第21話 親の優しさ

「旅だと?」


 俺が旅をしたいと二人に話をすると、父上は少し驚きながら聞き返してくる。


「はい。最初は帝国内、次に国外へと向かう予定です。ただ、学園にも通わなければならないため、それまでには戻ってくることを約束します」


「目的は?」


「強くなるために。俺はいろんな国を巡って知識と力を身につけ、さらなる高みを目指したいのです」


 本当は永遠に死ぬ方法も探しに行くのだが、それを伝えると間違いなく反対されるので、そのことは伝えないでおく。


 それに、この理由もあながち嘘ではない。俺は前世でこの国をまともに出たことがなかったため、一度でも良いから国を出て様々なことを経験したいと思っていた。


 しばらくの間、俺と父上はじっと見つめ合う。すると、父上は一度息を吐いて紅茶を飲み、また真剣な目で俺の方を見てきた。


「本気なのだな?」


「はい」


「…わかった。許可しよう」


「あなた!」


「落ち着けエリゼ。仕方がないではないか。ルイスが望むのなら、私たちが協力してやらなければ。

 それに、この子の魔法の技術を見ただろう?もはや私たちでは止めることができない。なら、勝手に出て行かれるより許可したほうが良いだろう」


「そうですけど!…でもまだ子供なのよ!」


「分かっている。だからルイスよ。旅に行くことは許可するが、二つだけ条件を出す」


「はい」


「一つ。一ヶ月に一度で良い。手紙を書いてよこしなさい。内容は任せるが、健康状態などを書いてくれると嬉しい。

 二つ。必ず無事に帰ってきなさい。お前は私たちにとって大切な子供だ。元気な姿で帰ってきて欲しい」


「わかりました」


「それと、フィエラさんと言ったね。反応を見るからに、君もこの話を初めて聞いたのだろう。ついて行くのかは分からないが、一緒に行くのなら息子をよろしく頼む」


 父上はそう言うと、貴族だというのにフィエラへと頭を下げた。

 普通であれば、貴族が平民に頭を下げることなどありえないのだが、それだけ俺のことを思ってくれているということだろう。


「任せてください。私は必ずついていきます。そしてエルを守ります」


「エル?…あぁ、ルイスのことか。ならよろしく頼む。それでルイス。いつ行くのだ?」


「俺たちは今、氷雪の偽造を攻略中です。このダンジョンを攻略後に旅に出ようと思っています」


「わかった。なら必要なものはいつでも言いなさい。すぐに揃えてやろう」


「ありがとうございます」


 こうして、もともと考えていた予定の一つである旅に出ることが決まった俺は、紅茶を飲みながら父上たちと今後について話をするのであった。


 その後、父上たちとの話は思った以上に長く続いた。というのも、母上がなかなか納得してくれず、果てには俺に抱きついて泣いてしまったからだ。


 何度も繰り返してきた人生だが、両親だけはいつも俺の味方でいてくれた。


 俺が悪事に手を染めても、父上は身を挺して俺を叱ってくれたし、母上は泣いて俺のことを止めようとしてくれた。


 確かに悪いことをするのは良くないが、それでも変わらず愛してくれた両親には感謝しても仕切れない。


 だからこそ、今回は俺の我儘で泣かせてしまった母上を見ていると、何も感じなくなったはずの胸が少しだけ痛む。


「母上、大丈夫です。必ず無事に帰ってきますから。それと…良ければこれを持っていてください」


 俺はそう言うと、ポケットに入れていた一つのネックレスを取り出す。


「これは?」


「俺の生死を伝えてくれる魔道具です。真ん中にある魔石が砕けない限り、俺は生きているということです。だからどうか、これ以上泣かないでください」


 この魔道具は、数日前に街でたまたま見つけて買ってきたもので、冒険者がよく恋人や家族に渡すものだった。


(生死がわかるなんて少し残酷だが、何もないよりはマシだろう)


