034:男同士の殴り合い

 島での生活を満喫し、思い出したかのように現実へと帰る。

 目を開ければ殺風景な部屋が広がっていて、此処にはあまり長くいたくない。

 分厚いカーテンが掛けられて、棚には子供が遊ぶような玩具が並べられている。

 パソコンの明かりだけが頼りの部屋で、ゆっくりと出口へと目を向けた。

 何の変哲もない木で出来た扉であり、ノブと鍵穴が付けられている。

 あの向こうには代り映えの無い景色が広がっているのだろう。

 仮想現実とは違う。灰と絶望に染まった世界で、あまり魅力は感じない。


 だが、あの扉の先が気になる。

 何時も見ていた景色を恋しく思っているのか。

 だったら、足を動かして扉に近づけばいい。

 そうして、何時ものように扉を開ければ外へと出られる。



 しかし、俺の足は動かない。


 扉をジッと見つめてから、興味を失って情報電子変換装置に手を翳す。


 現実を忘れて、再び仮想の世界へと向かう。


 

 俺は何故、此処へ帰ってくるのか?

 現実を忘れて仮想の世界を楽しんでいる。

 仕事か、友達か、両親か……どれも違う気がする。



 体が仮想の世界へ吸い込まれていく中で、俺はもう一度扉を見た。

 何の変哲もない扉から”ナニカ”を感じながら――俺はもう一度、仮想現実へと戻っていった。


 



 仮想現実へと戻って来て、俺はバネッサ先生の勧めでとある場所へとやって来た。

 それは島の南東にあるバンカーであり、多くのメリウスがその中に配備されていた。

 カンカンと鉄を打ち付ける音やボルトを締める音が聞こえて。

 ケージに収容されているメリウスたちは規則正しく並んでいて圧巻だった。

 大きさは俺の紫電と同じかそれ以上で……誰かが俺の名を呼んだ。


 振り返れば笑顔で手を振るトロイがいて。

 俺は奴に笑みを向けながら、今日はどうしたんだと聞いた。

 するとトロイは機体の整備が出来たから見に来たと言ってきて。

 奴は良かったら見ていくかと俺に聞いてきた。

 その目はキラキラと輝いており、自分の機体を自慢したくてたまらないと言った感じだ。

 俺は小さく息を吐きながら、ついて行くことを伝える。

 

「よっしゃ! じゃついてこいよぉ」

「はいはい」


 バネッサ先生とはそこで別れて、俺たちはメリウスを見ながら歩いていく。

 時折、トロイがあの美人は誰なのかとしつこく聞いてきて。

 医療スタッフのバネッサさんだと簡潔に答えてやった。

 すると、奴は一人でぶつぶつと何かを言っていて耳を澄ませば「連絡先を交換……」とか言っていた。

 不純な奴であり、この前、酒場で聞いていた悩みは吹っ飛んだのかと俺は考えてしまう。

 まぁ能天気なくらいがちょうどいいのだろう。

 俺はそんな事を考えながら、トロイと共に進んでいって――一機のメリウスの前で足を止めた。


 見上げれば、青を基調としたメリウスが立っている。

 背中には大きなブースターが付けられていて。

 膝にも小型のブースターが取り付けられている。

 俺が質問すれば、足裏などにも小型のブースターが取り付けられているらしい。

 胴回りはシュッとして、足回りはがっしりとしている印象だ。

 

 頭頂部から延びるブレードアンテナが立派であり、緑色の単眼センサーが綺麗だった。

 両手にはゴテゴテとしたガトリングガンが二門取り付けられている。

 長い銃身に後ろの方が膨らんでいて、よく見れば背後の二つのボックスと繋がっていた。

 プラズマなどではなく実体弾何だろうが……敵で会ったら恐ろしいな。

 

「こいつが俺の機体。その名はファイアボルトだ!」

「へぇ、お前の性格からしてヒット&アウェイを好むかと思ったけど。ありゃどう見ても突撃だろ?」

「……あぁ、アレは弟の趣味でな。俺には格好よく戦って欲しいから、態々、あんなデカい武装を付けてんだよ……お陰で毎回毎回、敵に突っ込んでバレルが溶けちまいそうだよ。誰が好き好んで撃ち合いなんかするんだよ……はぁぁ」

