第9話 ギルドマスター

 観戦していた冒険者や審判役をしていた受付のお姉さんが一瞬の出来事に言葉を失い、あたりはシーンと静まり返る。


「お姉さん。俺、勝ったんだけど?」


「え?あ…はい。しょ、勝者、エイル!」


 お姉さんの言葉を合図に、俺は剣を下げてランドルから距離を取る。


「お前さん、強いな」


「ふふ。ランドルさんもね。ただ、次にやるときは最初から全力でくるといいよ。強敵を前に舐めてかかると、一瞬で死ぬよ?」


「っ!…くくっ、あっはっはっ!これは完敗だ!確かに、お前さんの言う通りだ!」


 このおっさん、俺のことをガキだと思って舐めていたからか、攻撃は酷く単調で、捌くのも簡単だった。


 舐めてかかるのと様子を見るのとでは、同じく最初から全力を出さないという意味であっても全然違う。


 様子を見るというのは、相手の癖、隙、何をしたらどう対応するのか、それらを探っていく行為だ。


 しかし、舐めてかかるのはただの思考放棄でしかない。戦いの場でそんなことをする奴は、すぐに死んでいくのだ。


「シーラちゃん、俺はこいつの特例を押すぜ。こいつに初心者の依頼は割りにあわねぇ。時間の無駄だ」


 シーラと呼ばれたのは、俺の冒険者登録の手続きや審判役をしてくれたお姉さんだった。


「わ、わかりました。では、私の方から今見たこととランドルさんのお話をギルドマスターに伝えてみます。エイルさんはギルド内で待っていてください」


「わかりました」


 俺の返事を聞くと、シーラさんはギルドの中へと戻っていった。


「さて、俺らも戻るかい?」


「そうだね。時間かかるかな?」


 俺は水クッションを出して座ると、ふよふよと浮きながらランドルに尋ねる。


「お、おう。どうだろうな。俺もこんなことは初めてだからよ。…てかお前さん。魔法も使えるのか?」


「うん。まだ修行中だけどね」


「まじか。ほんと、とんでもねぇガキだぜ」


 ランドルは驚いた顔をしていたが、俺は話すのが疲れたのでそれ以上は何も言わず、二人でギルド内へと戻るのであった。





 しばらく水クッションで寛ぎながら待っていると、シーラさんが俺のことを呼んだのでそのまま向かう。


 ちなみにランドルはこれから依頼があるらしく、訓練場から出るとすぐにどこかへ行ってしまった。


「あ、エイル…さん。え、どういう状況」


「少し疲れただけだから気にしないでください。それより、どうなりましたか」


「あ、はい。あの…その件なんですが、ギルドマスターが直接エイルさんにお会いしたいとのことで」


「なるほど、わかりました」


 俺は水クッションから降りると、シーラさんに連れられて、三階にあるギルドマスターがいる部屋まで案内される。


「失礼します。エイルさんをお連れしました」


「入ってくれ」


 中から入室の許可が降りたので、シーラさんが扉を開けて中へと入っていく。


 俺もそれに続いて中に入ると、身長は185㎝ほどで、線は細いが無駄な筋肉がないかっこいい感じのおじさんが席から立ち上がってこちらを見てくる。


「ふむ。君がエイルくんか」


「えぇ。初めまして」


「私はここのギルドマスターを任されているヴォイドだ。よろしく頼むよ」


「こちらこそ」


(この人、強いな)


