第39話 魔物暴走

 盗賊の討伐依頼を受けてからさらに二週間が経った。

 俺たちはその間、Aランクの魔物討伐を繰り返し行い、先日ついにSランクへの昇格試験を受けるチャンスを得ることができた。


 ただタイミングが悪かったのか、この街のSランク冒険者も依頼を受けるので忙しいらしく、昇格試験を受けれずにいる。


 そんなある日、いつものように依頼を終えて森を出ようとすると、突如森の奥から大量の魔物が押し寄せて来る気配を感じた。


「フィエラ」


「ん。ついに来た」


 フィエラには事前に魔物暴走の可能性を説明していたため、俺たちは急いで領内へと戻りギルドに駆け込む。


「エ、エイルさん?フィエラさん?そんなに慌ててどうされたんですか?」


「レイナさん。ギルマスは今どこにいますか?」


 レイナさんとは、この街に来てからお世話になっている受付嬢で、よく俺たちの依頼処理をしてくれている人だ。


「ギルマスなら部屋にいると思いますが…」


「至急会えるように手配してください。魔物暴走が始まります」


「え?!わ、わかりました!」


 レイナさんは俺の話を聞くと、慌てた様子で階段を駆け上がりギルマスの部屋へと向かう。


 少ししてレイナさんが戻って来ると、俺たちはギルマスの部屋へと案内された。


「初めまして。私がここのギルマスをしているレーネだ。さっそくで悪いが話を聞かせてくれるかい」


 レーネと名乗った女性は、30代半ばくらいに見える綺麗な人で、特徴的な紫色の髪と左目につけた眼帯が印象的な人だった。


(強さ的にはSランクくらいか)


 ヴォイドさんほどの強さは感じられないが、彼女も冒険者としては十分に強い分類に入る実力を持っているように見える。


「はい。先ほどまで俺たちは依頼で森にいたのですが、その際、俺の索敵魔法で森の奥から大量の魔物が押し寄せて来るのを感知しました」


「私も。大量の魔物の気配を感じた」


 フィエラも獣人族としての勘をもって俺の言葉に続くと、レーネさんは少し考える素振りを見せる。


「…話はわかった。確かに近頃、森の様子がおかしいのは私たちも気になっていた。

 本来は森の奥にいるはずの魔物が何故か浅いところに出てきたり、以前よりも弱い魔物たちが活発になったという情報は受けている。

 これら全てが魔物暴走の予兆だったというのなら、確かに辻褄は合うね」


「はい。それに、森の中枢にはかなり強い気配がありました。あれはおそらく森の王だと思います」


「新たな王が誕生したと言うことか…」


 ここの森には王と呼べる存在が長らく不在だった。

 十数年前に当時の王を騎士たちとSランク冒険者数人で討伐して以来、王の次に強かった魔物たちが縄張りを作って不干渉な状態が続いていた。


 しかし、新たな王が誕生すればその魔物たちは王に従うため集まり行動を始める。


 それにより、これまで落ち着いていた森が一つの魔物の組織となり、王の意思で魔物たちは動き出すのだ。


「この話が本当なら、すぐにでも対策を立てた方が良さそうだね」


「そうですね。おそらくそろそろ魔物側の第一陣が見えて来るはずです」


「わかった。この街は外壁が頑丈だからしばらくは保つかもしれないが、私たちもすぐに動くことにしよう。レイナ!すぐに冒険者たちを集めな!レイド、お前はこの事を領主様に伝えて来てくれ」


「はい!」


「かしこまりました」


 レーネさんはレイナさんと秘書のレイドさんに指示を出すと、二人はすぐに部屋を出て指示通りに行動していく。


 俺たちもやる事をやるために席を立つと、レーネさんから声をかけられた。


「ちょっと待ちな。どこに行く気だい?」


「レーネさんたちの話が決まるまで、壁の外で時間稼ぎでもしてこようと思いましたね」


「たった二人でか?」


「はい。何か問題でも?」


 俺は何故止められているのか分からず、素でその理由を尋ねる。


「無茶だ。二人で魔物の大群を前に時間稼ぎをしようなど死にに行くようなものだ。すぐに領主様とも話をつける。だからもう少し待ちな」


 ここまで言われて、俺はようやく彼女が俺たちのことを心配して言ってくれているのだと理解した。しかし…


「だからなんです?死んだらそれまで。ただそれだけのことです。それに、こんな楽しい事を前に待てるわけがないでしょう。俺たちは先に行ってますから、レーネさんたちはしっかりと対策を立ててから来てください。では」


