035:新たな闘争を求めて
島でのバカンスを楽しんでいれば数日が経っていて。
俺は社長から呼び出されて、島に建てられた一つの施設へと入っていった。
灰色の建物の中では、制服のようなものを身に纏った人たちが歩いている。
白を基調として、青いラインが入った制服で。
彼らもピース・メイカーの社員なのかと思いながら歩いていく。
フロントらしき所で俺の名前を伝えれば、受付のお姉さんは俺の端末に何かを送った。
ピロンと鳴った端末を見てみれば案内が表示されていて。
俺はお姉さんにお礼を言ってから、案内通りに通路を進んでいった。
真っすぐ進んで右に曲がり、通路を進んで上へと上がって――着いた。
標識を見れば、ブリーフィングルームと書かれている。
俺はノックをしようかと迷ったが、敢えてノックをせずに入室した。
すると、部屋の中にいた人間たちの視線が俺へと集中する。
俺は驚きながらも、何で他の人間まで呼ばれているのかと思った。
皆、礼儀正しく等間隔に設置された椅子に座っている。
全部で百人ほどいる人間の中にはトロイもいて。
恐らく、彼らは傭兵だろうと思いながら、俺は空いている席に座った。
前から二列目の席の真ん中で、結構、目立つ場所だと思って顔を顰める。
しかし、贅沢は言っていられないと割り切って座り、何が起こるのかと黙って待っていた。
暫く待っていると、ブリーフィングルームの右側の扉が開けられた。
現れたのはマイルス社長と疾風と呼ばれたヴォルフという名の引退した傭兵で。
社長はニコニコと笑いながら、ブリーフィングルームの先頭の中心に設置された台の前に立つ。
ヴォルフさんは端に設置された椅子に腰かけて、俺たちへと視線を向けていた。
「はい。今日は集まってくれてありがとう。此処にいる傭兵は私が特に気に入っている傭兵ばかり。腕の立つ君たちをこの名も無き島に呼んだ事には理由があります。それは、ただの警護任務ではなく――新しく作り上げるチームの創設に関わっていただきたいからです」
「新しいチームの創設? 何だそれは」
先頭に座る男が社長に質問する。
すると社長は、ぱちりと指を鳴らした。
部屋の中は少し暗くなって、前面に現れたディスプレイに何かが映し出される。
そこには矢じりのようなマークの中にVのマークが刻まれていて。
下には” unreasonable mercenary”と書かれていた。
「名前に関しては仮だから、今はこれで我慢して欲しい。それよりも、君たちが気になっているであろうチームに関する話をしよう。この unreasonable mercenary……長いからU・Mとしようか。それは、とある組織と戦う為に創設される傭兵だけのチームだ。我々の敵となる組織は強大であり、この世界や現実に大きな被害を齎そうとしている。奴らの計画を阻止し、世界に起こる危機を未然に防ぐ。それこそがU・Mを作った目的だ。私はこの場を借りて、君たちをスカウトする為に君たちをこの島に呼んだ」
「ちょ、ちょっと待てよ! 俺たちがその強大な敵? と戦うって言うのは何となく分かるけどよ……給料は出るのか?」
「あぁ勿論出すさ。しかし、一度我々と契約を結べば自由な行動は取れないと思って欲しい。自由時間はあるが、それは施設内に限定される。現世人である人間は、現実へと戻る回数を制限させてもらう」
「はぁ? 何だそりゃ。それじゃまるで……この世界で生活しろって言うのか?」
「そう受け取ってもらって構わないよ。このプロジェクトは私個人の物ではない。国家が絡んだ案件だ。支援を惜しむことはしない。君たちが望むものを可能な限り我々は提供する。その代わり君たちの時間を――我々にくれないか」
マイルス社長は笑みを浮かべながら堂々と告げる。
それを聞く俺たちは神妙な顔をしながら考えた。
