冒険編
第35話 アドニーア領
フィエラと二人で公爵領を出てから一週間が経った。
俺たちは現在、公爵領から東にあるアドニーア辺境伯領へと来ていた。
通常であればここまで来るのに馬車で半月ほどかかるのだが、俺たちは日中に身体強化を使って走り続けていたため、この日数で着くことができた。
「ようやく着いたな」
「ん。でも楽しかった。それにエルの作るご飯も美味しい」
「そりゃどうも」
フィエラはそういうと、本当に楽しかったのか尻尾を上機嫌にふりふりと揺らしている。
しかし、俺は楽しかったというより、ようやく解放されるという思いの方が強く、内心それどころではなかった。
(フィエラ。まさかあそこまで料理下手だとは)
旅に出た初日の夜。その日はフィエラが料理を作ると言って動物や野草を使ったものを作ってくれたのだが、それがあまりにもヤバかった。
見た目は普通のスープなのに、何故か味が魔物の魔力器官を直接食べた並に不味かった。
思わず俺はその場で吐きそうになったが、フィエラの期待が籠った瞳から逃げることができず、俺は耐えて飲み込む。
「どう?」
「あ、あぁ。うまい…な」
「よかった」
フィエラはそういうと、自身も躊躇いなくスープを口にし、あっという間に平らげてはおかわりを器へと入れる。
(俺がおかしいのか?それとも俺のがおかしいのか?)
もう何がおかしいのか分からなくなったが、味が分かっていれば耐えて飲み込めるものだったので、俺は諦めて完食するのであった。
しかし、さすがにあれを毎日食べるのは無理だと感じた俺は、次の日からは俺が料理を作ることにしたのだ。
(おかげで料理のスキルが上がったなぁ)
以前よりも料理を作るのが上手くなった俺は、青い空を眺めながら「はは」と乾いた笑みを漏らすのであった。
辺境伯領に入った俺たちは、まずは今日泊まる宿屋を探しに向かう。
泊まる場所を最初に見つけないと、夜には泊まれる部屋がなくなる可能性があるからだ。
「ここでいいか?」
「ん。大丈夫」
俺が選んだのは、外装がそこそこ綺麗で、冒険者ギルドにも比較的近い場所にある宿屋だった。
「いらっしゃいませー」
中に入ると、20代半ばくらいの女性が受付におり、俺たちのことを出迎えてくれる。
「泊まりたいんですが、部屋はありますか?」
「大丈夫ですよ。二部屋でよろしいですか?」
「はい。それで…」
「一部屋でいい」
俺がそれでお願いしますと言おうとした瞬間、後ろにいたフィエラがずいっと出てきてアホなことを言い始めた。
「今なんて言った?」
「一部屋でいい」
「アホか。二部屋取れるならそれで良いだろ。なんでお前と同じ部屋なんだよ」
「節約」
「金に困ってねーだろ!」
これまで公爵領のダンジョンに挑んできた俺たちは、自慢じゃないがそこそこ金がある。
だからフィエラが言うような節約をする必要性が今は全くないのだ。
その後もあーだこーだとお互いに主張しあっていると、受付の女性が痺れを切らして鍵を《一つだけ》渡してくる。
「めんどくさいのであとは部屋でやってください」
「「はい」」
良い笑顔で言われた俺たちは、女性の放つ謎の圧力に負けて頷くしか無かった。
部屋に入ると、俺は精神的疲労によりベッドへと倒れ込む。
「疲れた?」
「…誰のせいだと思ってやがる」
「そんなに嫌だった?」
フィエラはそう言うと、耳がペタンとなって尻尾の元気もなくなる。
「はぁ、もういいよ。気にすんな」
そんな姿を見せられては、さすがにこれ以上責めることはできないし、何よりすでに決まってしまったことなので変えることもできない。
「ありがと」
俺が諦めを込めてそう言うと、フィエラはさっきの反応が嘘のように尻尾をふりふりと揺らす。
(あー、人付き合いめんど)
そんな彼女を眺めながら、俺は改めて人と関わることの面倒臭さを実感するのであった。
部屋で少し休んだあと、俺たちは冒険者ギルドへと向かうことにした。
明日以降はここで数日間依頼をこなして行く予定なので、どんな依頼があるのか下見をするためだ。
ギルドに入ると、さっそく昼間から酒を飲んでいる男たちが俺たちの方を見てくる。
(これはなんか、面倒ごとに巻き込まれそうな予感がするな)
こちらを見ている男たちの視線の中には、フィエラを物色するように見ている奴らもいるため、この後の展開がなんとなく想像つく。
俺らはとりあえずその視線を無視すると、依頼が張られている掲示板の方へと向かい目を通して行く。
「お、結構良いのがあるな」
「ん。強そうな魔物が何匹かいる」
「まぁ、ここは帝国でも端の方だからな」
辺境伯領は、隣に大きな森林地帯があり、そこには数多くの魔物が生息している。
その森を抜けた向こう側にはアンフィセン王国という国があり、その国と帝国はあまり仲が良くない。
しかし、間にあるこの森林地帯がお互いの邪魔をしており、戦争には至っていないというのが現状だ。