「お前も苦労してんだな」

「まぁな」


 戦場に出て、敵の大群相手にガトリングガンを撃ち続けるトロイを想像した。

 弾幕はえげつないだろうが、その分、敵からも狙われやすくなるだろう。

 今まで生き残ってこれたのは単純な運か。それともトロイの腕なのか……まぁ腕だろうな。


 初めて会った時から、並々ならぬ覇気を感じていた。

 普段はおちゃらけているが、奴の目を見れば分かる。

 相当な場数を踏んできて、色んな敵と戦ってきた強者の目だ。

 こいつは分かっていないかもしれないけど、実力は本物に違いない。

 俺は何時の日かトロイと戦う日が来るような気がして――笑った。


「……どうした? 何で笑うんだよ」

「ん? いや、お前と戦ったら面白いだろうなって思ってな」

「はぁ? 何でお前が俺と戦うんだよ。仲間だろ?」

「まぁそうだけどさ。もしかしたら戦う日が来るかもしれねぇだろ」

「あぁ? ねぇよ。俺は友達とは死んでも戦わねぇ主義なの」

「……じゃ、万が一にも、俺が道を踏み外しそうになった時は?」

「…………はぁぁ、そん時は戦ってやる。ただし、友達としてだ! 分かったな?」

「……あぁそれでいいよ」


 俺は優しいトロイに拳を突き出す。

 すると、奴は困ったような笑みを浮かべながらコツンと拳を合わせてきた。

 俺たちは黙ったまま、ファイアボルトを見上げる。

 来ないのであればそれでいい。しかし、もしもがあれば――俺は全力で楽しみたい。


 そんな未来を想像しながら笑う。

 すると、カツカツと音を立てて誰かが歩いてくる。

 チラリと見れば、他の傭兵の様であり下品な笑い声を上げながらずかずかと歩いていた。

 スキンヘッドの男が二人に、真ん中を歩くのは金髪のモヒカン頭で。

 俺は何か厄介な事が起きそうな気がして見ていた。

 すると、モヒカン頭が俺たちに気づいてニタリと笑う。


「おぉ? 何だありゃ。何で俺たちのバンカーに棺桶があるんだぁ?」

「――何だと?」


 ファイアボルトを見ながら、モヒカン頭が棺桶とデカい声で言った。

 俺はやっぱりこうなるのかと顔を片手で覆って天を仰ぎ見た。

 チラリと見れば、トロイの顔が人殺しのそれになっていて。

 気づいていないのかモヒカンはげらげらと笑いながら俺たちの脇を通り過ぎようとして――顔面を強打された。


「ふげぇ!!?」


 間抜けな声を出しながらゴロゴロと転がっていくモヒカン。

 取り巻きのスキンヘッドたちが慌てて助けに向かう。

 トロイは右の拳を摩りながら息を吹きかけていた。

 やってやったぜと言わんばかりの顔でハニかんで、親指を立てるトロイ。

 俺はやれやれと顔を振りながら――後ろを向けと注意した。


「あ? 何――ぶぐぅ!!?」


 振り向いたトロイの顔を殴り抜けるモヒカン。

 身長が二メートルもありそうな巨体から繰り出されるパンチでありさぞ痛い事だろう。

 モヒカン頭はニヤリと笑っていて、トロイは鼻血を出しながら足をぷるぷると震わせていた。


「良い、パンチじゃねぇか……お返しだッ!!」


 固く握った右こぶしをモヒカン頭の腹に叩きこむトロイ。

 モヒカン頭は体を浮き上がらせて唾を吐き出して。

 腹を押さえながらも笑みを浮かべて余裕そうに振舞っている。

 そうして、互いに笑みを浮かべながらの乱闘が始まって……どうすればいんだ。


 メリウスを見に来たのに、今では拳闘試合を観戦している。

 騒ぎを聞きつけた傭兵やメカニックも集まって大盛り上がりで。

 何故か、意地の悪い奴らが賭けまで始める始末だった。

 騒がしくも楽しい連中であり、俺はトロイが勝つ方に三万ラス賭けた。


「トロイッ!! そこだッ!! 顎を狙えェ!!」

「ゴンザスさんッ! そんな三下、さっさとのしちまってくださいよォ!!」


 俺の声援と取り巻きたちの声援。

 そうして、集まってきたやじ馬たちの声援も合わさって一種のお祭りと化して。

 俺たちはビールを受け取りながら、笑い合って戦いを観戦し始めた。




「はぁ、はぁ、はぁ……うおぉ」

「ぜぁ、ぜぁ、ぅぅ……おぁ」


 トロイもゴンザスと呼ばれた男も満身創痍である。

 顔面はパンパンに腫れあがって原型を留めておらず。

 頑張って繰り出すパンチもよぼよぼの爺さんのそれと同じ速さであった。

 同時に放った拳が互いの頬にぴたりと触れて――両者が前に倒れこんだ。


 もう指一本も動かせない愛すべきバカたち。

 賭けは成立しなかったが、やじ馬たちは男たちの健闘を讃えていた。

 二人は仰向けに転がってから、笑みを浮かべて互いを褒めていた。

 麗しき戦いの後の対話で、俺はうんうんと頷きつつも嫌な気配を感じた。


「……これは、何の騒ぎだ」


 男たちの声がピタリと止む。

 そうして、モーゼの如く人の波が別たれて。

 ずんずんと誰かが歩いてきた。


 見れば、黒いスーツを身に纏ったガッシリとした体格の男で。

 顔面が傷だらけであり、身に纏う覇気は歴戦の猛者のそれであった。

 鬼軍曹と言っても間違いではない人相の男は、倒れ伏す二名の男に近寄る。

 すると、虫の息であった二名は勢いよく立ち上がる。


「……トロイ、ゴンザス。状況の説明をしろ」

「は、はい。えっと……し、親睦を深める為に少々プロレスを!」

「そ、そうなんです! プロレスが俺たち大好きで!」

「ほぉ、プロレスか」

「は、はい」


 誤魔化せたとでも思っている二人。

 傷だらけの男はニコリと笑う。


「二人とも、今から島を十周して来い。もっと仲が深まるぞ」

「え!? い、いや」

「――行け」

「「は、はいぃぃ!!」」


 よろよろと走り去っていく男たち。

 俺は小声で取り巻きたちにあの男は誰なのかと聞いた。

 すると、彼らはあの男を知らないのかと驚いていて。


「あの人はメリウス乗りの中でも有名なパイロットで”疾風のヴォルフ”と呼ばれていた傭兵だ。現役を引退して隠居していたって噂だったけど、あの人は何故か此処に呼ばれて俺たちの指導をしている。ゴンザスさんほどの男でも、あの人には頭が上がらないんだぜ……これも噂だけどな。俺たちが此処に集められた事と、あの人が此処にいることは関係しているらしいぜ。何でも大きな組織を作るとかなんとか」

「……何かありそうだな。ありがとう」


 俺は取り巻きたちにお礼を言う。

 そうして、疾風と呼ばれた男を見ながら、これから始まる何かを感じて。

 楽しい事が始まりそうだと笑いながら、俺はバンカーを後にした。

 背中から刺すような視線を感じるが、それはいったい誰なのか――

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