第36話 一番めんどうなもの

 翌朝になると、俺は誰かに抱きしめられている感じがして目を覚ました。


「はぁ。何でだよ…」


 視線を下げて胸元を見てみると、そこには俺に抱きついて眠っているフィエラの姿があった。


(昨日は確かに別々のベッドで寝たよな。なのに何でこっちに来て寝てんだよ)


 寝る前は確かに二つのベッドに分かれて寝たはずなのに、朝目を覚ますと俺を抱き枕にして眠っているフィエラがいる。これ如何に…


(ほんと、何が目的なんだ)


 いや、本当は彼女のこの行動の理由にも何となく想像はついている。

 しかし、そこに至った経緯や理由が分からないため、どうしたものかと判断しかねているのだ。


(というか、恋愛なんて興味がない俺にどうしろっていうんだ)


 彼女の抱いている感情が俺の想像通り恋愛感情なら、申し訳ないがその気持ちに応えることはできないだろう。


 これは一度しっかりと話した方が良さそうだなと判断した俺は、とりあえず今この状況をどうしようかと悩むのであった。





 気が付けば俺は二度寝をしていたようで、また目を覚ますとすでにフィエラは部屋の中にいなかった。


「あ、おはよ」


 朝食にでも行ったのかと思いベッドから体を起こした時、ちょうどフィエラが部屋へと戻って来る。


「あぁ。朝食を食べてきたのか?」


「違う。少し体を動かしてきた」


「そうか。…フィエラ、少し話がしたい」


「ん」


 俺がそう言うと、フィエラは隣にあるベッドに座って俺の方を見て来る。

 朝の件についてどう話を切り出そうかと思ったが、俺もフィエラも面倒は嫌うタイプなので率直に聞くことにした。


「一つ聞きたいんだが、お前は俺のことをどう思ってるんだ?」


「好き」


 俺の質問に何の迷いもなく答えるフィエラに、俺の方が少しだけ言葉を詰まらせた。

 だが、ここで俺が曖昧な態度をとると今後にも良くないと思ったので、俺も迷わず自身の気持ちを伝える。


「お前の気持ちはありがたいが、俺にはそういった感情はない。

 だから申し訳ないが、俺への好意でこの旅について来たのなら、今からでも戻ってくれないか?」


 俺の言葉を聞いたフィエラは少しだけ悲しそうな顔をしたが、すぐに決意を持った表情に変わると、真剣に自身の気持ちを言葉にする。


「エルにその気がないのは分かってる。でも、私も世界が見たくてエルについてきた。それが私の小さい頃からの夢だったから。

 だから私はエルについて行く。それに、今はその気がなくてもいつか振り向かせる。エルはいつも通りにしてていい」


 フィエラの瞳には絶対について行くという固い意志が感じられ、これ以上は説得するのが無理だと思った俺は、「好きにしろ」といってこの話を終わらせた。


 最初は置いて行こうかとも考えたが、どうせフィエラとの付き合いは旅を終えて俺が学園に通うようになるまでだろうし、それまでは放置しても問題ないと判断したのだ。


 それに例え置いていっても、本当にどこまでもついて来そうな雰囲気が彼女からは感じられたので、ぶっちゃけ少し怖かったのもある。


(はぁ。この物好きめ。何でよりによって俺なんかを…)


 自分で言うのも何だが、俺は自身を面倒くさい人間だと思っている。

 戦うこととだらけること以外には興味がなく、大切だと思えるのはせいぜい両親くらい。


 あとはどうなろうがどうでも良い存在で、人を愛する感情すらとっくに失った。


 それでもフィエラに多少甘くなってしまうのは、彼女がこれまでの前世で俺の死に関わらなかった人だからだろう。


 それが意味するのは、慣れたと思っていたアイリスやミリアのような俺の死に関わる存在をいまだ心のどこかで恐怖しており、フィエラのような無関係の人にどこか安らぎを求めているということだろう。


(自分が一番めんどくさい…)