そして、この森林からはたまに魔物が溢れ出てくることがあるため、ここアドニーアでは魔物討伐の依頼が多くあるのだ。
「良さそうなものを探しててくれ。俺は少し受付けの人と話してくる」
「わかった」
依頼のことはとりあえずフィエラに任せ、俺はこのギルドについて説明を受けるため受付へと向かう。
「こんにちは。どうされましたか?」
「初めまして。実は今日この街に着いたばかりでして、ここのギルドについて教えて欲しいんですが」
「かしこまりました。ではまず、こちらのギルドにあります依頼についてご説明いたします。
こちらでは主に魔物討伐の依頼が多く、また高ランクの依頼が多くございます。
次に多いのが薬草採取になりますが、こちらは受ける人があまりいないのが現状です」
「何故ですか?」
「一番の理由は、魔物を倒す方が稼げるからです。次に、この街にはあまり初心者の冒険者がおりません。こちらもやはり魔物討伐の依頼が多いため、初心者はこの街で生活して行くのが難しいからです。
結果として薬草採取の依頼を受ける人があまりおらず、素材が常に不足しているという状況になります。
なので、薬草採取の依頼は通常よりも高い報酬をお支払いしておりますので、お時間があれば受けていただけると嬉しいです」
「わかりました」
「次に施設内についてですが、現在私どもがおりますこちらが受付けとなっており、裏側に魔物の解体場、そして訓練場があります。
牙や爪などはこちらの受付でお受けしますが、大きな魔物の肉などの場合には裏の解体場に持ち込みをお願いします。
その際、ご自身で解体する場合と職員に解体を依頼する場合で料金が異なりますので、ご利用の際はお声がけください」
「はい」
受付けの女性はその後もギルド内の事や街のこと、そしておすすめの食事処や武器屋なども教えてくれた。
「ありがとうございます。すごく助かりました」
「いえいえ。お気になさらないでください。他に何かご質問はありますか?」
「では、ギルド内で争いが起きた場合について教えてください」
「ギルド内の争いについては、基本的に私どもは不干渉となります。
また、最初に武器および魔法を使用したものには罰を受けてもらいます。その際、相手側は正当防衛となりますので、罰などはございません」
「では、剣を抜かれた相手側がその相手を倒して装備品やお金を奪った場合はどうなりますか?」
「その場合についても特に罰はありません。言い方はあれですが、慰謝料という扱いにさせていただきますので、その際はお気になさる必要はございません」
「わかりました」
俺は最後に聞きたかったことを聞けたので、受付けの女性にお礼を言ってフィエラの方へと戻る。
すると、案の定フィエラは四人の男に囲まれており、まさに面倒ごとが起きている状況だった。
「エル。助けて」
「……」
フィエラは俺が戻ってきたのを見ると、特に困った様子もなく助けを求めてくる。
(何やってんだこいつ)
「エル。助けて」
「いや、お前自分で…」
「助けて」
彼女が何故こんな茶番を求めてくるのかは分からないが、相手の男たちも俺に気づいてこちらを見てくるし、フィエラは自分から動く気が全くないようなので、仕方なくその茶番に付き合うことにした。
「お前ら。俺の仲間に何かようか」
「あん?なんだガキ!俺たちはこの子をパーティーに誘ってんだ!お前はお呼びじゃねぇ!」
「そうだ!お前みたいな弱そうなやつなんかいらねぇんだよ!家に帰って寝てろ!」
見た感じこの男たちのランクはCランク程度で、そこまで強そうな印象もなく、俺らには遠く及ばない。
相手をするのも面倒になった俺は、適当に煽って最初に攻撃を仕掛けてもらうことにした。
「俺より弱い奴らが何吠えてやがる?お前らじゃ荷物持ちにもならないから早く失せろよ」
「このクソガキ!」
沸点の低い男たちはあっさりと剣を抜いて襲いかかってくるが、俺はそいつらに重力魔法を使って地面へと平伏させる。
「ぐへっ!」
「ま、魔法だと!しかも無詠唱!」
俺は地面に平伏している男たちの前でしゃがむと、さらに重力を重くしながら殺気を込めて睨みつけた。
その瞬間、男たちの骨が何本か罅が入るような音が鳴る。
「分かっただろ?お前らと俺らじゃ格が違うんだ。だからこれ以上関わってくるな。いいな?」
男たちは俺の殺気に当てられ、ガタガタと震えながら頷く。
俺はついでに男たちの懐から慰謝料として金を頂戴し、フィエラを連れてギルドを出る。
「エル。ありがと」
「フィエラ。あんな茶番は二度と付き合わないからな。今度から格下は自分で片付けろ」
「ん。分かってる」
次にこんなめんどくさいことに付き合わせたら、その時は容赦なく置いて行くという意思を込めて軽く睨むと、フィエラはすぐに了承した。
その後はとくに寄り道などをすることもなく、俺たちは宿屋へと戻るのであった。
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