第57話 過去の教え
20階層の攻略を終えた翌日。俺たちは今日もダンジョン攻略に挑んでいた。
昨日の調子で行けば、今日中には30階層に到達し、ダンジョンもクリアできるだろうと思っていたのだが、21階層からの攻略は思った以上に難航しており、3時間かけて23階層までしか進めていなかった。
「フィエラ!避けろ!」
「ん」
俺が声をかけると、先ほどまで俺たちが立っていた場所に突如水の槍が降ってきて、俺たちはそれをギリギリのところで避ける。
21階層からはこれまで通り足場が悪いのに加え、トラップが増えたためそちらも警戒しなければならなくなった。
さらにタチが悪いことに、21階層からは空気中にある魔力が非常に乱れており、感知系の魔法が使い物にならなかった。
そのため、俺が事前にトラップを感知し、それをフィエラにも伝えて避けるということが出来ず、結果的に慎重に進むしか無いのであった。
だが、これまで感知魔法に頼ることが多かった俺は、いざそれが使えなくなるとトラップに引っかかることが多く、フィエラに迷惑をかけることが多かった。
「すまない、フィエラ。俺が足を引っ張ってるな」
「問題無い。私も気をつけるから、慎重に進もう」
「…あぁ」
フィエラはそう言ってくれるが、俺は自分の未熟さに珍しく少しだけ落ち込む。
(これまでだいぶ強くなったと思っていたが、どうやら魔法に頼りすぎていたみたいだな)
俺は自身が次に鍛えるべき点を見つけたことにより、改めてこのダンジョン攻略にやる気を出す。
このダンジョンはお誂え向きにも、俺の足りない点を鍛えることのできる作りになっている。なら、それを利用しない手は無いだろう。
「フィエラ。お前はどうやって危険を感じるんだ?」
「私は尻尾の付け根がソワソワしたり、あとは背中がゾワっとする」
「なるほど…」
フィエラの話を聞くと、やはり感覚的なものらしく、尻尾の付け根などは種族的なもののように思える。
(なら、試しに目を隠してみるか)
前世で戦ったことのある強者の中に、盲目の冒険者がいた。
その人は目が見えないにも関わらず、俺の攻撃を全て避け、しかも完璧な空間把握能力で俺を瀕死にまで追いやった。
俺は戦った後、その人に何故目が見えないはずなのに俺の攻撃が避けられたのか尋ねると、目が見えないからこそ、残された感覚が研ぎ澄まされてより危険察知能力がついたと言っていた。
(あの時は結局、あの人に勝つのに必死で試さずに終わったが、今がまさにそれを試す時かもな)
「フィエラ。少し試したいことがある。しばらく迷惑をかけるかもしれないがよろしく頼む」
「わかった」
俺はそう言うと、カバンから布を出して目隠しをし、他の感覚を研ぎ澄ますようにイメージしていく。
(まずはイメージだ。さっきまでいた場所を頭の中で思い描け)
俺は頭の中で先ほどまで自分が見ていたダンジョン内の壁の幅や天井の高さ、そして明るさや気温に湿度、風や魔力の流れさえも思い出し肌で感じていく。
(…なるほど。こういう感覚か)
すると、確かに目隠しをしているはずなのに、壁の幅や高さが俯瞰して感じられるようになり、風の僅かな動きや俺の魔力を乱すように体に纏わり付いている魔力を肌で感じられるようになった。
「フィエラ。俺に向かって適当に石を投げてくれ」
「わかった」
フィエラが返事をすると、彼女が動く気配が感じられ、次の瞬間には俺の顔目掛けて拳くらいの石が飛んでくるのが感じられた。
俺はその石を顔を逸らして避けると、石が後ろの壁に当たって砕け散る音が聞こえた。
「…あのさ。なんで毎回顔狙うんだよ」
「たまたま」
俺の顔に何か恨みでもあるのかと思ってしまいそうになるが、とりあえず目を隠したことで危険察知能力が上がったことは確かなので、しばらくはこのまま進むことにする。
