第10話 もはや悪夢

 屋敷に戻ってきた俺は現在、受け入れ難い現実と直面していた。


「ごめん、ミリア。もう一回言ってくれるかな」


「はい。三週間後、アイリス様がこちらの屋敷にいらっしゃるそうです」


 聞き間違いでは無かったようだ。どうやら三週間後に俺の死神がここに来るらしい。


(な、なんでだ?こんな事今まで無かったぞ)


「なんでこんな時期に来るんだ?この時期の公爵領は雪がすごくてそう簡単にこれる場所じゃないと思うんだけど」


「ルイス様に会いに来られるそうです。雪がすごいと言っても、道の方は冒険者や騎士が雪を退けてくれてますし、そこまで問題にはならないかと」


 確かにその通りだ。道が雪でダメになるようなら、公爵領は冬の間、商人の出入りが無くなり生活が苦しくなる。


 といっても、うちでも冬の間は自給自足できるように対策はしてあるが、やはり商人からしか手に入らないものもあるため、こうして冬の間は冒険者や騎士が雪を退けてくれているわけだが。


(あー無理。なんで会いに来るんだよ。頼むからほっといてくれ)


 こうして、俺の気持ちとは裏腹に、約半年ぶりに婚約者と会うことが決定したのであった。





 翌日。俺は現実逃避をするために冒険者ギルドへと来ていた。


「はぁ、早くランク上げよ」


 アイリスのことはもうこの際放置して、俺はやりたい事をやる事に決めた。


「早めにランクを上げるなら、やっぱ一気に依頼をこなす方がいいか」


 まとめて依頼を受ける事に決めた俺は、依頼ボードを見に行き、同じところで達成できそうな依頼が書かれた紙を十枚手に取る。


 それを持って、昨日お世話になったシーラさんのもとへと向かう。


「おはようございます。シーラさん」


「あ、おはようございます。エイルさん。さっそく依頼を受けるんですか?」


「はい。これをお願いします」


「拝見します」


 シーラは俺が渡した十枚の依頼書を確認すると、「問題ありません」と言って手続きを済ませてくれた。


「それでは、お気をつけて」


「ありがとうございます」


 シーラに見送られた俺は、依頼を達成するために近くの森へと向かうのであった。





 ギルドで荷車を借り、それを引きながら森へとやってきた俺は、さっそく魔物を探すために索敵魔法を使う。


「お、意外と近くにまとまってるな」


 今回受けたのは全て魔物の討伐依頼で、ホワイトウルフやオークといったCランクの魔物を倒す依頼ばかりだ。


「んじゃ、サクッとやりますか」


 自身に身体強化をかけた俺は、荷車を森の入り口に置き、敵のいる場所に向かって一気に駆け抜ける。


 最初にやってきたのはホワイトウルフの群れだ。ホワイトウルフは基本群れで行動しており、連携の取れた動きで攻撃してくる厄介な魔物だ。そのため、群れの数が増えると依頼ランクもそれに応じて上がっていく。


 今目の前にいるのは十匹で、少し大きめのやつをリーダーとして動き、非常に連携も取れているように感じる。


「ま、関係ないけど」


 俺は勢いをそのままに、剣を抜いて一瞬のうちにリーダーの首を切り落とす。


 続け様に近くにいた二匹の首も落とし、最後に指揮系統を無くして戸惑っていた残りを風魔法の風刃エア・カッターで殺すとあっという間に終わった。


「やっぱ弱いな」


 全然手応えが無いと感じながら、殺したホワイトウルフの魔石や素材を回収し、次の場所へと向かう。


 次に見えて来たのはオークだ。オークは豚のような顔に猪のような牙が生えており、背丈は人間より少し大きめで、立派なお腹を持ったガタイのいい奴だ。


「ブモォォォォオ!!」


 オークは俺に気がつくと、手に持った武器を構えて待ち受けている。


 奴らはガタイは良いが動きは遅いため、速さはそこまで脅威では無い。


 逆に力と腹についた肉による防御力の高さが厄介で、初めてオークと戦うやつは倒すのに手こずる。


「オークを倒すときはスピード勝負だ」


 走っている速度をさらに加速させ、俺は奴の視界から消える。


 俺の速さについて来れなかったオークは必死になって俺のことを探しているが、すでに俺は奴の背後に回っていた。


「いくら脂肪と筋肉で守られていても、関節までは硬く無いよね」


 オークの背後に回った俺は、剣を振りかぶって左肩から先を切り落とすと、次に両方の膝裏の筋を切る。


「ブモォォオ?!」


 筋が切られた事で立っていられなくなったオークは膝をつくと、俺はジャンプをして剣先を下に向け、落下する勢いをそのままに胸へと剣を突き刺した。


「ふん。どんなに筋肉があろうと、関節がある以上そこを切れば終わりだ」


 オークの素材も回収した俺は、その後も森の中を駆け巡り、依頼分の魔物を討伐していくのであった。





 依頼内容を達成した俺は、それを報告するためにギルドへと戻って来ていた。


「シーラさん」


「あれ?エイルさん?お早いですね。何か問題でもありましたか?」


「いえ。依頼が終わったので、その報告に来ました」


「…え?」


 何故か驚いているシーラさんを無視して、俺は受付に持って来た魔物の素材を置いていく。


「お、オークの牙にホワイトウルフの牙と毛皮に魔石。ちょ、ちょっと待ってください。今確認しますので」


 シーラさんはそう言うと、俺がとって来た素材や討伐証明の部位と依頼書を交互に見分けていく。


「…ほ、本当に全部終わってる」


 しばらくすると、シーラさんは困惑しながらそう呟いた。


「これでCランクの依頼を十回クリアしたので、Bランク試験を受けられるんですよね?俺、さっそく受けたいんですが」


「は、はい。わかり…ました。こちらで準備をしておきます」


「明日また来るので、その時に詳細を教えてください」


「はい」


 シーラさんから報酬をもらった俺は、まだ現実に戻り切れていない彼女に背を向けると、ランクアップできる事を喜びながら屋敷へと帰るのであった。





 翌日。約束通り冒険者ギルドを訪れた俺は、いつものようにシーラさんのもとへと向かう。


「シーラさん、おはようございます」


「あ、本当に来た。じゃなくて…おはようございます。エイルさん」


 シーラさんは昨日からなんだか様子が変だったけど、今日は朝から様子がおかしいように感じる。


 まぁ、さして気にすることでも無いので無視するが。


「それで。昨日お話したBランク試験についてはどうなりましたか?」


「あ、はい。明後日に試験官と一緒に依頼を受けてもらうよう手配しました。依頼についてもこちらで用意しましたので、エイルさんは当日、必要なものをご自身で揃て来てください。


 ちなみに討伐対象はトロールです。十分な準備をするようにお願いします」


(トロールか)


 トロールとは、オークよりも体が大きい魔物で、全体的に太っており動きが鈍いのはオークと変わらない。


 しかし、トロールは再生能力を持っており、並の攻撃では殺すことが難しい魔物だ。


「了解です。では今日はこれで帰ります。準備がありますので」


「わかりました。集合場所は冒険者ギルドになります。では、お気をつけて」


 冒険者ギルドを出た俺は、街の中をあてもなく歩いていた。


 準備をするとは言ったが、特にこれといって必要なものはないし、死んだら死んだで別に構わない。


「それが今世の俺の運命だったってだけだしな」


 死ぬ事に恐怖はない。生きる事に興味もない。ただ俺は俺がやりたい事をやるだけである。


 そんな事を考えながら、俺はふらふらと一人で散歩を楽しむのであった。





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