第33話 親には敵わない
ミリアの同行を拒否した翌日。俺は自室で手紙を書いていた。
本当は書きたくないが、もの凄く書きたくないのだが、書かないとめんどくさいことになりそうだったので、仕方なくアイリスに手紙を書くことにしたのだ。
「よし。これでいいかな」
手紙を書き終えたので封をしようとした時、部屋の扉をノックして一人のメイドが入ってくる。
「ルイス様。フィエラ様がいらっしゃいました」
「わかった。この部屋に通してくれ」
「かしこまりました」
メイドは一礼をすると、フィエラを呼びに部屋を出ていく。
ちなみにミリアについてだが、昨日の件以来、彼女が俺の部屋に来ることはなかった。
俺が父上に言ったとかではないのだが、どうやら彼女が他の者に仕事を変わってもらったみたいだ。
結局、俺はあの後ミリアを専属から外すことを父上に伝えることはなかった。
よくよく考えてみたら、これまでの前世のことを考えると、専属から外したとしても何らかの理由でミリアが学園について来ることになる可能性が高かったからだ。
そんな事を考えながら少しの間待っていると、再びノックをしてフィエラたちが入ってくる。
「おはよ」
「おう。おはよ」
俺は手紙を書いていた机から立ち上がり近くのソファーに移動しようとするが、それよりも先にフィエラの方が近づいてきた。
「何してたの?」
「手紙を書いてたんだ」
「アイリス?」
「正解。さすがに何も言わずに旅には行けないしな」
俺はそう言って手紙をメイドに渡そうとするが、その前にフィエラが受け取り、中を見ても良いかと聞いてくる。
「別にいいけど、たいしたこと書いてないぞ」
「構わない」
フィエラはそう言うと、手紙を中から取り出して内容に目を通していく。
「ペンを貸して」
確認を終えると、フィエラは顔を上げてペンを貸すように要求してきた。
さすがに何かを書かれると困るので、すぐに貸すことはできなかったが、貸さないとこの手紙を自分が直接届けると言われ、仕方なく貸すことにした。
(フィエラに届けさせたら何か起こりそうで怖いんだよなぁ)
前に二人を合わせた時も、何故か言い争いをしていた二人のことを思い出した俺は、この脅しに屈するしかなかった。
フィエラは手紙の裏の方に何かを書き込むと、それが見えないようにして返して来る。
「内容を見ないで閉じて」
「見たら?」
「アイリスのところに行って、私がエルの恋人だって言う」
「事実無根じゃないか!」
もう相手にするのも面倒になった俺は、フィエラに言われた通り封を閉じると、それをメイドに渡した。
「はぁ。なんかもう疲れた…」
「お疲れ」
「……」
誰のせいでこんなに疲れているんだと思わなくもないが、彼女にそれを言っても効果は無さそうなので、俺はため息をついて諦めた。
「それより、父上と母上のところに行くぞ」
「わかった」
ようやく本来の目的に行き着いた俺たちは、フィエラを連れて部屋を出るのであった。
向かった場所は温室で、中にはテーブルと人数分の椅子が用意されており、父上と母上はすでにお茶を飲みながら待っていた。
「お待たせしました」
「気にするな」
「大丈夫よ。二人とも席につきなさい」
母上に勧められた俺たちはそれぞれ席に着くと、給仕たちが飲み物を置いて後ろへと下がる。
「フィエラちゃん、今日は来てくれてありがとうね」
「いいえ。私も誘ってもらえて嬉しいです」
「今日フィエラさんに来てもらったのは、改めてルイスのことをちゃんとお願いしようと思ってね」
父上はそう言うと、姿勢を正してフィエラの方を向き、膝に手をついて頭を下げた。
「前にも言ったが、どうかルイスのことをよろしく頼むよ。この子は贔屓目なしに天才だが、どこか危うい感じがするのだ。
それこそ、生き急いでいるような…。だから、この子が無理をしそうになったら君がルイスのことを止めてくれ」
どうやら父上と母上は、俺が生きることにあまり興味がなく、むしろ死ぬことを望んでいると薄々気づいていたようだ。
そのため、一人で旅に行かせるよりはフィエラを同行させた方が安心できると思い、彼女がついて行く事を許可したのだろう。
「任せてください。エルは私が守ります。命に代えても」
フィエラは覚悟を決めた表情で二人のことを見るが、母上はそんなフィエラを見て席を立つと、優しくギュッと抱きしめた。
「フィエラちゃん。ルイスのことを守ってくれるのは嬉しいけど、私たちはあなたに死んで欲しいわけじゃないわ。だから間違っても、命に代えてもなんて言ってはダメ。帰ってくる時は、必ず二人で帰ってきなさい。いいわね?」
「わかりました」
母上とフィエラはその後、二人で何やら話があるらしく、少し離れた場所へと行ってしまった。
「ルイス」
「はい」
父上は俺と二人きりになると、先ほどの真剣な表情とは違う優しげな表情で俺のこと見てくる。
「これからお前は、世界を見て回り多くのことを学ぶだろう。その中には辛い事やどうしようもならない困難もあるかもしれない。その時は無理をせずに帰ってきなさい。
お前の家はここで、私たちは家族なのだ。お前が何を背負っていようと、私たちがお前を見捨てることはない。
だから気楽に行ってきなさい。そして、無事に帰ってくるのだぞ」
父上からかけられた言葉に、いつ以来か分からない感情が胸に広がる。
(あぁ。俺は今感動しているのか)
こんなにも俺のことを思ってくれる家族。繰り返される人生で、二人だけは最後まで俺のことを思っていてくれた。
(本当に、この人たちには敵わないな)
「わかりました。旅から帰ってきたら、ぜひ話を聞いてくださいね」
「楽しみにしているよ」
父上はそう言って笑うと、母上とフィエラの方へと顔を向ける。
俺も楽しそうに話をすると母上とフィエラのことを眺めながら、少し冷めたお茶を飲むのであった。
翌日になると、俺はフィエラと一緒に家族や屋敷の者たちに見送られていた。
フィエラはあの後、母上からまだ話したいことがたくさんあるからと、その日は屋敷に泊まるように言われていた。
なので彼女は一度宿屋に戻り、荷物を回収すると屋敷へと戻ってきて一晩泊まったのだ。
「二人とも、気をつけるのよ」
「怪我だけじゃなく、体調にも気をつけるのだぞ」
「はい」
「わかりました」
二人と少しだけ話をした後、最後に父上と母上と抱擁をし、俺はヴォイドさんから貰ったマジックバッグを持って準備を済ませる。
「それでは行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「気をつけてな」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ!」
全員に別れを告げた俺たちは、フードを被って屋敷の前を離れると、公爵領の端にある門へと向かう。
ちなみに見送りにミリアは来ていなかった。どうやら体調が悪いらしく、部屋で寝ているとのことだった。
「エル、大丈夫?」
「あぁ。問題ない。それより早く行こう。楽しみでしょうがない」
フィエラは俺が家族と離れることで寂しがると思っていたようだが、俺はそれほど寂しさは感じていなかった。
何故なら、生きていればまた会うことが出来るし、なにより初めて旅に出ることができて嬉しかったのだ。
(どんな強敵が俺を待っているのか。本当に楽しみだ)
まだ見ぬ強敵と戦えることに胸を躍らせながら、俺は最初の目的地に向かうため公爵領を出るのであった。
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