030:監視者達の集い(side:ハイド)
最後に映し出され映像を見て、私は満面の笑みを浮かべた。
映画の鑑賞でもするように椅子に腰かけた人間たちがジッと映像を見ていて。
”イレギュラー”の候補と私が推した彼は、見事に我々のメリウスを撃破して見せた。
私は一人でパチパチと手を叩いて彼に惜しみない賞賛を送った。
対して、他の人間たちは黙ったまま微動だにしない。
何故、彼らは感動しないのかと私は訝しんで――思い出したように手を叩いた。
「彼は現世人です。この世界の住人ではなく、現実世界で生きている……だから、イレギュラーになれる可能性は低いと仰りたいんですよね皆さんは?」
「……違うと言うのか?」
仮面をつけた人間の中で、中肉中背の男が疑問の声を上げる。
私は名も知らない幹部の疑問に答える為に指を鳴らした。
すると映像は切り替わって、我々が行ってきた実験記録の一つが映し出された。
そこには現世人である傭兵が現地人と戦ってイレギュラーとして覚醒した姿が映し出されていた。
「トリガーは未だにハッキリとは分かりません。しかし、確率は低いものの現世人がイレギュラーになる可能性は存在します。彼はランクSになったばかりの傭兵ですが、その能力は大幅に向上しています。未来視の発現や戦闘技術の向上……実験体として捕獲するのに無人機が数体ばかり破壊されましたが、それだけの価値はあった筈ですよ。我々の”永久楽土”のフェーズは、彼のお陰で大幅に進みましたからね」
「……イレギュラーだとして、こいつを狙う理由は何だ? 実験体は一人で十分だろ」
「いえいえ、それが違うんですよ。イレギュラーの中にも”格”というものが存在します……現在のイレギュラーの中で我々が最も欲しているのは告死天使ですが……私の見立てによれば、彼もそれだけの潜在能力を秘めていると思います。理由はそれだけで十分でしょ?」
腕を組みながら、私は努めて冷静に説明する。
先ほどの映像で未来視の能力が発現したのは確かで。
彼は戦いの中で急激に成長し、今までも難敵を倒してきた。
逆境であっても彼は立ち向かい、その能力と精神力で壁を破壊してきたのだ。
捕獲し洗脳を施したSランクの傭兵も確かに素晴らしい逸材だが、彼ほどの胆力は無い。
それに、彼に注目しているのは私だけではない。
私は映像を切り替えて、この前の第七試験場で起きた襲撃映像を映し出した。
そこには鮮血のように赤い機体が、向かってくる敵を一刀のもとに蹴散らしていて。
無慈悲に無力な兵士たちを一人ずつ殺していくさまが克明に映し出されていた。
その映像を黙って見ている幹部たちは、やがて納得したように頷いて。
彼がどれだけ注目されているのかを理解してくれたようだった。
「告死天使は明確に我々と敵対しています。が、今までは此方が手を出さない限りは何もしてこなかった。その彼が、今回ばかりは積極的に我々が保有する施設に侵入し破壊工作をしました。それが指す意味は、確実に彼にあると私は思います」
「……だから、態と逃がしたのか?」
「えぇ、木で出来た枷に簡単に開く牢……少しばかり仕込みが単純でしたが、極限まで痛めつけていたのでそこまで思考は回らなかったようで安心しました」
逃げろと言うことは出来ないので、自力で脱走してくれることを望んでいた。
タイミングは良かったようで、告死天使の襲撃と共に彼は逃げ出してくれた。
告死天使の動向を探っていた優秀な諜報員のお陰で上手くいったものの……天国に召された彼には祈りを捧げておきましょう。
諜報員の存在に勘付かれてしまい消されてしまった。
これで、奴の動向を探ることは困難になってしまった。
だからこそ、彼が自分から接触してくる可能性の高いマサムネ君を野に放った。
最も、どんな人物なのかすら怪しいので注意深く監視しておかないといけませんがね。
私は今後の事を考えてマサムネ君への監視の目を増やすべきかを考えて――端末が震えた。
ワンコールで出てあげれば、監視者のリーダーからの報告で。
彼は息も絶え絶えに、監視に気づかれて追われていると言ってきた。
私はそれは大変だと彼を心配して、端末のボタンを軽く押した。
すると、電話はぶつりと途切れてノイズが走っていた。
「……始末したのか?」
「えぇ、彼はそれなりに情報を持っているので。捕まえられたら厄介なんですよぉ」
上手く端末に仕込んだ爆弾が作動してくれたようで安心した。
私は端末をポケットに仕舞ってから、これで少々彼の動向も探りにくくなったと笑う。
幹部たちは何が可笑しいのかと私に質問してきて――私は弧を描くように笑みを浮かべた。