「まぁ、いいや。とりあえず、しばらくはこのまま進むから、進むのが遅くなるかもしれないが合わせてくれ」
「ん」
それから俺たちは、トラップを警戒しながらゆっくりと23階層と24階層を攻略し、25階層に辿り着いた時には鋭くなった視覚以外の感覚と空間把握能力により、俺もトラップの場所を感知できるようになった。
「ほい。んしょ。あらよっと」
俺は地面にあるスイッチや落とし穴、細く張り巡らされた糸などを華麗に避けていき、ようやく転移魔法陣がある部屋へと到着する。
すると、中には5人の冒険者がいる気配が感じられ、俺らが中に入ると全員がこちらを見てくる。
俺たちは空いてスペースに向かうと、腰を下ろしてこの後の攻略について話し合う。
「この後はどうする?」
「そうだな。時間的に言えば、体感でここまでくるのに約5時間か。そうなると時間的にも疲労的にもこのまま進むのは危険そうだし、前と同じで次の階層への道を見つけてから帰るか」
「わかった」
本当は今日中にダンジョンをクリアしたいところではあったが、思わぬトラップのせいで足踏みをしてしまったため、ダンジョンクリアは明日へと持ち越すことにした。
それからは、お互い飲み物を飲んだり小腹を満たしたりしながら休んでいると、一人の冒険者が俺たちの方に近づいてくるのを感じた。
「やぁ。少しいいかい?」
「えぇ。大丈夫ですよ」
話しかけてきたのは少し声の低い女性で、彼女から感じられる気配はかなり強く、なかなかの実力者であることが分かる。
「君たちは2人でここまできたのかな?」
「はい。何か問題でも?」
「いや。ただ少し不思議でね。隣の彼女は見た感じ獣人のようだし、トラップに敏感なのは分かるが、目が見えない君がどうやってここまできたのか興味があってね」
彼女は尋ねるように聞いてくるが、実際は俺のことを疑っているかのような視線でじっと見ている感じがした。
(これはあれか?俺がフィエラを手足のように使って、ここまで彼女に運んでもらったとか思われているのだろうか)
不快な話ではあるが、人間の中には多種族を奴隷のように扱い、ゴミのように捨てる者たちがいる。
ルーゼリア帝国では、人間のみならず多種族も平等に扱うようにということが法律で決められているが、人間は愚かな生き物であるため、どうしても自分たちと違うものを忌避する傾向にある。
そのため、トラップなどが多いダンジョンでは獣人をトラップ探知要因として連れまわし、危険な場所を先行させるという冒険者もいるのだ。
そして、状況的に見れば目隠しをした俺が無傷でここまで来れているのは、獣人であるフィエラに抱えられてきたか、あるいはフィエラに危険なトラップを全て対処させたからと思われても仕方がない話である。
「何か誤解をさせてしまったならすみません。俺は別に目が見えないわけじゃありません」
俺はそう言いながら目から当て布を取ると、眩しさに耐えながら目を開ける。
「これは鍛錬のために隠していただけなんです。だから別に彼女に無理をさせたとかでは無いので、安心していただけると嬉しいのですが」
「ん?あぁ。これはすまない。私はてっきり…」
「わかっています。あなたがフィエラを心配して言ってくれたことは。ありがとうございます」
「いや、私の方こそ早とちりをしたね。あ、私としたことが、自己紹介がまだだったね。私の名前はヴィオラだ。よろしく頼むよ」
「…え」
俺は彼女の名前を聞いた瞬間、心臓がドクンと跳ねる。
「ん?どうかしたかい?」
「い、いえ。なんでもありません。俺はエイルです。よろしくお願いします」
俺は言葉を詰まらせながらそう答えると、彼女が差し出した手をそっと握り返すのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます