029:魂を解放する歌

 敵の斬撃を避けながら、機体を動かして障害物も避ける。

 せりたつ岩山を回避して、切りかかってくる敵のブレードを受け止める。

 ジリジリと迫ってくるブレードを弾いて敵の追撃を躱して、崖へと機体を突っ込まさせた。

 狭い崖の合間を飛びながら、後方から迫る敵をレーダーに収める。

 そうして、二機の無人機とどう戦うかを考えて――ッ!!


 一機がブーストして目の前に躍り出る。

 前方を塞がれて迫ってきたブレードをすれすれで回避。

 スラスターを動かして更に下へと飛んで。

 追ってくる敵を撒こうとブレードで地面を抉り取った。

 砂埃を巻き上げてやれば、敵は上へと回避して。

 残ったスモークを全て散布してから、俺は分かれ道を右へと進んだ。


 一気に加速して小道を進んでいく。

 一瞬の判断を迷ったのか無人機は止まっていて。

 俺は距離を稼ぎながら進んで、適当な場所へと機体を潜り込ませた。

 崖に出来た穴の中に機体を潜らせて、俺は呼吸を整えさせた。

 全身から熱気が上がって汗が滝のように流れていく。

 確実に迫っていた死の気配が少しだけ薄れて、俺は何とか気持ちを持ちなおそうとしていた。


 ――このままじゃ勝てない。意表を突こうにも、片腕で何が出来る?


 死ぬ気で挑めば一機は堕とせるかもしれない。

 しかし、不思議な事に相手は俺を殺そうとして来ない。

 確実に落とすのであれば機会は幾らでもあった筈だ。

 そうしないのは、俺を生きたまま捕らえる必要があるからで――アラートが鳴り響く。


「――クソッ! 時間稼ぎにもならないかッ!」


 敵が迫ってきている。

 この場所もバレており、俺は機体を出して一気にスラスターを噴かせた。

 短距離ブーストも併用して何とか距離を稼ごうとする。

 相手をぶっ殺す気で挑んだのに、今は無様に逃げ惑っていて――こんなんじゃねぇだろッ!!


 俺は機体を停止させて迫りくる相手を睨みつけた。

 そうしてブレードを構えて戦う覚悟を決めた。

 殺す気で来ないのなら好都合だ。その慢心をついて――スクラップにしてやるッ!!


 ぐんぐんと距離を詰めてくる敵。

 それへと突っ込んでいって、互いの得物がかち合う。

 俺は一気に押し込もうとして――相手の動きが変わる。


 手首の力を抜いてブレードが往なされる。

 俺はまた猿真似かと舌を鳴らして、切り返して刃を振るう。

 しかし、相手は半身をズラして俺のブレードを回避した。


「――ぅ!」


 目の前の敵に集中し過ぎた。

 背後から嫌な気配がしたと思いブレードを振る。

 しかしそこには誰もおらず――頭上から強い衝撃を感じた。


 頭が強く揺さぶられ、機体全体が激しく揺れた。

 チカチカとする視界の中でディスプレイを確認すれば敵が蹴りを放ったモーションをしていて。

 背後から俺の頭上に飛んだ敵が蹴りを放ったのだと理解した。

 殺す気はないものの、確実に中の俺を無力化させようとしてきている。

 俺は意識を保ちながら、舐めた真似をする敵を睨みつけて――コックピッドをブレードの柄で殴られる。


「――かはっ!!」


 肺の中の空気が強制的に外へと出されて。

 機体は一気に地面へと叩き落された。

 羽を捥がれた虫のように地面を転がって、煙を出しながら機体が停止した。

 機体の損壊度は中破であり、このままでは確実に機能が停止する。

 パフォーマンスも落ちており、手練れを二人相手取って戦える状態ではない。


 頭や全身を強く打ち付けて、だらだらと額から血が流れていく。

 意識が朦朧としていて、悪態すら付けない。

 手足から力が抜けていく感覚。

 冷たい死が迫って来ていて、楽な方へと体が流されそうになる。

 俺は何とかそれを抑え込みながら、操縦桿を握りしめる。


「まだ、まだ……ぃ、しき、が、ぁ……」


 握りしめた手から力が抜け落ちていく。

 俺はゆっくりと近づいてくる敵を見つめて――声が聞こえた。



 

『――』



 

 頭の中に響く鈴のように透き通るような綺麗な声で。

 

 楽しそうに歌っている女性らしき人間は、温かな笑みを俺に向けてくる。

 

 顔も知らない、名前も知らない、何も知らない――ひどく心地いい。


 

 