「おい!待て…!」


 レーネさんは最後まで俺たちを止めようとしていたが、俺はそれを無視して部屋を出ると、フィエラと並んで廊下を歩く。


「エル。本当に行くの」


「あぁ。嫌ならお前は来なくて良いぞ。これはあくまで俺が決めた事だ。お前はお前のやりたいようにやれ」


「ん。私はエルについていく。エルと一緒なら死んでも後悔はない」


「そうか」


 フィエラは迷いなくそう答えると、氷雪の偽造でドラゴンと戦った時とは違い、瞳には確かに死ぬことに対する覚悟が感じられた。


「さぁ、楽しもうじゃないか」


「ん」


 俺らはその言葉を最後に冒険者ギルドから出ると、壁の外へと向けて走り出すのであった。





「きた」


 門を出てしばらく待っていると、フィエラは鋭い目つきで森の方を睨む。


 すると、森の中からフォレストウルフやオーク、ゴブリンにキラービーなど数多くの低級魔物が溢れ出て来る。


 やつらは戦闘能力こそ低いが、その数は以上に多いため、ざっと索敵魔法で見た感じ1000体くらいはいそうだった。


「やっぱり最初は雑魚ばかりだな」


「ん。この程度なら協力し合う必要もない」


「なら、俺は右から」


「私は左」


「よし、行くか」


 その言葉を合図に、俺とフィエラは地面を蹴って左右に分かれ、雑魚どもを殲滅していく。


 俺は以前ガイザルから貰った槍を構えると、それに闘気を纏わせて横に薙ぎ払う。

 それだけで周囲にいた魔物たちは呆気なく死んでいき、俺の目の前にはぽっかりと一つの穴が出来上がった。


「やっぱ槍もいいな。剣とは違った楽しさがある」


 その後も周囲に寄って来る魔物たちを槍の餌食にしながら進んでいくと、反対側で地面を殴りつけるような轟音が響いた。


「フィエラか。あいつも楽しんでいるようだな」


 彼女も本質は俺と同じ戦闘好きだ。そんな彼女がこんな最高の場面を楽しまないわけもなく、その後も反対側からの轟音は響き続ける。


「…何やってるのか気になるな」


 俺たちの間にはまだまだ魔物が数多くいるため、フィエラが何をしているのか見ることはできない。


「おっと」


 そんな事を考えながら魔物を殺して進んでいると、突然目の前から石が飛んできた。


「あぁ〜、なるほど。地面を殴って石の礫を作り、それを木の棒で打って周囲に勢いよく飛ばしてるのか」


 フィエラの戦闘スタイルは自身の肉体を使った近接戦闘だ。そのため、一対多になった時は手数の少なさで圧倒的に不利になる。


 それを補うために自身で地面を殴りつけ、その衝撃でできた石をどこからか取ってきた木の棒を闘気で強化して打ち飛ばしているようだ。


「賢いなぁ。なら、俺も利用させてもらうか」


 フィエラとの距離が近づくと、魔物を貫通して俺に向かって来る石も増えてきたため、俺はその石たちを槍で弾き返しながら魔物を始末していく。


 これで、槍で近くの魔物を殺しつつ石で遠くのやつも殺せるようになったためさらに楽な戦いができるようになった。


 それから20分ほどすると、1000体ほどいた魔物は全て地面へと倒れ、立っているのは俺たち二人だけになった。


「お疲れ」


「ん。余裕だった」


「だな。まぁ、まだ向こうも様子見だろうし、次はもっと手応えのある奴らが来るかもな」


 俺は次の魔物が来る前に、地面に転がった魔物たちの死体を風魔法で退かしていく。


 本当はこんな所で魔力を無駄遣いしたくないのだが、死体がバラバラに転がっていると戦う時に邪魔になるため、今回は必要な消費として諦める。


 一通り魔物たちの死体を片付けた俺たちは、次の襲撃に備えるため外壁の方へと戻っていくのであった。





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