「だって楽しいじゃないですか。獲物を狙う狩人は、逃げ続けて追い込まれた獲物を仕留めた時が、一番最高の時なんですよ。私は、彼らが私から逃げて逃げて……最高の快感をもたらしてくれる瞬間を、味わいたいんですよ」
舌なめずりしながら、私はターゲットたちが浮かべるであろう絶望の表情を想像した。
拷問では味わえなかったマサムネ君の絶望の表情は格別であろう。
ポーカーフェイスの人間が絶望するんなんて……あぁ楽しみだぁ。
告死天使も、雷も、彼の仲間も――私の手で殺す。
ゴースト・ラインも不死教も、全ては私の娯楽の為に存在するのだ。
彼らは私を上手く使えていると思っているだろうが、それは間違いで。
私は使われているのではない。私が彼らを使っているのだ。
飽きたら玩具のように捨てて、満足するまで私は彼らを使う。
その時が来るまでは、精々、豪勢な椅子にふんぞり返って悦に浸っていればいい。
「――計画において優先されるのは”進化の道”です。それまで発生する人的損害などは、気にしていられませんから」
「……無駄に命を浪費させるなよ。命も無限じゃない」
「えぇ分かっていますとも。大事に大事に――消費させていただきますよ」
彼らが望む不死となる糸口。
死を克服した人間なんて私はつまらないと思うが、彼らはそうなりたいようで。
老人たちは生に鈍感だと聞いていたが……力を持った老害は実に醜いものですね。
心の中で、醜い幹部たちへの悪態をつく。
そうして私は、これからはイレギュラーの候補としてマサムネ君を泳がせることを伝えた。
狙うのはあくまで告死天使として、マサムネ君は個人的な楽しみとして。
私からの報告を終わらせれば、映像は勝手に止まりパチパチと手を叩く音が聞こえた。
眉を顰めそうになるのを堪えながら、前方を見れば憎たらしい顔で笑う青髪の女が座っている。
無駄にデカいだけの脂肪を胸に蓄えた牛女は、不敵な笑みを浮かべながら「流石は先輩」と言ってきた。
私は気の無い返事で返して、後輩である彼女にさっさと報告をしろと命令した。
「はい。では私からの報告は――進化へ至る道が判明しました」
「――ッ!?」
驚いている幹部たち。
私は涼しい顔で後輩を見つめる。
すると、後輩は態と大げさな動作で両手を広げてみせた。
「進化へと至る道は、イレギュラーという存在の解明だけではありません。我々の研究する新薬、それがあれば誰でも簡単に新人類になれるのです」
「おぉ、では薬が完成したのか!」
「えぇ、完成はしました……しかし、副作用があります」
後輩であるマリー・リンカードは端末を操作して映像を映し出す。
そこに映ったのは薬を服用したであろう人間で。
コマ送りに映像が切り替わっていって――三か月が経つ頃には血の泡を拭きながら暴れる狂人になっていた。
「……これは、どういうことだ」
「えぇ、前から確認されていた細胞の老化を阻害し人体の免疫能力を向上させる成分を飛躍的に高めた結果、不老不死に限りなく近い存在にはなれました……が、このように半年も経たぬ間に闘争本能の塊のような人間になってしまうことが分かりました。はい」
「……これでは、前の失敗作と変わらんではないかッ!!」
「いえいえ、とんでもない! あくまで、これは不老不死の薬を服用しただけの状態を記録したものです……この通り、此方が用意した闘争本能を鎮める薬を服用した場合は副作用は確認されていません。つまり! 定期的に、この二つの薬を飲めば、疑似的に新人類になれるのですよ!」
「……」
マリーの説明に納得がいっていない様子の幹部たち。
私はパチパチと手を叩いて素晴らしい研究成果であると彼女を褒めた。
彼女は私の皮肉を分かっていない様子で、照れ笑いを浮かべていた。
幹部たちは一先ず我々の報告に納得して、次の定期連絡会までに良い結果を出せと言ってきた。
そうして、我々の言葉も待たずにホログラムの映像を切った。
寂しくなった会議場で、我々は互いに視線を一点に向けた。
そこに座るのは狐の面を被った黒いスーツに白髪の男で。
彼は真っすぐ前を見ながら何も語らない。
静かになった会議場の中で、空席になった場所に一人の男が現れた。
そうして、また一人また一人とホログラムの人間が現れて――合計で八人の”本物の”幹部が集まった。
私たちは椅子から立ち上がって、彼らへと静かにお辞儀をした。
そうして今から始まる本当の幹部会を前にして――私は笑みを浮かべた。
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