 敵の腕が目の前に近づいて――俺はその腕を斬り飛ばす。


 

 

 一瞬で腕が動き風のように敵の腕を斬り飛ばした。

 敵の”コア”から驚きの感情が伝わってくる。

 頭の中に響いている女性の歌声を聞きながら、俺は自然と手足を動かした。


 敵が距離を離してから、両側から攻撃を仕掛けてくる。

 左は上半身を狙って、右は俺の足を切り落とそうとしていた。

 それを何となく理解しながら、スラスターを動かして体を回転させる。

 一瞬での操作により、敵のブレードの合間を回転しながら潜り抜けて。

 それと同時に自分が持ったブレードで敵のコアを軽く斬る。


 右の敵は驚きながらも攻撃を仕掛けてきた。

 俺はそれをボォっと見ながら、後ろからブレードを振った敵を見ず。

 背後からブレードを振った敵は、仲間のブレードに自らの得物をかち当てた。

 両者からまた驚きの感情が伝わってくる。

 コアに繋がる配線を少しだけ””弄った”だけだ。


『――』

「――」


 女性の声を聞きながら、俺も一緒になって歌を口ずさむ。

 敵から恐怖の感情を感じながら、俺はブレードを振るって全ての攻撃を弾く。

 二人から放たれる連撃を、最小限の動きで弾いた。


 全ての動きがスローに見えて。

 敵の攻撃の軌跡が青い光となって見えていた。

 何処から攻撃が飛んでくるのか、何を仕掛けてくるのか。

 敵の感情、遠くで羽ばたいている鳥たちの鳴き声、風の動き――全てを感じる。


 出力を解放した敵の攻撃が鋭さを増す。

 本来なら片手で捌けるはずの無い攻撃で。

 敵のコアから狂気に満ちた笑い声が聞こえてくる気がした。

 機体の熱処理が間に合っていない、何方も苦しそうで――楽にしてあげたい。

 

 俺は軽く息を吐いて、ブレードを一回転させた。

 スラスターの粒子がきらきらと舞う。

 敵は攻撃を一気に弾き飛ばされて胴ががら空きで。

 俺は目を細めながら一歩前へと踏み出して、敵のコアに深々とブレードを突き立てた。


 一瞬だけ脳内に悲鳴が聞こえた気がした。

 しかし、ほんの一瞬であり、敵の一機は機能を停止した。

 もう一機が狼狽えており一気に後退した。

 逃げる気であり、俺はそれを黙って見ていた。

 すると、怒り狂った敵が胸部装甲を開いて小型ミサイルを発射してきた。


 俺はゆっくりと足を動かして前進する。

 飛んでくるミサイルが機体に触れそうになって――ひらりと躱す。


 ブレードで撫でるように弾き起爆させずに飛ばす。

 殺意に満ちた攻撃が俺に襲い掛かる。

 その一つ一つを流れる水のように受け流し、俺は一歩ずつ足を進めた。

 敵は恐怖に駆られ、携行していた全てのミサイルを放ってくる。

 装甲が開いて飛んできたミサイルが俺へと殺到して――爆ぜた。


 凄まじい火力であり、熱気が機体内に伝わる。

 しかし、俺の機体は壊れていない。

 ミサイルが飛んできた瞬間にスラスターを一気に噴かせて。

 飛んでくるそれを空中で焼き払った。

 そうして、スラスターによる加速と合わさって高速回転した俺はブレードで土を巻き上げ全ての衝撃を流した。

 バサリと黒煙が晴れて、空中に浮かぶ俺の機体がゆっくりと地面に足を付けた。

 敵は怯えを含んだ声で泣いていて、背を向けて逃げようとした。

 そんな敵を見た俺はブレードを一気に投げて、敵の両足を切断した。


 がくりと膝をついて、スラスターの向きが変わって地面を削っていく。

 そうして壁にぶち当たった敵が瓦礫に埋もれた。

 瓦礫の合間から手を出しているそれ。

 俺はジッとそれを見つめながら近寄って、敵のブレードを地面から抜いてから切っ先をコアへと向けた。

 敵のコアから子供の声が聞こえる。

 泣き声を上げながら必死に両親を呼んでいて――俺はコアにブレードを突き刺した。


 泣き声がパタリと止んで、心地の良い歌声に満たされる。

 俺は笑みを浮かべながら、暫くの間、歌を歌った。

 歌を歌っている間は何も考えないで良い。

 嫌な事があったら歌を歌え、そんな事を言われた気がする。

 遥か昔の記憶であり、頭上から見下ろした彼女は――困ったような笑みを俺に向けていた。

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