第二章:何を成し、何を手に入れるか

032:浜辺で漂う香り

 浜辺を歩きながら、俺は海岸線を眺めていた。

 何処までも続く青に、海鳥が羽ばたいていて。

 太陽が照り付ける日差しの下で、砂をざくざくと踏みしめて歩いていく。

 後ろに目を向ければ俺が辿ってきた足跡が残されていて。

 静かに流れていく波が、ゆっくりと俺の痕跡を消していく。


「……喉が渇いたな」


 ベッドから起き上がってから飲まず食わずで歩いていた。

 腹は少し減っていて、喉も乾いてきた。

 手頃に食べれるものや飲めるものがあればいいけど……あれか。


 キョロキョロと周りを見れば、一つのキッチンカーが止まっていた。

 白いキッチンカーであり、鼻を鳴らせば香ばしい匂いが漂ってきた。

 俺は光に吸い寄せられる蛾のように匂いの元まで歩いて行った。


 近くによれば、ジューと肉を焼く耳心地の良い音が聞こえてくる。

 見れば小麦色の肌をしたひげ面の男がサングラスを掛けながら肉を焼いていて――て、おい。


「お前、トロイか?」

「んあ? 誰だ――おぉ、マサムネか! 奇遇だな」


 流れる汗を白いタオルで拭いながら、トロイは笑顔で手を振る。

 何処かで見かけた顔だと思ったが、まさかの本人で。

 俺はどうしてこんなところにいるのかと彼に質問した。

 すると彼は、自分の機体を作ってもらった会社からの命令で此処に来たのだと言ってくる。


「何でも此処で静養しているっていうどこぞのお坊ちゃんの護衛をしろってんで。俺はこうやってキッチンカーのオーナーの真似をしながら仕事をしている訳よ……お前も仕事か?」

