第4話 ここからスタート
夜のヴァレンタイン公爵領は、夏だというのにかなり冷える。
そんな中、空を飛んでいる訳だから当然更に寒く感じる。
「うぅ〜、さむっ」
火属性魔法で体の周りに幕を張り暖を取りながらしばらく飛ぶと、ヴァレンタイン公爵領の首都、ヴィーラントにある商店街が見えてきた。
俺は人目のない裏路地に降り立つと、フードをしっかりと被って人混みの中へと入っていく。
「ここは何度来ても活気があっていいな」
ヴィーラントは夜だというのに屋台が多くあり、活気があって人通りも多い。
とくに冒険者などは、その日に稼いだお金を使ってどんちゃん騒ぎをしている人たちもいるので、この街が静かになることは殆どない。
そんな街の中を歩いていると、串焼きの良い匂いが漂ってきたので、俺はその匂いがする方へと向かっていく。
「おっちゃん。串焼きを一本頼む」
「あいよ!少し待ってな!……ほい、待たせたな」
「ありがと」
串焼きを受け取った俺は代金を支払い屋台を離れると、串焼きを食べながらまたふらふらと歩いて回る。
「うまいな。この濃い味付けが本当にたまらん」
繰り返される人生の中で、俺は強さを求めて冒険者のように魔物を狩りまくっていた時期があった。
その時に初めて屋台で串焼きを買って食べたのだが、疲れた体にこの濃い味付けの肉はたまらなく美味くて、以来狩をしたあとは必ず屋台で買い食いをするほど街の料理にハマっていた。
「さぁて、次はどこに行こうか」
串焼きを食べ終えた俺は、次は何をしようかと周囲に目をやる。
すると、突然後ろから腕を引っ張られて路地裏に連れ込まれると、見知らぬ男三人に囲まれていた。
「へっへっへ。こんな時間にガキが一人とは。坊ちゃん、危ないぜ?」
「あぁ、悪いおじさんに捕まっちまうからなぁ」
「……」
ヒョロっとした細長い男と小さくて丸く肥え太った男。そしてスキンヘッドで筋骨隆々の黙ってこちらを見下ろす男。
そんな三者三様の背格好をした男たちは、俺を見ながら下卑た笑みを浮かべていた。
「何のようかな」
「お前、どっかの金持ちの坊ちゃんだろ?」
「俺たちはちっとばかし金を恵んで欲しいだけさ」
「……」
なるほど、と俺は状況を理解する。つまりは、俺が金持ちの息子だと思い、しかも一人で歩いているから金を奪うためにこんなところに連れ込んだ、と。
「ふーん。なるほどねぇ」
「へへ。状況を理解したなら早く金を出しな」
「痛い目に会いたくなければ、言うことを聞くのが一番だぜぇ?」
「……」
普通の子供であれば、こんな状況になると泣き喚いてお金を渡すだろうが、あいにくと俺は普通の子供じゃない。何なら俺は神童と呼ばれる天才だ。こんな雑魚どもにやられるはずもない。
(てか、スキンヘッド。お前もなんか喋れよ。ずっと黙ってて意味わからん)
「仕方ない」
「お?出す気になったか」
そう言ってヒョロい男の方が近づいてくるが、俺は無詠唱で身体強化の魔法を使うと、逃げずにこちらから一歩踏み込んで奴の懐に入り込み、その勢いのままに顎を一発殴る。
それだけで男の脳が揺れて白目を剥くと、そのまま気絶をして前に倒れ込んだ。
あまりに自然な動きだったせいか、肥え太った男は何もいえずに呆然と眺めているが、俺はその隙を見逃さずまた懐へと入り込み、さっきと同じようにして意識を刈り取った。
「…小僧。なかなかやるな」
すると、さっきまで黙っていたスキンヘッドの男が、獰猛な笑みを浮かべて俺の方をじっと見てくる。
「まぁ、俺は天才だからね。あんたら如きには負けないよ」
「ふん。ではそれが本当か試してやろう」
男はそう言って拳を握り構えると、さっきよりも存在感が増した。
(ふーん。そこそこやるみたいだね。でも…)
「正直、俺の敵じゃないね」
俺はさっきよりも少しだけやる気を出すと、また同じように一歩を踏み込む。
「それはさっきも見たぞ。同じ手は効かん」
