第34話 置いて行かれた者たち

 これは、ルイスとフィエラが旅に出てから一週ほど経った頃の話である。


 アイリスは、いつものように勉強やマナー、そしてダンスなどの練習を頑張っていた。


 それは全て、愛しい婚約者であるルイスの恥とならないために。そして未来の夫である彼の隣に立ち続けるために。



 ミリアは仕えるべき主人を失い壊れた。必要ないと言われ、邪魔だからと置いて行かれた彼女の心は一度壊れて再構築される。


 それは周りを恐怖させるようなおかしな方向へと。それは狂気的で異常なまでの愛へと。


 これは、そんな彼女たちの愛がさらに重くなった日の話である。




〜sideアイリス〜


 朝。私はいつもの時間に目を覚ますと、メイドに手伝ってもらいながら身支度を済ませます。


 もともと私は朝が得意ではありませんでしたが、貴族令嬢たるもの、苦手なものは少しずつ直していかなければなりません。


 それに、ルイス様と結婚後、朝早く起きれるようになれば彼と一緒に居られる時間が増えます。


 その事に気が付けた私は天才だと自画自賛してしまいました。


「今日も頑張りましょう」


 最近の日課は午前中に魔法の訓練をし、午後からはお勉強やマナーの練習をします。

 大変なことも多いですが、将来ルイス様と結婚して公爵夫人となるのであれば、いくら勉強しても足りないくらいです。


 訓練場で魔法の先生に魔力操作のやり方や魔法の使い方を教わり部屋に戻ると、メイドの一人が手紙を持って部屋へとやってきました。


「アイリスお嬢様。ルイス様よりお手紙が届いております」


「まぁ!本当ですか!」


 数日前にお屋敷へと帰ってきた私は、お父様やお母様たちへの報告、今後やるべき事の見直しなどがあり、まだルイス様にお手紙を出せておりませんでした。


 そんな中、初めて届いたルイス様の方から送っていただいた手紙に私は嬉しくなってしまいます。


 急いで封を開けて中を確認すると、まずは私の体調を気遣う内容が書かれておりました。


「ふふ。嬉しいですね。ルイス様が私のことを思ってくれています」


 次に書かれていたのは、最近Aランクダンジョンを攻略したというこでした。

 私はその内容を見て驚いてしまい、思わず大切なお手紙を落としてしまいそうになります。


「凄いですね。もうAランクダンジョンを攻略されたなんて」


 戦いのことにはあまり詳しくない私ではありますが、Aランクダンジョンが如何に危険な場所なのかは理解しております。


「本当に、ご無事で何よりです」


 ルイス様が無事だったことに安堵しながら次に目をやると、そこには理解し難いことが書いてありました。


「旅に出る?」


 そこに書かれていたのは、Aランクダンジョンをクリアしたので、学園入学まで旅に出ること。その間は屋敷に戻る予定がないので、しばらく会えないとのことでした。


「ど、どういうことでしょうか。ルイス様が旅?しばらく会えない?」


 まさかルイス様が旅に行かれるなど思ってもいませんでしたので、私はお屋敷へと帰ってきてから、次はいつ行こうかと予定を立てておりました。


「とりあえず、最後までお手紙を読んでみましょう」


 動揺のあまりお手紙を持っている手が震えてしまいますが、もしかしたら行き先などの情報も書かれているかもしれないと思い、最後まで読み進めます。


 しかし、結局最後までそういった情報は書かれておらず、最後にお元気でとだけ書かれているだけでした。


「そんな。ルイス様…」


 これから約二年間もルイス様に会えなくなるという事実に耐えられなかった私は、手に持っていたお手紙を落としてしまいました。


「これは?」


 すると、手紙の裏側に何か文字が書かれていることに気がついた私は、急いで拾って目を通します。


(もしかしたら、裏に何か情報が!)


 しかし、そこに書かれていたのは私を絶望させる内容であり、私は悔しさと怒りでお手紙を握りつぶします。


「ふふ。ふふふ。ふふふふふ…そうですか。フィエラさん。あなたは私の敵なのですね」


『アイリス。私はエルについて行く。あなたは屋敷で私たちが帰ってくるのを待ってるといい。それと、私はエルが好き。アイリスに負けないくらい愛してる。エルに一番に愛されるのは私だから、負けても文句言わないでね。それじゃ』


 手紙の裏に書かれていたのはフィエラさんからのもので、私に対する宣戦布告とも取れる内容でした。


 彼女に初めて会った時、私は何となくこんな未来が来ることを予想しておりました。


(だから私は、彼女に負けないためにいろいろと頑張りましたが…)


 フィエラさんは同性の私から見てもとても綺麗な方で、美しさだけで言えば私と同等かそれ以上でしょう。


 そんな彼女が冒険者としてルイス様と常に一緒にいることは許し難いことでしたが、それと同時に羨ましくもありました。


 ルイス様はとてもお強い方で、それは彼が訓練場で鍛錬に励んでいらっしゃるのを見ただけでもわかります。


(それに、鍛錬中のルイス様はとてもかっこよくて素敵でした)