 ヴォイドと名乗ったギルドマスターは、一つ一つの動きが洗練されており無駄がない。


 それに隙も見つけられないため、かなりの実力者だということがわかる。


「うむ。初対面の相手の隙を窺うのは良いことだ。今後も続けるように。ただ、バレないようにするのだぞ」


「あーらら。バレてましたか」


「何を言う。わざとバレるようにしていたのであろう?」


 確かにバレるようにはしていたが、それでもランドルあたりでは気付けないレベルにしていた。


 やはりこの男、只者ではないようだ。


「まぁ、立ち話も何だ。席につきたまえ」


 俺は言われた通り、ギルドマスターの向かい側にあるソファーへと腰を下ろす。


 シーラさんはお茶をテーブルの上に置くと、頭を下げてから部屋を出ていった。


「早速だが、君の話はシーラから聞かせてもらった。スノーワイバーンの魔石とランドルとの模擬戦。

 ランドルが油断していたとはいえ勝ったそうだね」


「まぁ、だいぶ手を抜かれていたようですがね」


「はは。それでもAランク冒険者に勝ったのだ。誇っていいことだぞ?それで、だ。君は特例でのランクアップを希望しているそうだね」


「えぇ。早くダンジョンに潜りたいんですよ」


「何のために?」


「俺はね。基本的に怠惰なんです。ダラダラしていたいし、嫌いな事は絶対にやりたくない。でも、その分好きな事はどこまでも極めたい」


「ふむ。矛盾していないかね?」


「はは。人はみんな矛盾の中で生きている。働きたくないけどお金は欲しいから働く。疲れる事は嫌だけど、退屈すぎるのも嫌だから何かする。人ってそんなものだと思いませんか?」


「なら、君は何を極めたいのかな」


「強さ。生きるか死ぬかも分からない強敵と戦い、それらに勝つことで得られる自己満足。その欲を満たすためには強者と戦うための強さがいる。だから俺はダンジョンに潜りたいんです」


 自分で言うのも何だが、俺は壊れている。生と死の狭間で戦い、瀕死になりながらも生き残った時に得られるあの快感。


 あれを一度味わうと、もう二度と求めずにはいられない。


 例え何度死のうとも。


「ふっ。いかれてるな」


「何とでも言ってください。それで?ランクについてはどうですか?」


「うむ。特例としてCランクでどうだろうか」


「Cですか?」


「あぁ。申し訳ないがB以上となると、面接や試験が加わってくる。さすがにこれを私の一存で無視する事はできないのだ」


 確かに。ただのギルドマスターが、ギルド本部のお偉いさんたちが決めたルールを勝手に破る事はできないだろう。


 Cランクというのも、ヴォイドなりにできる限り譲歩してくれた結果だと思う。


「わかりました。ならそれでお願いします」


「了解した。シーラ!」


 ギルドマスターがシーラさんのことを呼ぶと、俺のギルドランクをCに変更するように伝え、彼女は俺からカードを預かり部屋を出ていった。


「さて。これで用事は終わったが、君から何か聞きたい事はあるかね?」


「そうですね。ではヴォイドさんのランクを教えてください」


「ランクか。私はSSランクだったよ」


 SSランク。それはこの世界に二十人ほどしかいない強者たちで、常にダンジョン攻略や強い魔物と戦っている実力者たちだ。


(どうりで強いわけだ)


「納得してもらえたかな?なら私もひとつ聞かせてもらいたい。君はどこでその強さを手に入れた」


 俺の正体が気になるようだが、あくまでも今の俺は冒険者エイルだ。調べるのは勝手だが、俺から正体を口にするつもりは一切ない。


「ノーコメントです。気になるならご自分で調べてみては?」


「ふっ。その言い方は何かあると言っているようなものだが。わかった、これ以上の詮索はよそう」


 話も終わったようなので、俺は席を経って扉の方へと向かっていく。


「君には期待しているよ。エイルくん。頑張りたまえ」


「どうも」


 その言葉を最後に、俺はギルドマスター室を出て受付の方へと向かうのであった。





「あ、エイルさん!こちらです!」


 一階に降りてくると、ちょうどカードの更新が終わったのか、シーラさんが俺を見つけて声をかけてきた。


「こちら、エイルさんの新しいギルドカードになります。確認をお願いしますね」


 カードを受け取り確認すると、先ほどまでFと書かれていた欄にはCという文字が刻まれている。


「大丈夫です。ありがとうございます」


「いえ。それでは手続きはこれで終わりますが、本日はこのまま依頼を受けて行かれますか?」


「今日はやめときます。疲れたので」


「そうですか。では次回いらっしゃるのをお待ちしておりますね」


「ありがとうございます」


 とりあえず冒険者になるという目的を達した俺は、冒険者ギルドを出ると、飛行魔法で空を飛び屋敷へと帰るのであった。





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