リアルへと戻ることを制限されて、この地で暮らす覚悟はあるのかと問われた。
それはつまり、真面な生活は送れないと言われたようなもので。
全てを投げ捨ててまで傭兵として戦う事の意味を問われているようなものだった。
普通なら、こんなことは考えるまでも無い。
リアルを優先し、この話は断るのが当然で。
現実で待つ家族や友人の事を思えば、拒否の言葉が出るのは当たり前のことである。
しかし、この場にいる全員がすぐに否定の言葉を発しない。
俺たちは傭兵だ。
戦いの中で息をして、戦いの中で眠りにつく。
自由に生きて、理不尽に殺されるのが俺たちの運命で――あぁこっちの方がしっくりくるな。
現実の世界が、俺にとっては色褪せた世界に感じる。
体があって息をしている世界が、ひどく不透明に感じた。
思い出の世界が記録媒体に保存した映像のように思えて。
俺にとっての現実が、この世界であると心が何度も訴えっかてくる。
戦う事が生き甲斐で、死に場所も戦場が良い――答えは決まっている。
俺はゆっくりと手を上げた。
すると、マイルス社長は俺に発言の権利をくれた。
俺は立ち上がってから、マイルス社長の目を見ながら問いかける。
それは人生をあげる代わりに、俺が欲するものをくれるかという質問で――
「俺に戦う場所をくれますか。俺が死ぬまで、戦わせてくれるんですか」
俺の言葉にマイルス社長は大きく目を見開く。
座っていたヴォルフさんは目を細めていて。
俺は黙ったまま、質問の答えを待っていた。
すると、社長はニコリと笑って静かに頷く。
「――君が望むなら」
「……なら、俺は受けますよ。それが俺の人生だから」
答えは得たと、俺は席に座る。
他の傭兵たちは黙ったまま座っていた。
中には答えを出している者もいるだろうが、半分もいないかもしれない。
社長は「明日の正午まで待っているよ」と言って台の前から離れた。
代わりにヴォルフさんが出てきて、台の前に立った。
ヴォルフさんはぐるりと俺たちを見てから、ゆっくりと言葉を発した。
「――この話は受けない方が良い」
「……?」
「この場で答えを出せないのなら、この先をついて行くことは出来ない。腕の立つ傭兵であっても、心までは戦場に染まることは出来ない。戦いに身を置き、戦場で死ぬことを決めている者だけがこの話を受けろ。それ以外は、邪魔なだけだ」
「何をッ! アンタだって、戦場から離れた老兵だろッ!! 生き恥を晒しているアンタに、俺たちの事をとやかく言う資格は無いッ!!」
「……あぁ、そうだ。私は死に場所を得ることが出来なかった”屍”だ。お前たちに文句を言う権利も、拒む権利も無い」
「だったらッ!!」
「――私は死に場所を得る為にこの話を受けた。傭兵として死ぬ為に、私は戦う。お前たちに出来るか?」
「――っ」
怒り狂った傭兵の言葉を柳のように受け流す。
すると、何も言い返せない傭兵の男は仲間を連れ立って去っていく。
荒々しく扉を開け放って帰っていた傭兵たち。
残された俺たちはさきほどの言葉を心に刻みながら、席を立つ。
先頭に立っている男の一人が俺たちを代表して聞きたいことを尋ねた。
「――何時から仕事が始まる? 俺たちは何処へ行けばいい?」
「……明日の15:00に、愛機に乗って北西にある埠頭に来い。歓迎しよう」
「そうか。では明日」
聞きたいことを聞き終えて、俺たちは去っていく。
此処にいる奴らが、一緒に戦う仲間だ。
共に戦い共に死ぬ仲間であるが、俺たちは何も言うことなく歩いていく。
今は戦場へ行く前の準備がしたい。
今ここで何かをすれば、拳を握って暴れだしそうだ。
皆が皆、笑みを堪えながら戦地へ行けることに――胸を躍らせていた。
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