 寒いのも我慢してルイス様が鍛錬する姿を見ていた私でしたが、そんな彼を見ているとどうしても思ってしまうのです。


 あぁ。私は戦いでは彼の隣には立てないと。


 私も魔法を使うことはできますが、彼ほど緻密で正確な魔力操作はできませんし、魔力量も遠く及びません。


 だから、そんなルイス様のお側で一緒に戦う事のできるフィエラさんが、私は羨ましいと感じてしまったのです。


「ですが。それとこれとは違います。ルイス様からご寵愛いただくのはこの私です」


 私も貴族の娘ですから、一夫多妻について否定は致しません。それに、ルイス様ほどの方が妻を一人だけというのは、周りがきっと許してはくれないでしょう。


「一夫多妻は認めますが、一番は私です。婚約者である私が正妻なのです」


 例え妻や妾が何人増えようが、ルイス様の一番は私であり、正妻も私です。

 これだけは絶対に譲らないと心に決めた私は、今後の予定を見直します。


「ルイス様、絶対に逃しませんから。次に会った時には覚悟してください」


 二年後、学園に入学したらまずはどうしようかと考えながら、私はフィエラさんに負けないように自分を磨くことに決めるのでした。





〜sideミリア〜


 ルイス様が私を置いて出ていかれました。私が一緒に行きたいと言ったあの日、ルイス様は私が邪魔で必要ないからと認めてくれませんでした。


 それでも、専属メイドであることを理由について行こうとしましたが、ルイス様は私を専属から外すとおっしゃいました。


 捕まっていた私をルイス様が助けてくれたあの日、強く逞しくなられた姿を見たあの時から、私は彼に恋をし、この気持ちが実らなくともお側でずっと仕えたいと思っておりました。


 そんな私にとって、ルイス様から言われた言葉は剣のように鋭く、心をズタズタに切り裂くには十分過ぎる程でした。


 ルイス様のお部屋を出た後、私は自室でたくさん泣きました。

 涙が枯れるのではないかというくらい泣き続けました。


 翌日も悲しさから仕事をする気にもなれず、母に言って休ませてもらいました。


 一晩中泣いたはずなのに、ふとした瞬間にルイス様のことを考えてまた涙を流します。


 そんな日が二日も続き、気がつけばルイス様が旅に出られる日になっておりました。


 しかし、私にはルイス様に会いに行く勇気がなく、結局お見送りに行くこともできなかったのです。


 それから少しして、母から公爵様が私のことを呼んでいると聞かされ、久しぶりに部屋を出ました。


「公爵様。ミリアです」


「入れ」


「失礼します」


 中に入ると、執務中だった公爵様が顔を上げて私のことを見てきます。


「急に呼んですまないな。最近休んでいると聞いたので心配だったのだ」


「ご心配をおかけしてしまい申し訳ございません」


「気にすることはない。ミリアはルイスと幼い頃から一緒だったから、寂しく思うのも仕方がないだろう」


「お気遣いいただきありがとうございます」


 本当はそれ以外の感情も混ざってはいますが、そのことをお伝えするわけにはいきません。


「それでだが。ルイスがいなくて寂しいかもしれないが、二年後には学園に通うため帰ってくる。その時は専属としてお前にもルイスについて行ってもらうから、よろしく頼むよ」


「…え?」


「ん?嫌だったか?」


「い、いえ。そういうわけでは…」


 ルイス様はあの日、私のことを専属から外すとおっしゃいました。

 しかし、どういうわけか公爵様はそのことを知らないようで、私に今後も頼むと言ってきます。


(もしかして、本当は私が必要?)


 冷たい態度を取ったのは、私を危ないところに連れていかないためで、ルイス様が私のことを思って置いていったのかもしれません。


(あぁ。きっとそうです。ルイス様が私を捨てるなどありえません。ふふ。そうと決まりましたら、今後も頑張らなければ)


 ルイス様に大切にされていることが分かった私は、公爵様に頑張ることをお伝えして自室へと戻ると、私がルイス様に助けていただいたあの日、溢れる感情のままに徹夜で作ったルイス様人形を抱きしめます。


「ルイス様。私があなたをずっとお世話いたしますからね。ふふ…ふふふ…」


 ルイス様本人はいらっしゃいませんが、このルイス様人形がいれば私は頑張れます。


 早く本当のルイス様に会えることを夢見ながら、私は今日からルイス様人形を相手にお世話の練習をするのでした。


 あ、もちろん他のお仕事も頑張りますよ。でないと、ルイス様について行くことができなくなりますから。


 私はその後、ルイス様のお部屋でルイス様人形を相手にお世話の練習をしたり、その他の時間は他のメイドたちと一緒にお屋敷の掃除をしたりと、ルイス様のことを思いながら毎日頑張るのでした。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 これにて、死に戻り編が終了となります。


 いかがでしたでしょうか?楽しんでいただけたようなら、私としてはとても嬉しく思います。


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 これからも私の作品を、どうぞよろしくお願いします!

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