第2話 婚約者
準備を終えた俺は、水のクッションに座ってふよふよと浮きながら移動していた。
「あの、ルイス様」
「なに?」
そんな俺を見て、ミリアは戸惑いながらも声をかけて来た。
「あの。ちゃんと歩かれた方がよろしいかと」
「なんで?」
まさか聞き返されると思っていなかったのか、しばし黙り込んだ後にミリアは口を開く。
「その、婚約者様との初顔合わせですし、しっかりした方がよろしいかと」
その言葉を聞いて俺は納得した。
(そうか。初顔合わせってことになってるんだった)
言われてその考えに至ったが、俺の気持ちは何一つ変わらず、貫徹してめんどくさいの一言に尽きる。
「別にどうでもいいよ」
ミリアと喋るのも怠くなった俺は、これ以上話しかけるなという雰囲気を出して、婚約者に会いに行くのであった。
応接室の前についた俺たちは、ミリアが扉をノックして入室の許可を取る。
「入れ」
中から聞こえて来たのは俺の父親の声で、どうやらいつものように両家の家族が揃っているようだ。
本来であれば、俺も朝から家の前に行き、父上と母上と一緒に出迎えなければならないのだが、体調が悪いといってゆっくりさせてもらったのだ。
「父上、母上。ただいま参りました」
「おぉ、ルイス。ようやく来た…か」
「ルイス。皆さんにご挨拶な…さ…い」
父上と母上は、俺の方を見ると唖然として言葉を失ってしまった。
それだけで無く、もう何度もあっている婚約者とそのご両親も俺のことを見て呆然としていた。
(まぁ、こんな状態で入ってくればそれはそうか)
今の状況を理解はしているが、もう何度もこの家族に挨拶したのかと思うと、いい加減うんざりするといものである。
しかし、いつまでもこうしていると話が進まなそうなので、水クッションを空いている席の方へと動かすと、そのままソファーに座り直して水クッションを消した。
「それで?婚約者殿がくると聞いたのですが?」
「…あ、あぁ。その通りだ。…いや、まて。このまま話を続けるのか?」
さすがは父上というべきか、誰よりも早く立ち直り話を進めようとするが、俺の登場が衝撃的すぎたためか、このまま進めても良いものかと判断できかねているようだ。
「別に良いでしょう。今日は顔合わせ。それだけなのですから。過ぎたことは気にせず、早く進めてください」
「う、うむ。わかった」
俺が態度を改める気がないと察したのか、父上は戸惑いながらも話を進めてくれた。
「早速だがルイス。まずは自己紹介を」
「わかりました。…お初にお目にかかります。ヴァレンタイン公爵家が嫡男。ルイス・ヴァレンタインです。以後、よろしくお願いいたします」
俺は微笑みながら挨拶を終えてソファーに座ると、またしても部屋が沈黙に包まれる。
おそらく、あんな登場をしたにも関わらず、ちゃんと挨拶をしたことにどう反応したら良いのか分からないのだろう。
しかし、そこは相手も貴族だ。すぐに気を取り直して挨拶を返してくる。
「初めまして。ペステローズ侯爵家の当主、マイル・ペステローズだ」
「マイル・ペステローズの妻。シリス・ペステローズです。そして、この子が…」
「初めまして。ペステローズ侯爵家の次女、アイリス・ペステローズです」
アイリスは挨拶をすると、俺の方を見てにっこりと微笑む。
アイリス・ペステローズ。ペステローズ侯爵家の次女で、眩いほどに輝く金髪と空のように透き通った綺麗な碧眼。得意な魔法属性は水属性だった気がする。
まだ幼いながらに整った顔立ちは、将来どれだけの美女になるのか想像もつかない。
(まぁ、俺は知ってるんだけど)
そんな彼女の微笑みに、俺も適当に微笑み返してあとは視線を外す。
「それで父上。こちらのご令嬢が?」
「あぁ。お前の婚約者だ」
「承知しました。ではペステローズ嬢、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。ルイス・ヴァレンタイン様」
淡々と挨拶を済ませた俺たちは、その後は言葉を交わすことはなく、黙ってこの顔合わせが終わるのを見届けるのであった。
ただ、何故かアイリスの方から視線を感じる気がしたが、俺にとってはどうでも良いことだったので反応することはなかった。
顔合わせが終わったあと、大人たちは話があると言うので、俺とアイリスの二人は庭園でも散歩してくるように言われた。
なので仕方なく庭園に来たわけだが、俺はとくに話したいことがなかったので、黙って花に彩られた庭園の中を歩いていた。
我が公爵領は北にあるため、夏は涼しく冬は寒くて雪ばかりが降る。
そのため、本来であれば庭園に花を咲かせることは難しいのだが、そこは庭師と花好きの母上の頑張りで、低い気温でも咲く花を揃えることができた。
ただ、さすがに冬に花を咲かせるのは難しかったので、冬の間は温室に花が植えてあり、そちらで鑑賞することができる。
(俺からすれば、夏も温室でいい気がするけどね)
花にさほど興味のない俺としては、頑張って庭園に花を植えるのではなく、温室だけにすれば良いのにと思ってしまう。
「あの、ヴァレンタイン様」
そんな事を考えながら歩いていると、後ろを歩いていたアイリスから声をかけられた。
このまま黙っててくれれば良いのにと思いながらも、仕方なしに笑顔を作って振り返る。
「どうかしましたか。ペステローズ嬢」
何故話しかけてきたのかは知らないが、アイリスと話すのはめんどくさいので、早く要件を話してこの場を終わらせたいものだ。
「ヴァレンタイン様は、私との婚約がお嫌なのでしょうか」
あまりにも直球な質問に、俺は久しぶりに少しだけ驚いた。
これまで何度も人生を繰り返し、もちろん黙ったまま関わろうとしなかった時もある。
その時は向こうも黙ったままで、とくに会話らしい会話をすることはなかった。
俺が何も言わない事を肯定と受け取ったのか、アイリスは少し寂しそうな顔をしながら苦笑していた。
「仕方のない話だと思います。私たちは今日、初めて会ったばかりですし、お互いのことを何も知りませんから」
彼女が本音で話してくれたような気がしたので、仕方ないと思いながら俺も自分の気持ちを素直に伝える。
「正直な話、この婚約自体に俺は興味がありません。政略的なものですし、ペステローズ嬢のおっしゃる通りお互いのことをよく知らないので。それに俺たちはまだ子供なので、今後、別の誰かを好きになることもあるでしょう。なので俺としては、どちらでも良いというのが正直な気持ちなのです」
貴族という立場を考えれば、普通は恋愛なんて二の次で、家の繁栄のために政略結婚など当たり前のことなのだが…
(アイリスは学園に入学して主人公に出会うと、何らかのきっかけで必ず惚れるんだよね)
それがただの気持ちだけで終わるならまだ良いのだが、主人公には強力な力と人に好かれる謎のカリスマ性があったため、どんどん出世していって、爵位を貰ったり、最後には奴が皇帝の座についた人生もあった。
つまり、アイリスと主人公の間にある身分という壁はあってないようなもので、彼らの恋愛は必ず成就するのだ。
(そんな相手との婚約について真剣に考えるなんて、時間の無駄以外の何ものでもない)
しかし、現段階のアイリスは主人公とは出会っていないため、政略結婚自体は受け入れている。
だからどうせ結婚するのなら、少しでも良好な関係を築こうと思っているのだろう。
自分の素直な気持ちを伝えた俺は、また彼女に背を向けると、一人で庭園の中を歩いていくのであった。
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