第20話 計画の第一歩
ダンジョンを出た俺たちは、魔石を換金するため冒険者ギルドへと来ていた。
シーラさんに魔石を渡した後、ギルド内にある椅子に座って呼ばれるのを待っているのだが、その間フィエラはずっと氷蛇のガントレットを眺めたり撫でたりしている。
そして、俺はそんな彼女の尻尾を毛づくろいしている訳だが、傍から見るとおかしな絵面になっている事だろう。
「そんなに気に入ったのか?」
「ん。凄くいい。この色も綺麗でいいし、鱗も趣がある。それに私が倒して手に入れたのが何より嬉しい」
確かに、あれだけ激戦をして手に入れたアイテムなら気に入って当たり前だ。
それに、性能的にもフィエラには適しているし、彼女の言う通り色も綺麗だ。
「そうだな。色もお前の綺麗な髪や尻尾と同じだし、お前によく似合ってるよ」
「ん。ありがと。でもそれ口説いてるみたい」
「んなわけあるか。俺がそんな事するわけ無いだろ」
「アイリスがいるから?」
フィエラはそう言うと、横に座る俺をチラッと目を細めながら見てくる。
「違うよ。もともと恋愛なんかに興味がないだけさ」
「…そう」
フィエラは俺から視線を外すとまたガントレットを眺めるが、心なしか尻尾に元気がなくなった気がした。
それから俺たちの間に会話は無く、ガントレットを眺め続けるフィエラとただただ毛づくろいを続ける俺というなんともおかしな空気が流れる。
「エイルさん!フィエラさん!受付までお願いします!」
しばらくすると、換金が終わったのかシーラさんに呼ばれ、俺たちは彼女がいる受付へと向かう。
「お待たせいたしました!こちら今回の報酬になります!氷結大蛇の報酬分はどうしますか?お二人で分けますか?」
「いえ。それは全部フィエラにお願いします」
「いいの?」
「お前が倒したんだから当然だろ。俺は何もしてないしな」
「…ありがと」
「では、こちらがエイルさんの分で、こちらがフィエラさんの分になります」
俺はテーブルに置かれた小さい方の袋を受け取ると、それをカバンへとしまった。
フィエラは戦いの邪魔になるため基本的にカバンを持ち歩かないので、大金の入った袋を大事そうに持っている。
「それじゃあ俺たちは帰ります。今日もありがとうございました」
「ありがと」
「いえいえ!お二人が無事に戻ってきて嬉しい限りです!お気をつけておかえりください!」
シーラさんに見送られた俺たちは冒険者ギルドから出ると、フィエラが借りている宿屋の近くまで来た。
「あ、そうだ。明日は休みにするからな。次に会うのは明後日にしよう」
「どうして?」
「今日は2回もボス戦をしたし、フィエラは獣化もしたから疲れてるだろ。
それに、二日連続で潜るほど急いでも無いからな。休息日だ」
「…わかった」
「んじゃ、俺は帰るから。ゆっくり休めよー」
俺はそう言って帰ろうとしたのだが、後ろからフィエラに腕を掴まれて帰ろうにも帰れなかった。
「なんだ?まだ何かあるのか?」
「明日、暇なら会いに来て…」
「は?なんでだよ」
「毛づくろいして欲しい」
「今日散々しただろ?それに明日はお互い休みなんだから会う必要もないだろ」
「エルの毛づくろいが無いと休めない。休めって言うなら毛づくろいして私を休ませて」
「んな無茶苦茶な…」
「それと今日頑張ったご褒美。少しで良いから会いに来て」
何故ここまで懐かれているのかは分からないが、確かに今日の彼女は一人で頑張った。
獣化の時や雑魚を倒すときは少しだけ手を貸したが、基本的に戦ったのはフィエラだ。
(だがなぁ。なんで俺が人に合わせないといけないんだ?)
戦うことと永遠の死にしか興味がない俺が、なぜ他者のために行動しなければならないのか。
人として最低な考え方だということは分かっているが、もはや俺に他者を配慮して思いやる気持ちなどは無かった。
「はぁ。ならフィエラがうちに来い」
「…え?」
俺は懐から屋敷に入るための許可証を取り出してフィエラに渡すと、入る時の説明をする。
「その許可証を門の前にいる騎士に見せろ。お前が来ることは話しておくから中には入れるはずだ。
あとは近くにいる執事かメイドにでも俺に会いに来たと言えば案内してくれる」
「…わかった。時間は」
「午後にしてくれ。俺は明日はだらけるので忙しいから午前は寝てる」
「ん。了解」
フィエラは俺の話に納得すると、掴んでいた腕を離してくれる。
「んじゃ、今度こそ帰るから」
「また明日」
「はいよ」
フィエラに別れを告げた後、俺は人気のない路地裏へと入り、飛行魔法で屋敷へと帰るのであった。
自分の部屋に戻ってきた俺は、服を着替えてからベッドへと倒れ込む。
何とかなく天井を眺めながら、魔力操作の練習も兼ねて魔法で水の鳥や氷の魚を作って遊んでいると、俺はそこで大事なことを思い出した。
(あ。そういえばフィエラのこと何て紹介すればいいんだ…)
俺はいつも外に行く際、闇魔法で分身を作っているため、その時は部屋で本を読んでいることになっている。
そのため、これまで屋敷を出たことなどほとんどないので、突然外から俺を尋ねてくる者がいれば怪しく思うだろう。
「うーん。…いや、別にバレてもいいか」
どうしようか考えた結果、これからの予定を考えた時、寧ろバラすには良い機会だと判断したので、何も手を打たないことにした。
それからミリアに呼ばれて夕食を食べると、お風呂に入って疲れを癒してから眠りにつくのであった。
翌日になると、何故か少し慌てた様子のミリアによって起こされる。
時間を確認するとちょうどお昼頃で、昼食のために起こされたのだと判断した。
「ふわぁ〜。ミリア、お昼は部屋で食べるから」
「ルイス様!違います!お昼もそうですが、お客様がいらっしゃってます!」
「客?……あぁ」
昨日フィエラにうちに来るように言ったことをすっかり忘れていた俺は、眠いのを我慢して起き上がる。
顔を洗った後、ミリアに任せて服を着替えたり髪を整えて貰うと、愛用の水クッションを出して浮かび上がる。
「それで?どこに行けばいい?」
「応接室にてお待ちいただいているので、そちらまでお願いします」
「はいよー」
ミリアに案内されながらしばらく浮いていると、一つの扉の前で立ち止まった。
「ここ?」
「はい。今お開けいたします」
ミリアはノックをした後、俺が来たことを伝えてから扉を開く。
「おはよ」
「おはよ。本当に来たんだな」
「来いって言われたから」
まぁ確かに、来るように言ったのは俺だが、まさか本当に屋敷まで来るとは思っていなかった。
「あ、ミリアはもう下がっていいよ」
「いえ。そういうわけには行きません。婚約者がいる身で女性と二人きりにはできませんので」
確かにミリアの言う通り、男女が二人でいれば変な噂が立つだろうし、万が一があっては大問題になりかねない。
「なら、表から騎士を一人連れて来い。お前は父上と母上を呼んできてくれ」
「…かしこまりました」
ミリアは渋々と言った感じで了承すると、一礼してから部屋を出る。
すると、すぐに入れ替わりで騎士が入ってきたので、俺は水クッションを消してソファーへと座る。
「いきなりご両親に挨拶。エルは意外と強引」
「アホか。ただ単に二人にも話があるだけだ。誤解を招くようなこと言うな」
それから少しすると、ミリアに案内されて父上と母上が部屋に入ってくる。
「ルイス。これは一体どう言うことだ?」
「その子は誰なのかしら?」
父上と母上もソファーに座ると、ミリアが人数分の紅茶を出して後ろに控える。
俺は場が整ったことを確認すると、少しだけ真剣な顔をして話を切り出した。
「父上、母上。お二人にお願いしたいことがございます」
「なんだ?まさかそこの娘と結婚させろと?」
「いいえ。そういった話ではございません。まずはこちらを見てください」
俺はそう言うと、懐にしまっていたギルドカードをテーブルに置く。
「これは…Aランクのギルドカード」
「はい。俺は一ヶ月ほど前から冒険者をやっております。そして、彼女は俺とパーティーを組んでいるフィエラです」
「よろしくお願いします」
フィエラは自分の名前が出ると、ペコリと二人に頭を下げた。
「でも、あなたはずっと屋敷の中にいたわよね?いつ抜け出していたの?」
「それはこんな感じで…」
俺は母上に聞かれたことに答えるよう、闇魔法で分身体を作ってみせる。
「そんなことまでできるのね」
「…状況は分かった。では何故今になってこの話をした?」
父上は目を瞑ってしばらく考えると、いよいよ俺が何を話したいのか尋ねてくる。
俺は分身体を消した後、一度大きく息を吐いてお願いしたいことを話す。
「俺がしばらくの間、旅に出る許可をいただきたいのです」
俺はもともと考えていたやりたいことを二人に話すため、珍しく気合いを入れるのであった。
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