男はそう言って俺が繰り出した顎へのパンチを顔を逸らすことで避けると、今度はお返しと言わんばかりに俺めがけて拳を振り下ろしてくる。
「甘いよ」
俺は姿勢を低くしてそれを躱し、その勢いのまま男の後ろへと回り込み、後ろから膝の裏を思い切り蹴る。
「ぐっ!」
膝裏を蹴られたことでバランスを崩した男は、バランスを保とうとして少し前のめりになる。俺はその隙に空中へと高くジャンプすると、右足を思い切り振り上げ、男の頭へと踵落としを喰らわす。
「ぐわぁぁっ!」
男は痛そうな声をあげると、そのまま頭を地面に思い切り叩きつけて呆気なく意識を失った。
「雑魚が」
俺は男たちの服からロープを取り出すと、男三人を縛って近くの柱へとくくりつけ、衛兵を呼びに向かった。
男たちを衛兵に引き渡した後、改めて街を見て回る気にもならなかった俺は、飛行魔法を使って自分の部屋へと戻ってきた。
「はぁ。最後はあれだったけど、やっぱ街はいいな」
俺はこの領地が好きだ。気候にはあまり恵まれていないが、それでもみんなが楽しく幸せそうに暮らしている。
そんな領民たちの幸せを今後も守っていけたらと何度も思ったが、俺は必ず死ぬ運命にあるためその夢が叶ったことは一度もなかった。
「まぁ、考えても仕方がない。さてと、また寝るかな」
俺の夢が叶わないことは、何度も繰り返される人生の中で嫌というほど思い知らされた。
今更、夢や希望を持って生きるような俺でもないので、気持ちを切り替えてベッドへと横になるのであった。
翌朝。いつものようにミリアが俺のことを起こして支度を済ませると、朝食を食べるために食堂へと向かう。
「ルイス様、お体は大丈夫ですか?」
「問題ない」
ミリアには昨日の夕食の時、体調が悪いから参加しないと伝えさせたので、一応心配してくれているようだ。
それ以上の会話はなく、俺は食堂へと入って席に着く。
向かい側にはペステローズ家の面々が座っており、俺が席に着くと食事が始まった。
といっても、朝から豪勢に食べるわけではなく、軽くつまめるものを食べる感じだが。
「そうだ、ルイス。体調はもう大丈夫なのか?」
食事を食べ終えてティータイムをしていると、父上が俺の体を気遣い話しかけてきた。
「えぇ、問題ありません。一晩休ませて頂いたのでだいぶ良くなりました」
「そうか。お前はまだ子供なのだから、何かあったら言いなさい」
「ありがとうございます」
父上は俺との話を終えると、ペステローズ侯爵と二人で話し始め、母上もペステローズ侯爵夫人と会話をしていた。
俺は目の前に置かれた紅茶を飲みながらまったりしていた。
アイリスも特に話すことはないのか、俺と同じで紅茶を飲んでじっとしている。
それから少ししてアイリスたちが帰ることになったので、俺たちは彼女たちを見送るため屋敷の前に立っていた。
「マイル、また会おう」
「あぁ、エドワード。子供達の婚約も決まったことだし、機会があればまた来るよ」
エドワードとは父上の名前で、母上はエリゼという。父上とペステローズ侯爵は別れ際に握手をすると、挨拶を済ませて馬車へと乗り込んだ。
母上たちもまた会う約束をしていたのでそちらを眺めていると、アイリスが俺の方へと近づいてきた。
「ルイス・ヴァレンタイン様。大変お世話になりました」
「いえ、大したおもてなしもできず申しわけありませんでした。道中お気をつけて」
「ありがとうございます」
アイリスは最後にお礼を言うと、馬車の方へと向かって行き中へと入っていった。
(ふぅ。これで面倒ごとも終わった。あとは無視でいいや)
こうして、俺は死神ことアイリス・ペステローズとまた婚約をし、いつものように決められた未来へと向かってスタートを切るのであった。
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