第40話 森の王

 外壁近くへと戻って来ると、大勢の冒険者を連れたレーネさんが驚いた顔をしながら俺らのことを出迎えた。


「あ、あんたら…いったい」


「俺たちはただのAランク冒険者ですよ。知ってますよね?」


「知ってはいるが、それにしたって強すぎないかい?」


「そんな事ないです。それより、そちらはどうなりましたか?」


 俺たちの強さの話などはどうでも良いので、それよりレーネさんたちの作戦の準備がどうなったのかを早く教えてほしかった。


「あ、あぁ。すまないね。こちらは領主様が派遣してくれた騎士団と協力して、魔物をここで始末していくことが決まった。この街の外壁は魔物が住む森が近いこともあって頑丈に作られているから、そう簡単には壊れないからね。


 それと、領主様が直接率いる精鋭部隊とSランク冒険者数名で森を迂回しながら進み、私たちが森から攻めてきた魔物を相手にしている間に森の王を討伐することになったよ」


 どうやら作戦自体はすごく単純なもので、レーネさん率いる騎士団と冒険者の混合部隊が街を守っている間、領主率いる精鋭部隊が森の王を倒すつもりのようだ。


(ふむ。作戦としては妥当ではあるな。森の王を倒せば雑魚どもは戦う意味をなくして散っていくはず。問題は…)


 領主たちが森の王を倒せるかどうか。それが一番の問題である。

 俺は森の王の強さを確認するために索敵魔法に魔力感知を合わせて使用し、森の方へと範囲を広げていく。


「っ!!…ふふ、そうか」


 すると、森の真ん中あたりに一体だけ化け物と呼べる強さの魔物が鎮座しており、俺の索敵魔法に気付いて殺気を飛ばしてきた。


「俺を待ってるのか?だが何故俺を知っている?いや…」


 最早そんな事はどうでも良い。それより、化け物が俺と戦うために森の奥で待っている。それだけが今この場では重要な事だ。


「フィエラ。行くぞ。向こうはどうやら俺が来るのを待っているらしい」


「わかった」


 フィエラに一声かけると、俺たちは森に向かうためレーネさんたちに背を向ける。


「ま、待て!どこに行くつもりだ!」


「森の王のところです。奴はどうやら俺のことを待っているようなので、出向いてやろうかなと」


「待っているだと?どういう事だ。それに、そちらには領主様とSランク冒険者たちが向かっている。彼らならきっと森の王を倒してくれるから、君たちが行く必要はない!」


 レーネさんは一向に俺らのことを行かせようとしてくれず、相手にするのも面倒だと思ってこのまま押し通ろうかとも思ったが、それより現実を見せてあげた方が早いかと思い、感覚共有で森の王の強さを教えてあげた。


「ひぅ!?な、なんだ…この化け物は…」


 レーネさんは森の王が放つ気配に驚きを隠せず、青い顔をして僅かに震えていた。


 それもそうだろう。奴の強さはSランクでも上位に入り、なんならSSランクに届きそうなほどに強い。


 まだ生まれたばかりの王なのでSランクに留まってはいるが、このまま成長すればどこまで強くなるか分からない。


「これで分かりましたよね?このままいけば、領主様たちは間違いなくこいつに殺されます。そうなれば、次に奴は俺を殺すために森を出てここに来るかもしれません。

 その時、ここが戦場になれば街もただでは済まないでしょう。だから俺が行くんですよ」


「…森の王の強さは分かった。だからこそ、尚更君が奴に勝てるとは到底思えない。なのに、何故君は奴のところへ向かおうとする」


 レーネさんはいまだ納得することができないのか、俺に奴と戦いに行く理由について尋ねてくる。


「そんなの簡単です。俺が奴と戦いたいから。それで俺が負けて死ぬのならそれだけの話ですよ。俺は別に生きたいわけじゃない。強さを求め、強者を求め、目の前に立ち塞がる敵と戦いたいだけ。ただそれだけです」


「いかれてる…」


「はは。何とでも言ってください。けど、それが俺の全てです。

 これ以上は時間の無駄なのでもう行きますね。フィエラ」


「ん」


 今まで黙って話を聞いていたフィエラに改めて声をかけると、俺らは身体強化を使って森へと向かっていくのであった。





 一方その頃、新たに生まれた森の王を討伐するために森の中を進んでいたアドニーア辺境伯領の領主、ゾイド・アドニーアと精鋭部隊たちは、一歩進むごとに冷や汗が止まらない状態が続いていた。


「ゾイド様。こいつはやばいです。俺たちの手に負える相手では…」


「わかっている。だが、この領地を預かる者として、ここで引くわけには行かぬのだ」


 森の奥から放たれる新たな王のただならぬ雰囲気。ゾイドたちはその雰囲気を感じとり、誰しもが無事には帰れない事を覚悟していた。


(Sランク冒険者を6人ほど連れてきてはいるが、もしかしたら今回は勝てぬかもしれぬな…)


 魔物のランクはあくまでも複数人で戦った場合を想定して付けられたランクであり、同ランクの冒険者が一人でその魔物と戦った場合、勝つ事はほぼ不可能に近い。


 それはランクが高ければ高いほどその可能性は低くなっていくもので、以前ルイスたちがダンジョンで倒したドラゴンであれば、体の大きさや飛行能力があることからAランク冒険者なら8人、Sランク冒険者でも5人でパーティーを組んで倒すような敵である。


 前回出現した森の王はSランクの熊型の魔物で、Sランク冒険者5人とゾイド率いる騎士団で何とか倒すことができた敵だった。


 しかし、今回出現した森の王は前回の王よりもさらに強い気配を放っており、とてもじゃないが今のメンバーで勝てるような相手ではなかった。


 それでも彼らは、領主として、そして高ランク冒険者の意地とプライドで次の一歩を踏み出そうとした。


 その時、ルイスが森の王を索敵魔法で探ったことで、森の王から放たれた殺気に当てられた彼らは一歩を進むはずが、逆に恐怖で無意識のうちに後退してしまった。


「な、何という殺気だ」


「む、無理ですよゾイド様!あんな化け物に勝てるわけがありません!撤退しましょう!」


 ゾイドたちと一緒に来ていた冒険者の一人が、あまりの恐怖に撤退する事を提案する。


「し、しかし…」


 ゾイドも口では躊躇っている様子ではあったが、出来ることのなら今すぐにでも逃げ出したかった。


 彼らには最早、さっきまでの意地もプライドも存在せず、進む勇気も逃げる決断も下すことができない。


 そんな時、彼らの横をもの凄い速さで横切る二つの人影があった。


「なんだ?」


「子供?」


 ここにいるのは誰もが強者である。そのため、身体強化をして走り抜ける二人の子供、ルイスとフィエラの姿がしっかりと見えていた。


「な、何者だ…」


 ゾイドたちは森の王が放つ殺気の中、何の躊躇いもなく突き進むルイスとフィエラの後ろ姿を、ただ眺めていることしか出来ないのであった。





 俺たちは森に入ると、索敵魔法で魔物の位置を把握し、一番魔物の数が少ないルートで森の王のもとへと向かう。


 その途中、武装した騎士団と冒険者らしき団体の横を通った気がするが、俺はそれよりも肌を焼き焦がすようにひしひしと感じる殺気に高揚が抑えきれなくなっていた。


「ふふ。今回は本当に死ぬかもなぁ。だが、こんな相手と戦えるなんて最高だ。思い切り楽しまないとな」


 それからさらに森の中を進んでいくと、ようやく森の王がいる場所へと辿り着く。


 やつは大きな岩の上へと座り、目を瞑ってじっとしていた。


(人型の魔物だと?)


 森の王は俺たち人間と何ら変わらない体をしており、二本の腕に二本の足を持っていた。

 しかし、もともとの種族は昆虫型の魔物だったのか、頭には大きい角と小さい角のようなものが一本ずつ生えており、体は黒い甲羅のような物で覆われていた。


(ビートルのような昆虫型の魔物だったのか)


「フィエラ。こいつは俺が相手をする」


「エル!」


 フィエラも森の王を目の前にし、奴の異常なまでの強さを察してか、俺が一人で相手をすると伝えると怒りを込めた声で止めようとして来る。


「焦るな。お前にはもう一体の方を任せる」


 俺がそう言うと、大きな岩の影から人の形をした蜂型の魔物が一体出て来る。


「王がいるのだから、王妃も当然いるよな」


 種族としては違う二体ではあるが、この二体が並んだ様はまさに王と王妃と言っても過言ではない雰囲気がある。


「…わかった。すぐに倒して来るから」


「おう。ただ、ゆっくりでいいぞ。焦って油断しないように気をつけろ」


「ん」


 フィエラはその言葉を最後に、蜂型の魔物に目配せをすると、二人で別の場所へと移動していった。


(やはり知能が他の魔物に比べてかなり高いな。もしかして俺らの言葉を理解しているのか?)


 俺がそんな疑問を持ちながら未だ目の前に座る王を見ていると、奴の目がゆっくりと開かれた。


「ワレ、コノモリノオウ、ビルドナリ。ナンジ、ルイスデマチガイナイカ」


「俺を知っているのか?」


 森の王が突然喋り出したことにも驚いたが、それよりも俺の名前まで知っていることの方がもっと驚きだった。


「ワレ、ナンジヲタオスタメニウマレタ。ユエニ、ワレ、ナンジガクルノヲマッテイタ」


(俺を倒すために生まれただと?一体どういうことだ…)


 ビルドとの会話は疑問ばかりが増えていくが、今はそれよりこいつの狙いが俺であり、俺もまたこいつと戦うためにここにいるということの方が重要だった。


「そうか。なら、全力で楽しもうじゃないか!」


 俺がニヤリと笑いながらそう言うと、森の王ビルドは大きな岩の上へと立ち上がり、俺のことをじっと見下ろす。


 この瞬間、ついに森の王ビルドとルイスの戦いが火蓋を切るのであった。





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