第3話 初恋の人

 アイリス・ペステローズ。彼女は俺の婚約者にして死に最も関わりがある女だ。


 何故なら俺の死に戻りは彼女と婚約する日が起点となっており、それ以降が繰り返される人生の始まりの日なのだから。


 一周目の人生。つまり死に戻りというものを知らなかった人生の時。俺は彼女を婚約者として紹介されたあの日に初恋をした。


 光り輝くような綺麗な金色の髪に、空の色をそのまま切り取ったように透き通った青い瞳。子供ながらに整った容姿はまさしく美少女と言われるそれで、例に漏れず俺も彼女に一目惚れをした。


 しかし、恋愛経験など皆無だった俺は、好きな子とどうやって接したら良いのか分からず、冷たい態度を取ったり威張り散らしたり、酷い時には嫌がらせをしたこともあった。


 そんな関係が学園に入学するまで続き、入学式が行われたその日も俺は彼女のことをいじめていた。


 そんな俺を平民の主人公がやめるように言ってきて、アイリスのことを庇うように俺の前に立ちはだかった。


 俺はそんな主人公が気に食わなくて決闘を申し込んだがボロ負けし、それをきっかけにアイリスはそいつと仲良くなって恋に落ちた。


 好きな人が別なやつを好きになったことが許せなくて、アイリスには更にキツく当たるようになったし、主人公の奴にも何度も危害を加えようとした。


 しかし、俺のやる事なすことは全て二人の気持ちを煽るだけであり、主人公を強くするための踏み台にしかならなかった。


 結局、俺が主人公を害すために行った悪事の全てが明るみになり、俺は最後に戦いを挑んだが呆気なく首を刎ねられて死んだ。





 次の人生では何故自分が生き返ったのか理解できずに戸惑ったが、やり直せるチャンスがあるのならと、今度は優しく接することにした。


 会うたびにプレゼントを用意したり、一緒に出かけたり、困っている時には手を貸すように頑張った。


 そのおかげで入学式の日にアイリスと主人公が出会うということもなく、俺はこれでようやくアイリスと結ばれるんだと喜んだ。


 しかし、アイリスがピンチの時に何故かたまたま主人公が居合わせ、そのまま彼女を助けるという出来事があった。


 俺はその日、家の用事でアイリスと一緒にいることができなかった。


 そして、それがきっかけでアイリスはまたやつに恋をして俺のもとを去っていった。


 どうやら俺は彼女にとって、最後まで政略結婚の相手としか見ることができず、優しいが良い人止まりだったようだ。


 挙げ句の果てに、俺は何もしていないのによく分からない濡れ衣を着せられ、処刑されて死んだ。



 三周目の人生。さすがにこの時になると、アイリスのことがあまり好きではなくなり関わらないようになった。


 会わないように、話さないように、徹底的に距離を置いて関わらなかった。


 しかし、ある日突然、俺の意識が途切れた。


 そして次に目が覚めると、何故か俺は主人公やアイリス、そして奴の仲間に剣や魔法を向けられており、俺は満身創痍の状態だった。


 訳がわからず状況を確認しようとするが、喉が焼けていたのか声を出すことができず呻くことしかできなかった。


 最後に『お前が死ねば平和になる』と言われ、心臓に剣を刺されて死んだ。


 その後もいろいろな事をして、その度にいろんな理由で殺されたわけだが、全ての始まりはやはりアイリスとの出会いなので、俺としてはもう会いたくないと思えるほどにしんどい相手だ。


(もはや死神だよ。てか、三周目の人生は最初ほんと意味わからなかったなぁ)


 何故あんなことになっていたのか。それは似たような経験を何度もしてようやく理解することができたのだが、今は語らないでおこう。


 そんな俺にとっての死神と俺は現在、庭園の散歩を終えて屋敷へと戻ってきていた。


 この後の予定など考えていないが、何もしないというのも体面的によろしくないので、最初に会った部屋とは違う応接室へと来てお茶をしていた。


 給仕はミリアがやってくれているが、この2人が揃うと今にも俺は殺されるのではないかと思えてくる。


(まぁ、死んだら死んだで別に構わないが)


 もはや生きることに関心がない俺は、死ぬなら死ぬでそれもアリかと思っている。

 なんなら、早く死んで永遠の眠りにつきたいくらいである。


 そんな事を考えながらミリアが入れてくれたレモンティーを飲むが、さっぱりとした風味がとても美味しく感じた。


 ミリアは俺たちの間に会話がない事を少し心配そうに眺めているが、俺にとってはこっちの方が楽なので気にしないでもらいたい。


「美味しいですね。ヴァレンタイン様」


 しかし、アイリスはそう思っていないのか、レモンティーを一口飲むと微笑みながら話しかけてくる。


 ちなみに、俺は婚約したとはいえファーストネームで呼ぶ事を許可していないため、彼女は俺のことを家名で呼んでいる。


「そうですね。ペステローズ嬢」


 適当に共感を示した後、俺は近くにある本を魔法で浮かせて手元へと持ってくると、本を開いて読み始めた。


 これ以上話しかけるなという意味を込めて。


「魔法、お上手なんですね。さすが、神童と名高いルイス・ヴァレンタイン様です」


 しかし、またしても空気を読めないアイリスは、今度は魔法に触れながら話しかけてきた。


「ありがとうございます」


(何でこんなに話しかけてくるんだよ。めんどくさい)


 だが、いくら面倒でもこの場所で無視をすれば、ミリアから父上や母上に話がいってしまうため、無難にお礼だけ伝えた。


(あぁー、早く帰ってくんねぇかなー)


 心の中でそう愚痴りながら、俺は適当に取った本に目を通していくのであった。





 父上とペステローズ侯爵が幼い頃からの友人だということを知ったのは、最初の人生の時だった。


 そんな仲良しな二人だが、何度人生を繰り返しても変わらないことの一つは、この2人が昼間から酒を飲んで帰れなくなることだ。


 なんでも、お互いの子供が婚約できることが嬉しいらしく、何度人生が変わっても調子に乗って飲みまくるのだ。


「いつも思うけど馬鹿なんじゃねぇの」


 俺は一人自分の部屋へと戻ってくると、着ていた上着を脱いでベッドに横になっていた。


「はぁ。この後は確かみんなで夕食だったな。怠いから仮病で休もう」


 もうこれ以上アイリスとは会いたくないし、顔合わせ自体も最初に会った時で目的は達している。


 ならこれ以上は無理して会う必要もないだろう。


 ということで、俺はベルを鳴らしてミリアのことを呼び、体調が悪いからもう寝ることを伝えて眠るのであった。





 夜。屋敷のみんなが寝静まった時間に俺は目が覚めた。いや、もしかしたら父上たちはまだ飲んでいるかもしれないが、少なくともアイリスとかは寝ていることだろう。


「腹減った」


 夕食を仮病で食べなかったため、成長期ということもありお腹が空いていた。


「メイドの誰かに声を掛けるのもいいけど、どうせなら外で食べたいな」


 貴族の料理も美味しくて良いが、俺は外で売られている味付けの濃い料理も好きだった。


「よし、出かけよう」


 外で食べることに決めた俺は、服を地味なものに着替え、念の為魔法で髪の色や瞳の色を変えてローブを羽織ると窓の方へと向かう。


飛翔フライ


 窓を開けて風属性の飛行魔法を唱えると、俺の体を風が優しく持ち上げ宙へと浮かぶ。


「よし。それじゃあ行きますか」


 こうして、空を飛んで誰にもバレることなく、俺は夜の街へと出かけるのであった。





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