 俺は自身のことを面倒な人間だと再認識すると、ベッドから降りて服を着替え、フィエラと一緒に朝食を食べに向かうのであった。






 朝食を食べた俺たちは、今日からさっそく依頼を受けるために冒険者ギルドへと入る。


 中に入ると、昨日の俺たちを見ていたせいか、周りの連中は視線を合わせてこようとしない。


 そんな周りを気にせず掲示板を眺めていると、ちょうど良さそうなのがあったのでその依頼を受けないかフィエラに尋ねることにした。


「フィエラ。これなんてどうだ」


「キングトレント。Aランク。問題ない」


「おーけー。なら、この依頼を受けよう」


 受ける依頼を決めた俺たちは、その依頼書を持って受付へ行くと、受付けの女性に依頼書を見せて手続きをしてもらった。


 依頼を受けて冒険者ギルドを出た俺たちは、さっそくキングトレントを討伐するために森の中へと来ていた。


「思ったより木が密集してるな。これじゃ火魔法は無理だな」


「ん。私も足場に気をつけないと危ない」


 お互いに出来ることと出来ないこと、そして注意すべき点をいくつか確認し終えると、俺が索敵魔法を展開して移動する。


 キングトレントは思ったよりも森の浅いところにいたため、そこに向かうまでの間にフォレストウルフやキラービー、グリーンベアなどに遭遇するが、それらをサクッと倒しながら進んでいく。


「うわぁぁぁあ!!!」


 すると、しばらく進んでもうすぐで獲物が見えてきそうだった時、正面から悲鳴を上げながら四人の男女が走ってこちらへと向かってきた。


「エル」


「わかってる」


 フィエラもこちらに向かって来る魔物の気配に気づいたのか、すぐに戦闘体勢へと入る。


 俺もいつでも魔法を使用できるよう魔力を練っていると、逃げてきた四人も俺たちに気がついて逃げるように声をかけてきた。


「お、お前ら!早く逃げろ!」


 四人の中でリーダーっぽい男が俺たちを気遣ってか声をかけてくれるが、俺たちには逃げる気などさらさら無かった。何故なら…


「逃げるわけないだろ。獲物が向こうから来てくれたんだから」


 そう。逃げる彼らを追ってきたのは俺らの討伐対象であるキングトレントだった。


「フィエラ。思い切りいけ」


「ん」


「あ!おい!」


 フィエラは逃げて来る四人の間を通り抜けると、キングトレントに向かって拳を思い切り振り抜いた。


 フィエラの殴打を喰らったキングトレントはその大きな体を後ろへと傾けると、そのまま良い音を立てて倒れた。


「ま、まじかよ…」


「嘘でしょ」


 四人組がフィエラの放った一撃に驚いて動きを止めていると、突然周囲の木々が動き出して蔦や根で攻撃を仕掛けようとして来る。


「きゃあぁぁぁ!」


 どうやらキングトレントの種族魔法である増殖により、周りの木々がトレントになったようだ。


 キングトレントには自身に生えている枝から瞬時に種をまき、周囲にあるただの木をトレントにして配下にする能力がある。


「氷の花園アイス・ガーデン


 俺はすぐに氷魔法の氷の花園を使用すると、周りにいたトレントから氷の花が次々に咲き誇り、トレントは枯れて力尽きていく。


 氷の花園は対象から強制的に生命エネルギーを奪って花を咲かせる魔法で、生命エネルギーを奪われた敵は枯れたように干からびて死に至る。


「あ、あれ?」


「枯れてるぞ…」


「フィエラ。終わらせろ」


「ん」


 トレントからの攻撃を覚悟していた四人組は突然枯れたトレントたちに驚いていたが、俺はそんな彼らを無視して氷の花園で弱っているキングトレントにとどめを刺すようフィエラに指示を出すと、彼女は闘気を腕に纏って手刀でキングトレントを真っ二つにした。


「おわった」


「おつかれ」


 キングトレントの魔石を回収して戻ってきたフィエラから魔石を預かると、俺はそれをマジックバッグに入れて他の素材も回収して行く。


「あ、あの…」


(ん?あぁ、まだいたのか)


 キングトレントから樹皮を剥いだり貴重な枝を採取したりしていると、後ろから18歳くらいの剣士風の男が声をかけてきた。


「助けていただきありがとうございました」


「気にしなくて良いですよ。もともと俺らの狙いはこいつでしたし、助けたのはそのついでなので」


「そ、そうですか」


 助けたのがついでと言われてどう返したら良いのか分からなかったのか、男は少し苦笑いしていた。


「俺たちはこいつの素材回収があるので、先に戻ってもらって構いません」


「わかりました。お礼は後ほどさせてください」


 男が最後にそう言うと、四人は俺たちに一度頭を下げて森の出口まで向かって行く。


「さて、フィエラ。早く終わらせるぞ」


「わかった」


 その後、フィエラにも手伝って貰いながら俺らは自身よりも何倍も大きいキングトレントの解体を終わらせると、ゆっくりと街に戻るのであった。





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