けた方が勝った方の言う事を一つ聞くという権利を使うようだ。


「なんだ?言っておくが、できる範囲で頼むぞ」


「デートして」


「……は?」


「デート、して」


 最初、彼女の言葉を理解するのに少しだけ時間を要したが、フィエラが俺を好きだと言っていた事を思い出し、彼女が言葉通りのことを求めているのだと理解する。


「…わかった。場所はミネルバに戻ってからでいいか?」


「問題ない」


 賭けに負けてしまったのは俺の方だし、俺自身にそこまで負担がある訳でもなかったため、俺は仕方なく了承する。


(んー、デート。昔はどうしてたっけなぁ。思い出せない)


 二周目の人生でアイリスに対して優しく接していた時、何度かデートをした事はあったが、いかんせんかなり昔の記憶である。


 それに、いくら記憶力が良くてもどうでも良いことまだは覚えていないため、その時に何をしていたかなど全く覚えていなかった。


(あとでミネルバの観光ガイドでも買っておくべきだろうか)


 正直面倒ではあるが約束したのは間違いないし、俺にできる範囲内でもあるため、こうしてダンジョンを攻略後にデートをする事が決まったのであった。





 翌日。俺たちは旅館を出たあと、ダンジョンの攻略を進めるために転移魔法陣で5階層へときていた。


「んじゃ、さっそく行きますか」


「ん。行こう」


 昨日の時点で6階層までの道は確保しているため、俺たちは迷わずダンジョン内を駆けていく。


 そして、すぐに6階層へと到着した俺たちは、また慎重にダンジョン攻略を進めていった。


 6階層からは、出てくる魔物が水ではなく実体を持った魚の群れやサメ系の中型魔物が多くなった。


 また、周囲の環境も変わって洞窟内なのに雨が降るようになり、足元が酷く滑る。


 雨は予め持ってきていたローブで防げるが、濡れてしまった足元はどうすることもできず、滑らないように気をつけながら戦闘を行っていく。


 途中に何度か休みを入れながら進んだ俺たちは、5時間ほどかけてようやく10階層のボス部屋へと辿り着く。


「ようやく着いたな」


「思った以上に足場が悪くて進めなかった」


 フィエラの言う通り、足元に注意しながらここまで進んできたため、予定よりかなり時間がかかってしまった。


「ここも待ちなのか」


 俺らがボス部屋の前に辿り着くと、既に3組のパーティーが順番待ちをしており、ボスとの戦闘に向けて作戦を立てているようだった。


「せっかくだし、情報集めでもするか」


 俺たちがこのダンジョンについて知っているのは特性と階層までで、ボス部屋で何が出るのかまでは知らない。


 ギルドでお金を払えば教えてもらえる情報ではあるが、他の冒険者に聞けばタダで聞ける場合もあるし、ギルド側も冒険者同士の助け合いを推奨しているため、率先して教えてはくれないのだ。


「すみません」


 俺は複数いるパーティーの中から、30代半ばほどの男性が5人で組んでいるパーティーに話しかける。


「ん?どうした、坊主」


「この階層のボスについてお聞きしたいんですが、よろしいですか?」


「あぁ、そういうことかい。いいぜ。ここのボス部屋に出るのは蟹型のでっけぇ魔物でな。

 両手についたハサミで主に攻撃してくる。甲羅も硬いし足も多いしで攻撃の手数がかなり多いのが特徴だぜ」


 男性は気前よく攻撃パターンまで教えてくれて、その後も戦う際の気をつけるべき点なども教えてくれた。


「ありがとうございました」


「いいってことよ。お前さんたちは見た感じ二人で挑むんだろ?大変だと思うが頑張りな」


 男性は最後にそう言ってニカッと笑うと、ボス部屋の扉が開いて中へと入って行った。


「蟹だって」


「蟹だってな」


「「…食べたい」」


 蟹の魔物と聞いて、恐怖や戦い方を考えるよりも真っ先に食べたいと一緒に思うあたり、俺たちの思考は少しずつ似てきたのかもしれない。


 それから40分ほど経つと、他の2組のパーティーも扉の中へと入っていき、いよいよ俺たちの番が回ってくる。


「やっとだな。んじゃ、行くとします…」


「お〜っと!すまないな!ここは俺らが先に行かせてもらうぜ?」


 そう言って堂々と割り込んできたのは、先日ミネルバで船に乗る際にも割り込んできたハーレムパーティーだった。


「なぁ。俺たちが先に待っていたんだが?」


「いやいや。俺たちが最初ここに来て、そのあと少し周囲を見て回っていたのさ。だからここに来た順で言うなら俺らが先だぜ?」


 男がそう言って勝ち誇った顔をすると、後ろにいる女たちもニヤニヤしながら俺たちのことを見ている。


「殺す?」


 さすがにフィエラもこいつらの態度が気に障ったのか、俺に近づくとそんな事を提案してくる。


「…そうか。ならお先にどうぞ?」


 しかし、俺は彼女の発言を聞き流すと、笑顔で彼らに順番を譲る。


 すると、男たちは俺が素直に順番を譲ると思っていなかったのか、少し驚いた顔をすると地面に唾を吐き捨ててボス部屋へと向かっていく。


「チッ。つまらねぇ野郎だ。君もこんな腑抜けより、俺たちとパーティーを組んだ方がいいぜ?いつでも待ってるからよ!」


 俺はやつらが部屋の中に入る前に、指先を男たちの方へと一瞬だけ向ける。

 そして奴らが居なくなると、静かになった部屋で俺はじっとボス部屋の扉を眺め続ける。


「よかったの?」


「なぁ、フィエラ。ああいう奴らがまともにダンジョン攻略できると思うか?」


「どういうこと?」


「ああいうのは調子に乗って身の丈に合わない攻略をして自滅する。なら、その時に俺らがヒーローのように現れて助けたら、あいつらは泣いて喜ぶと思わないか?

 それに、今回は俺たちが最初であいつらが後だっていう証拠がない。なら、今は様子を見るのがいいだろう?」


 俺はそう言うと、僅かに殺気を漏らしながらニヤリと笑う。


「なるほど。なら私もその時まで我慢する」


 ダンジョン内で出てくる魔物が思ったより手応えが無くてつまらないと感じていたが、思いのほか楽しみな事が一つできたため、俺たちはその時がくるのをじっと待つのであった。





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