 万が一俺が死ぬようなことがあれば、この魔石が砕けて母上に知らせる。

 そうなれば、母上は今以上に悲しむだろうし、死ななかったとしても、魔石のことを気にして気が落ち着かない日が続くかもしれない。


 それでも、安否が分からないよりはマシだろうと思い、俺はこれを母上に渡したのだ。


「さぁ、エリゼ。そろそろ子供の前で泣くのはやめなさい。私たちが子供の成長する機会を奪っては行けない」


「…わかったわ。ただルイス。私から条件の変更を求めるわ」


「はい」


「手紙は半月に一回にしてちょうだい。無理そうなら少し遅れても良いけれど、遅くても一ヶ月に一回は必ず出すこと。わかった?」


「わかりました」


 こうして、母上からもなんとか許しを得ると、父上と母上は仕事があるので戻って行った。





 部屋に残ったのは俺とフィエラ、そしてミリアの三人で、俺は久しぶりに真面目な話しをして疲れたのでソファーにぐでっとしていた。


「あんな話、聞いてなかった」


「んぁ?あぁ…言ってなかったもんな」


「一人で行くつもりだったの?」


「当たり前だろ…痛っ!なに?」


 俺は当然のように答えると、なぜか突然フィエラに肩を殴られた。

 いきなり何だと思いながらフィエラの方を見ると、珍しく怒りを感じさせる瞳で俺のことを睨んでいた。


「なんで一人で行こうとするの。私は邪魔なの?足手まといなの?これまで一緒に頑張って来たのに…迷惑なら迷惑だってはっきり言って」


 どうやら俺が旅に出る話をしなかったことがよほど癇に障ったのか、フィエラは俺のことを睨み続ける。


「…悪かったよ。けど、俺の個人的な旅にお前を付き合わせるのも悪いと思ったから言わなかっただけだ。別に足手まといだからとかじゃないよ」


「本当に?」


「あぁ。こんな事で嘘をつく意味なんてないだろ」


「なら、私も行っていい?」


「お前が来たいならいいぞ」


「わかった。絶対ついていく」


 フィエラもついてくることが決まると、彼女は少しだけご機嫌になって尻尾を俺の方に向けてくる。


「毛づくろい」


「そうだったな」


 昨日の別れ際、毛づくろいをするように言われていたことを思い出した俺は、彼女の尻尾を撫でながらまったりと過ごすのであった。





 誰かが頭を撫でる気配がして目を開けると、俺は部屋の明かりの眩しさに目を細めた。


「あ、起きた?」


「…どういう状況」


 ぼやけていた視界がしっかりしてくると、上から俺を覗き込むようにして見ているフィエラの顔が映る。


「膝枕。体勢が辛そうだったから」


 どうやら俺は、彼女の尻尾を撫でている間に眠ってしまったらしく、それに気づいたフィエラが膝枕をしてくれたようだ。


「そうか。おかげでよく眠れたよ。ありがとう」


「ん」


 フィエラにお礼を言って体を起こすと、外はすっかり日が沈み暗くなっていた。


「フィエラ。今日は泊まっていけ」


「いいの?」


「さすがにこんな暗闇のなか帰らせることは出来ないよ。部屋は用意させるから、そこでゆっくり休め。

 それと、明日はダンジョンにいく予定だったけど休みにしよう。これじゃあお前が全然休めてないし」


「ありがと」


「ミリア、部屋の準備を頼む」


「かしこまりました」


 ミリアに指示を出したあと、俺はソファーから立ち上がって応接室を出ようとしたとき、一つ伝え忘れたことを思い出して後ろを振り向く。


「あ、そうだ。食事もフィエラの分を用意させるからな。父上と母上と一緒に食べるからよろしく」


「ん。了解」


 今度こそ部屋を出た俺は、他のメイドにフィエラの部屋を用意するよう指示を出して戻ってきたミリアと一緒に自室へと戻る。


 部屋の中央にある椅子に座りながら、俺はミリアの入れてくれた紅茶を飲むが、ミリアが何かを言いたそうにこちらを見ていた。


「何か言いたいことがあるのか?」


 ミリアは少しの間、言うか言わないか迷っている様子だったが、すぐに答えを出して俺の方を見てくる。


「ルイス様は、本当に旅に行かれるのですか?」


「あぁ、そのことか?もちろん行くぞ」


「では、その間アイリス様はどうされるのですか」


 アイリスの名前を出された俺は、彼女にこの事を何も伝えていないことを思い出した。


(やっば。どうやって伝えよう…)


 もともとの予定では、俺が無視すれば彼女も無視してくれるだろうと思っていたので、彼女に旅のことを伝える予定は無かった。


 しかし、どういうわけか今世のアイリスは俺のことを気にかけてくるので、勝手に旅に出ればどうなるか分からない。


 どうしようかと考えに考え抜いた結果、旅に出る前日に手紙を出して事後報告にすることに決めた。


「そっちは俺が手紙で知らせるから気にするな」


「わかりました」


 アイリスについては俺が対応すると伝えると、ミリアは少し安心した表情になり、一礼をしてから部屋を出ていくのであった。





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