「……お坊ちゃん……そんな奴も此処にいるのか」


 俺はそのお坊ちゃんの顔を想像しようとして止めた。

 考えても仕方のない事であり、今はこの空腹をどうにかしなければならない。

 俺はライセンスを取り出して、売っている品物を買いたい旨を伝えた。


「いや、此処にいる奴から金は取らねぇ――えぇぇ!!? お前それって、Sランクの!!?」

「あ、やべ」


 俺は普段のノリで取り出してしまった。

 咄嗟にライセンスをしまってから、俺は何食わぬ顔で注文をする。

 店の売り物はどうやらサンドイッチのようで。

 俺はマスタードとマヨネーズはたっぷりつけるように指示する。

 しかし、トロイは俺の注文を無視して口を魚のようにパクパクさせていた。


「……早くしてくれよ。腹減ってるんだ。後、適当に飲み物もくれ」

「お、おま、お前……はぁぁ、聞かないでおくよ。傭兵はあまり深く詮索しちゃいけねぇからな……でも、気になるなぁ」


 ぶつぶつと文句を言いながら手を動かすトロイ。

 そうして、ものの2,3分で調理を済ませたトロイは大きなサンドイッチを俺に渡してきた。

 飲み物はぶくぶくと泡が出ている炭酸飲料で。

 メロンソーダらしきそれも頂きながら、俺はキッチンカーの前のテーブルにそれを置いた。

 椅子に座りながらデカいサンドイッチをジッと見つめる。


 表面はカリカリに焼けているパンに、中に入った分厚い肉はほどよい焦げ目がついていて。

 シャキシャキのレタスはパンからはみ出しており、中をちらりと覗けば注文通りたっぷりとマスタードとマヨネーズが塗られていた。

 俺はゆっくりと両手でサンドイッチを持って口を大きく開けてかぶりついた。


 二度三度と咀嚼していき――飲み込む。


「……うめぇ」

「だろぉ? 自信作なんだよなぁ!」


 ピリ辛のマスタードに濃厚な味わいのマヨネーズ。

 肉は100パーセント牛肉を使っているのか上品な味で。

 噛めば噛むほど肉汁が出てきて、それを包み込むようにレタスが肉の旨味を引き立てている。

 そうして、全ての味を調和させるようにしっかりと存在するパン。

 ほどよい塩気を感じて、カリッとした音の後にふんわりと柔らかいパンの食感も楽しめる。

 極上の一品であり、此処までの腕があるのならサンドイッチの店を開けと声を大にして言いたい。


「いや、お前傭兵以外の道あるじゃん」

「はぇ?」

「……ダメだこりゃ」


 話を聞いているのかいないのか。

 トロイは肉を焼きながら間抜けな声を出していた。

 俺はストローでメロンソーダを啜りながらジト目で奴を見る。

 メロンソーダもさっぱりとしていてほどよい甘さで美味しい。

 サンドイッチの後の炭酸は最高であり、俺はトロイの第二の人生は問題ないだろうと思っていた。


「……兄さん。人の話はしっかりと聞かないと」

「ん?」


 キッチンカーの中から別の人間の声が聞こえた。

 誰か他にいるのかと聞けば、トロイはよくぞ聞いてくれたと指を鳴らす。

 そうして、声の主の名前を呼んで前に出るように言った。

 声の主はため息をつきながらガチャリとキッチンカーの扉を開けて――俺は目を丸くした。


「……誘拐したのか?」

「ちげぇよ! こいつは俺の弟だ! なぁマルサス!?」

「はい。トロイの弟のマルサスです。初めましてマサムネさん」


 マルサスと自己紹介した少年は俺に手を差し出してきた。

 肩まで伸ばした黒髪に、兄とは違って綺麗な白い肌をした線の細い少年で。

 中性的な容姿であったために、弟と言われなければ性別を誤解していたかもしれない。

 マルサス君は青い瞳を俺へと向けてきていて、驚いている俺に対して首を傾げていた。

 俺はハッとして彼の手を握って握手をした。


 手を握って見れば表面はゴツゴツとしていて。

 俺はマルサス君は工場で働いているのかと思ってしまった。


「……何か作ってたりする?」

「え? どうして分かったんですか?」

「あ、やっぱりか……いや、失礼かもしれないけど。手がゴツゴツしてたから職人なのかと思ってね」

「あれ、言ってなかったか? 俺の弟はメカニックで、俺の機体のメンテナンスをしているんだぜ」

「……あぁ、それで自分の相手はそいつしかいないって……君だったのか」

「……もぅ、兄さん。またお酒飲んで適当な事を……ふふ」


 困ったような顔をしたけれども笑っているマルサス君。

 兄であるトロイの事を尊敬しているのだろう。

 仲の良い兄弟であり、俺も昔を懐かしんでしまいそうになる。

 温かな目で彼らを見ていれば、トロイがどうかしたのかと聞いてきて。

 懐かしい気持ちになったと正直に伝えた。


「お前にも弟か妹がいるのか?」

「ん? あぁ……あ? いない、か……いなかったな」

「はぁ? 何だそりゃ。もしかして空想上の存在かぁ。よしてくれよー」

「ち、違うよ! そんなんじゃねぇから!」


 茶化してくるトロイを怒りながら、俺は残りのメロンソーダを飲み干す。

 そうして、空になったそれをテーブルに叩きつけてから大きく息を吐いた。


「……まぁいいや。トロイがいるんだったら俺も助かるよ」

「あぁ? 何でだ?」

「いや、此処には知り合いがいないからな。話し相手が欲しかったところだ」

「話し相手って……此処に住むつもりなのか?」

「……さぁな。社長からの命令なんだよ」

「……何か事情がありそうだな……でも、詮索はしねぇよ。お前が話したいっていうのなら別だけどさ」


 ニタニタと笑いながら顎を動かすトロイ。

 話してみろとその顔が物語っていて、俺はジト目で奴を見つめた。

 話してもいい、こいつは俺と同じ部類の人間で、人を騙すことが苦手そうだ。

 裏切ることはしないだろうから話しても良いけど……この子はどうだろう。


 チラリとマルサス君に目を向ける。

 純朴そうな顔をした少年であり、穢れの無い青い瞳からは敵意を感じない。

 優しそうで真面目そうな少年であり、彼も信用していい気がするけど……今は止めておこう。


 俺はサンドイッチが包まれていた紙をくしゃくしゃに丸める。

 そうして、空になったボトルと一緒にゴミ箱へ捨てて。

 また散歩の続きを始めた。


「おい! おーい! ここは話す流れじゃないのかよぉ!!? 待てってー!! ねぇー!!」

「……」


 後ろからバカの声が聞こえるが無視する。

 今は話す時ではない気がした。

 信用してもい良い筈なのに――俺の勘が”何か”を感じ取っていた。

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